Yahoo!ニュース

今、注目の薪火料理とは? “時代の寵児”が薪火レストランをオープンした理由

東龍グルメジャーナリスト
タイラー・バージズ(Tyler Burges)氏 (C) SMOKE DOOR

注目の調理法

近年、薪火で調理するレストランが注目されています。

スペインのバスク地方にあるミシュランガイド三つ星の「アサドール・エチェバリ(Asador Etxebarri)」、オーストラリアのシドニーにある二つ星の「ファイアドア(Fire Door)」など、薪火だけを使うレストランが登場。日本では、寺田惠一氏がシェフを務める「薪焼 銀座おのでら」がミシュランガイドで一つ星を獲得しています。

新しい薪火焼きレストランがオープン

高性能なコンベンションオーブン、低温調理やエスプーマの器具など、調理器具が進化している一方で、人類最古の調理法である薪火調理は火力が安定していません。

薪火は炭火やオーブンとは異なり、温度帯が200度から1,200度と幅広く、火の状態も変化するので、洞察力や経験がとても重要。調理の難易度は著しく高いですが、最適な火入れができるので、食材の魅力を最大限に引き出すことができます。

そして、扱いが極めて難しい薪火を使ったレストランが新たに誕生しました。

それは、2022年4月20日に「ホテル ザ ノット ヨコハマ」にオープンした「SMOKE DOOR(スモークドア)」 です。

「SMOKE DOOR」とは

SMOKE DOOR(スモークドア) (C) 東龍
SMOKE DOOR(スモークドア) (C) 東龍

「SMOKE DOOR」は、薪火料理を提供するオールデイダイニング。薪火料理のジャンルで全米初のミシュランガイド三つ星を獲得したサンフランシスコの「セゾン(Saison)」でエグゼクティブスーシェフを務めたタイラー・バージズ(Tyler Burges)氏を招聘しました。

タイラー氏は2019 年に来日した際、日本の食材や文化に魅了され、日本移住を決意したという料理人。

「これまでもアメリカで日本の食材や調味料は多く使用してきましたが、日本が持っている食材のパワーやポテンシャルは素晴らしいです。日本では規格内のものを好む傾向があるようですが、私は規格にはまらない野菜や食材にこそ多くの魅力を感じます。これらを積極的に使用することによって、地域や生産者に貢献していきたいですね」

タイラー氏が述べるように、食材にも大きなこだわりがあり、地元の横浜から半径50km圏内の食材を可能な限り使用しています。

薪火の特長

「SMOKE DOOR」の薪場(Hearth=ハース) (C) 東龍
「SMOKE DOOR」の薪場(Hearth=ハース) (C) 東龍

オープンキッチンに設置された薪場(Hearth=ハース)では、薪火料理の中でも熾火(おきび)にフォーカスした調理を行います。熾火は、薪に着火した炎が収まり、芯の部分が真っ赤になっている状態のこと。遠赤外線によって、ムラなく食材に火を通すことができます。火入れの途中、食材の脂や水分が熾火に落ちることによって煙が上がり、薫香が加わることも特長です。

では、「SMOKE DOOR」の代表的なメニューを紹介していきましょう。

アミューズ

アミューズ (C) 東龍
アミューズ (C) 東龍

ケールのチップ。一晩かけてバーベキューして、シンプルに塩だけで味付けしました。ケールの豊かな青味が感じられ、スパークリングワインやシュワッとしたカクテルにぴったりです。

アボカドトースト

アボカドトースト (C) 東龍
アボカドトースト (C) 東龍

熾火でパリっとトーストしたカンパーニュ。自家製の焦がしバターとたまり醤油が染み込んでいて、味わい深いです。上にあるのは軽くスモークしたアボカド、ミント、赤紫蘇。さっぱりとしたレモンサワーと相性がよいです。

