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TBS「坂上&指原のつぶれない店」が鹿肉の刺身で大炎上! なぜ生のジビエが提供されてしまうのか?

東龍グルメジャーナリスト
(写真:イメージマート)

番組が炎上

日本では各地で猛暑が続いていますが、暑い時期に気を付けたいのが、食品衛生。気温や湿度が高く、食品が傷みやすいです。夏季は食中毒を引き起こす細菌が増えやすいので、特に注意が必要となります。

安全に食べるためには、調理時によく火を通すことが重要ですが、少し前に気になる話題がありました。それは、2022年7月3日に放送された、人気番組のTBS「坂上&指原のつぶれない店」における騒動。

TBS『坂上&指原のつぶれない店』が大炎上「ジビエの生食は絶対ダメ!」専門家も警鐘鳴らす/Smart FLASH

ジビエ「刺身」シーンでTBSが謝罪 「説明十分でなく、誤解を招く表現」/J-CAST ニュース

「坂上&指原のつぶれない店」でシカ肉を生食したかのように放送、危険と指摘受けTBS謝罪/読売新聞オンライン

TBS「坂上&指原のつぶれない店」で紹介された“鹿肉の刺し身”に「ジビエの生食は危ない」との指摘 → 番組側が「誤解与えた」と謝罪/ねとらぼ

TBS、誤解与えたと謝罪 「坂上&指原のつぶれない店」でジビエ料理を生食したかのように表現/サンスポ

多くの記事に掲載されたことからもわかるように、大きな話題となりました。ほぼ全ての記事内容は番組への批判であり、SNSなどでも炎上しています。

「シカもも肉の刺身」を食レポ

番組の内容は次の通り。

大阪市の行列ができる居酒屋に、芸能人が訪れて食レポをしました。店が人気の理由は、高級ジビエ料理を格安で食べられるから。ジビエ料理の「シカもも肉の刺身」が提供され、「鳥取の猟師から直接仕入れた新鮮なシカ肉」というテロップと共に、おいしく食べる場面が放送されました。

ジビエを生で食べる危険性について、番組内で説明や注意喚起などがなかったことから、危険を助長すると批判が起こります。

これに対してTBSは7月6日に番組公式サイトで「関係者のみなさま、並びに視聴者のみなさまにお詫び申し上げます」と謝罪。放送されたメニューは実際には加熱していたが、説明が不十分で誤解を与える表現となってしまったといいます。

このアナウンスに対して、鹿肉が明らかに赤かったこと、メニュー名も刺身であったことから、本当に加熱していたのかと疑問を投げかける声も多いです。

ジビエの生食の危険性

ジビエを生食することは危険なのでしょうか。

ジビエ(野生鳥獣の肉)の衛生管理について/厚生労働省

厚生労働省のサイトによれば、鹿肉や猪肉を生食したり、加熱不十分な状態で食べたりすると、E型肝炎ウイルスや腸管出血性大腸菌、寄生虫による食中毒のリスクがあると明記されています。ジビエは中心部まで火が通るようしっかり加熱して食べることが求められているのです。

飲食店には必ず食品衛生責任者が置かれています。そうしなければ、飲食店営業許可が下りないからです。食品衛生責任者になるには自治体で開催されている6時間程度の食品衛生責任者養成講習を受講しなければなりません。

講習内容に食品衛生学もあり、ジビエをはじめとした食肉を生食する危険性についても言及。牛レバーに関しては生食用として販売・提供することが禁止されています。食品衛生責任者ハンドブックには、食中毒に関するパートが最初にあるなど、飲食店にとって食品衛生は最も重要な事項です。

番組で、鳥取の猟師から直接仕入れたとあったのも、気になるところ。狩猟免許をもっていれば、ジビエを捕獲することができます。しかし、食肉処理業の許可がなければ解体できず、食肉販売業の許可がなければ販売できません。もしも、その猟師が食肉処理業と食肉販売業の許可をとっていなければ、食品衛生法に違反したことになります。

客から求められたため

ジビエの生食が危険であり、警鐘が鳴らされていることは、わかってもらえたかと思います。

では、どうしてそれでも、飲食店が生のジビエを提供することがあるのでしょうか。

まず考えられるのが、客にリクエストされたから。一見の客は食べたいものがなければ、来訪することはありません。ほとんどの客は、食べたいものがなくても、口に出すことはありませんが、中にはこれが食べたかったと伝えてくれる客もいます。リピート客を増やすことは、飲食店にとって非常に重要なことなので、それに応えようとすることは想像に難くありません。

