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野球人カストロ前議長の功罪「選手にプレーする場所を選ぶ権利すら与えなかった」

豊浦彰太郎Baseball Writer
「大リーグ球団の入団テストを受けたことがある」は神話のようだ。(写真:ロイター/アフロ)

キューバの前国家評議会議長フェデル・カストロが死んだ。今日のメディアは、彼の治世や人柄を偲ぶ記事で一杯だ。生前には非難も多かった人物も、鬼籍に入ると賛美される。カストロの場合は社会主義革命を指揮したある意味独裁者なので、政治家としての側面は著述する側の立ち位置により評価が分かれるが、それでも彼が母国民にとって極めて大きな存在であったことや、野球をこよなく愛したことなどが温かい論調で述べられている。

その中で、興味深い追悼記事を見つけた。『ESPN』のMLBライラー クリスティーナ・カールによる”Never forget Castro’s legacy in Cuba, on and off the diamond”(選手として、政治家として、カストロがキューバ(球界)に残した足跡を忘れるな)で、賛美ではない野球人カストロ論なのだ。

五輪で2度の金メダル(92年と96年)と1度の銀メダル(00年)を獲得した野球大国キューバを作り上げたのは、もちろんカストロの「レガシー」だ。野球好きとしても知られる彼は、その腕前も若き日にはメジャーリーグ球団の入団テストを受けるほどだったという話も流布している。しかし、記事ではこれは事実ではないことが報じられている(アメリカのコアな野球好きの間では常識だが)。また、その腕前もプロのテストを受けるほどではなかったようで、大学時代はクラスのチームには入っていたようだが、大学の代表チームには選ばれなかったようだ。

また、今日のMLBにキューバ選手は欠くことのできない存在になっているが、多くの有力選手を輩出したこのことへのカトロの功績も、彼女はバッサリ切り捨てている。「キューバに生まれた選手は、そもそもプレーする場所を選ぶ権利すらない」と指摘しているのだ。

'''We should never forget: Cuba is not a country that "gives" us that greatness. Cuban ballplayers come here themselves, sometimes by risking their lives alongside friends and family members in a desperate effort to get here, to embrace the opportunities-- and the freedoms-- that some of us might take for granted.

忘れてはいけないのは、キューバは偉大な選手たちをわれわれに「授けてくれた」国ではないということだ。キューバの野球選手たちは、時には生命の危険を冒してまで友や家族とともに絶望的な努力の果てに自力でやって来たのだ。われわれにとっては当然のことでしかない機会と自由を求めて。'''

たしかにそうだ。その結果、野球選手に限らず多くのキューバ人が亡命を企てるが、そこには、物理的な危険と斡旋業者とのトラブルのリスクが存在していることも否定できない。

アメリカへの脱出は、メキシコ経由が多い。その場合、有名な保養地カンクンから約13km東(キューバ寄り)にある島へ渡るようだ。ボートでの渡航には危険が伴い、その密航海峡には多くのキューバ人の屍が眠るという。また、選手が、亡命をアレンジする業者(麻薬の密輸も手掛けるようだ)との金銭トラブルに巻き込まれることも珍しくない。

キューバの有望株は、今後もメジャーを目指し危険な亡命を続けるだろう。「雪解け」政策が取られても、米国による禁輸措置に解除の目途がないためだ。したがって、この状況をキューバ側やカストロのみの責とするのは適切ではない。

しかし、米国のメディアには、カールのような見方のあるということだ。

Baseball Writer

福岡県出身で、少年時代は太平洋クラブ~クラウンライターのファン。1971年のオリオールズ来日以来のMLBマニアで、本業の合間を縫って北米48球場を訪れた。北京、台北、台中、シドニーでもメジャーを観戦。近年は渡米時に球場跡地や野球博物館巡りにも精を出す。『SLUGGER』『J SPORTS』『まぐまぐ』のポータルサイト『mine』でも執筆中で、03-08年はスカパー!で、16年からはDAZNでMLB中継の解説を担当。著書に『ビジネスマンの視点で見たMLBとNPB』(彩流社)

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