小田原漁港産 鮮魚の梅紫蘇カルパッチョ

小田原漁港産 鮮魚の梅紫蘇カルパッチョ (C) 東龍
小田原漁港産 鮮魚の梅紫蘇カルパッチョ (C) 東龍

本日の鮮魚は、繊細な食味のクロソイでした。バーベキューした梅干しの種のソースには酸味があり、赤紫蘇も爽やか。ボタニカルなカクテルとの相性が抜群です。

カニとトマトのガスパチョ

カニとトマトのガスパチョ (C) 東龍
カニとトマトのガスパチョ (C) 東龍

たっぷりのズワイガニの上には、スライスされたラディッシュ。トマトとハラペーニョのガスパチョが目の前でかけてもらえます。ハラペーニョが使われていますが、辛味は強くありません。ほんのりツンとしたアクセントが秀抜です。

畑のキャビア じゃがいものガレットとパンケーキ

畑のキャビア じゃがいものガレットとパンケーキ (C) 東龍
畑のキャビア じゃがいものガレットとパンケーキ (C) 東龍

畑のキャビアといわれるトンブリをキャビアに見立てた瓶に入れて提供。店名が表記されたオリジナルの蓋が使われており、キャビアと同じようにシェルスプーンが添えられていました。熾火で炊いた自家製の乾燥ワカメで磯の香りが表現されています。トンブリには、厚みのあるパンケーキとジャガイモのガレット、サワークリーム、エシャロットのみじん切りが合わせられます。パンケーキは半分に切ってオープンサンドにし、ガレットは上にたっぷりと載せて食べるとよいでしょう。

2日間火入れした 豚バラ肉のクリスピーグリル 三杯酢

2日間火入れした 豚バラ肉のクリスピーグリル 三杯酢 (C) 東龍
2日間火入れした 豚バラ肉のクリスピーグリル 三杯酢 (C) 東龍

皮付きの豚バラ肉を2日間火入れして、表面はクリスピーに、中はやわらかジューシーに仕上げました。三杯酢でさっぱりとさせ、白髪ねぎでシャキシャキとしたアクセントを。アジアのニュアンスが強い料理ですが、タイラー氏が考案した一品です。

熾火の中で瞬間火入れした海老

熾火の中で瞬間火入れした海老 (C) 東龍
熾火の中で瞬間火入れした海老 (C) 東龍

熾火に直接入れ、火入れした大きな海老。蒸し焼きのようになっていて、半生の甘味が味わえるのが特長です。殻を用いたソースは旨味が詰まっています。レモンを絞って食べるとよいでしょう。

薪焼きパン(プレーン、塩トリュフ)

薪焼きパン(プレーン) (C) 東龍
薪焼きパン(プレーン) (C) 東龍

毎日手作りする自家製パンで、表面は豚脂でサクッとさせました。3週間発酵させたワカメのバターが香味を加えます。

48時間調理したチキンの薪焼き

48時間調理したチキンの薪焼き (C) 東龍
48時間調理したチキンの薪焼き (C) 東龍

ジューシーな鶏もも肉をじっくりと焼き上げました。焼く前に皮を乾かすことによって、よりパリっとしたテクスチャになり、メリハリのある味わいに。添えられているのは、15種類のスパイスを使ったピリ辛の自家製ピーナッツソースです。果実味が豊かなピノ・ノワールが、シンプルなチキンに華やかさを添えます。

4日間かけて作る ビーツのロースト

4日間かけて作る ビーツのロースト (C) 東龍
4日間かけて作る ビーツのロースト (C) 東龍

ビーツを加圧して果肉と果汁に分け、果肉は3日間遠火で焼き、果汁はスモークして再び果肉に戻しました。そこからさらに熾火で焼いているので、甘味が凝縮されていながらも、しっとりとした口当たり。ビーツのポテンシャルが120%引き出された一品となっています。

24時間炙ったカリフラワーの薪焼き

24時間炙ったカリフラワーの薪焼き (C) 東龍
24時間炙ったカリフラワーの薪焼き (C) 東龍

3日間かけて遠火で火入れしたカリフラワーは、瑞々しさを残しながらも、カリカリっとしたテクスチャもあります。周りにはフライドオニオンが散らされ、上には3日間かけて作ったバーベキューソルト。カリフラワーの新たな魅力を知ることができるでしょう。