常連客であれば、もっと気軽にあれが食べたい、これが食べたいと述べることでしょう。いつも訪れてくれる客のためであれば、要望を叶えてあげたり、いつもとは違ったものを食べてもらったりしたいと思うもの。

飲食店で調理したり、サービスしたりする人は、もともとホスピタリティが高く、客に喜んでもらうのが自分の喜びという人が多いです。件の番組では、コストパフォーマンスが高い居酒屋ということでした。このような薄利多売の飲食店は、経営的や業界的な観点からの是非はともかくとして、安い値段でたくさん食べてもらいたいと、サービス精神が旺盛。

客に寄り添う飲食店では、客から求められると提供しなければと思ってしまうことがあります。

他と差別化するため

生のジビエが食べられる飲食店は多くありません。したがって、他と差別化するために、提供されることもあります。

総務省統計局が集計した2016年の経済センサスによれば、飲食店は全国に453,541店。データが古いので、現時点での実情を最もよく表している食べログで調べてみると、2022年8月時点で全国835,121店が掲載されており、東京都に関しては131,367店、大阪府は65,886店となっています。

これだけの飲食店があるので競争は厳しく、飲食店をオープンしてから1年後には10%~20%が廃業し、5年間存続するのは10%であるといわれているほど。世界的にみても飲食店の数が多く、その密度も高い日本の都市部においては、他と差別化することは非常に重要です。

他の飲食店にはないメニューがあれば、テレビや雑誌、インターネット記事など、メディアからの取材も多くなります。特にテレビではインパクトが重要となるので、生のジビエが食べられるのは格好の材料となるでしょう。

ラインナップを広げるため

メニュー数を絞った専門店や、おまかせメニューのみを提供している飲食店もあります。しかし、多くの飲食店では、できるだけ多くの客に好きなものを食べてもらえるようにと、ラインナップを増やそうとするものです。専門店であったとしても、その専門料理の中で、様々な品揃えを用意したくなります。

ジビエ料理が評判であれば、焼き物や煮物ではない料理も取り揃えたくなるかもしれません。それは、ジビエの様々な味わいを知ってもらいたいという思いから、生じることが多いでしょう。

メニューのバランスを考慮しても、温かいものばかりであれば冷たいものを、味付けの濃いものばかりならさっぱりしたものを用意したくなるもの。日本では、食材の鮮度のよさに対する関心が高く、食材そのものを味わえる刺身への信仰もあります。

そういった過程の中で、ジビエ料理の幅をより広げるために、ジビエの刺身が考え出されることもあるでしょう。刺身であれば、焼き場も独占されず、提供時間が短いという利点もあります。

食の専門家の意見

テレビでも差別化が必要です。私もテレビで飲食店を数多く紹介してきましたが、プロデューサーやディレクターは、他にはないもの、驚きのあるものを求めたがります。

加えて重要なのは値段帯。時々、高級な飲食店を紹介する企画はありますが、基本的にテレビで紹介されるのは手頃で誰でも利用できる飲食店。そうしなければ、視聴者が自分とは関係ないからとチャンネルを変更してしまうからです。したがって、値段が安くて他にはないジビエの刺身がある飲食店であれば、喜んで取り上げることでしょう。

番組では加熱していたといいますが、問題なのは、ジビエの生食が安全かどうか、確認せずに制作していたこと。食には食の専門家がいるので、こういった人々の意見も取り入れていたら、今回のような問題はまず起きなかったはずです。

食は人々にとって身近なものであり、関心を寄せやすいコンテンツですが、身体に入り、健康に悪影響を及ぼすこともあります。テレビは他のメディアと比べると、今もって予算もスタッフも非常に多いです。それだけに、食の番組を制作する際にはよく注意していただきたいと思います。

グルメジャーナリスト

1976年台湾生まれ。テレビ東京「TVチャンピオン」で2002年と2007年に優勝。ファインダイニングやホテルグルメを中心に、料理とスイーツ、お酒をこよなく愛する。炎上事件から美食やトレンド、食のあり方から飲食店の課題まで、独自の切り口で分かりやすい記事を執筆。審査員や講演、プロデュースやコンサルタントも多数。

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