SMOKE DOOR サンデー

「SMOKE DOOR サンデー」とコーヒー (C) 東龍
「SMOKE DOOR サンデー」とコーヒー (C) 東龍

他では食べられない、スモークしたマシュマロが入ったアイスクリーム。スモークしたブラウンシュガーのカラメルソースをかけてもらえます。上にはスモークしたナッツがあり、まさにスモーク尽くしのデザート。薫香が奥ゆかしい「スモーキーハイボール」がよく合います。コーヒーにもこだわっており、目の前でドリップして淹れてもらえるのが嬉しいところ。

ワインとカクテルが豊富

ニールソン モニュメント ピノ ノワール 2016 (C) 東龍
ニールソン モニュメント ピノ ノワール 2016 (C) 東龍

料理やデザートは非常に興味深いものばかりでしたが、お酒も素晴しいです。

ワインは旧世界から新世界まで幅広く取り揃えられています。スパークリングワインはスペインのカヴァで、赤ワインには評価の高いアメリカ・カリフォルニア州の「ニールソン モニュメント ピノ ノワール 2016」などが用意されていました。

カクテルも特筆するべきアルコールドリンク。オリジナルカクテルにはどの料理に合うかが明記されており、ワインとは異なる新たなマリアージュが期待できます。

SMOKE DOOR レモンサワー (C) 東龍
SMOKE DOOR レモンサワー (C) 東龍

「SMOKE DOOR レモンサワー」はスモークしたウォッカを用いた自家製レモンサワー。皮の白いワタが丁寧に取り除かれているので、エグミは全くありません。「ボタニカルマルガリータ」は一週間テキーラに漬けたミントなどのハーブを主役にしたマルガリータ。非常に爽やかで、魚介類との相性もいいです。「スモーキーハイボール」はスモークした氷が使われたハイボール。時間が経過するほどに、薫香が増してくるという面白い試みがあります。

薪焼きレストランとの出会い

「SMOKE DOOR」内観 (C) 東龍
「SMOKE DOOR」内観 (C) 東龍

他では体験できない料理やアルコールばかりですが、どのような経緯があってオープンするに至ったのでしょうか。

同店を運営するのはBOND CREATION。CEOを務める雨宮龍氏は、一時代を築いた「カシータ(Casita)」の躍進に大きく寄与しました。2013年に、飲食事業を運営するマッシュホールディングス傘下のマッシュフーズ代表取締役社長に就任。西麻布のフレンチレストラン「Azur et MASA UEKI(アズール エ マサ ウエキ)」をオープンしたり、ワインのインポート事業を牽引したりするなど、レストランシーンの最前線で活躍してきました。

時代の寵児である雨宮氏は次のように話します。

「ニューアメリカンの料理に興味があり、西海岸のレストランを視察したことがありました。色々と食べ回りましたが、ジョシュア・スキーンズさんがシェフを務めるサンフランシスコの『Saison(セゾン)』がダントツで素晴らしかったですね」

前述した「Saison」は、革新的な熾火調理をメインにしたスタイルで耳目を集めているレストラン。ミシュランガイドで三つ星を獲得し、世界のベストレストラン50にもランクインしています。

「ジョシュアさんと一緒に何かできないかと思ってアプローチしました。すると、2019年10月に石川県輪島市で行われたダイニングアウトで『Azur et MASA UEKI』が『Saison』とコラボレーションすることができたんです」

ダイニングアウトは日本のどこかで数日だけ開店するプレミアムな野外レストラン。国内外の有名な料理人が招聘され、非常に注目されているイベントです。この時に、ジョシュア氏と共に来日したのが、当時30歳だったエグゼクティブスーシェフのタイラー氏でした。

「世界では薪焼きレストランはとても発展していますが、日本ではまだそこまでではありません。日本でも熾火調理の素晴らしさを広めたいと話したところ、タイラーがとても賛同してくれました」

コロナ禍に思ったこと

トレンドを生み出してきた雨宮氏も、コロナ禍になって色々なことを考えたといいます。

「これまでは大きな企業にいて、規模の大きな事業にチャレンジさせてもらいました。ただ、コロナ禍になった時に、飲食業界での最後のキャリアについて考えるようになったんです。大きな規模だからこそできることもありますが、もっと小回りが利いて、飲食業界に寄り添った仕事をしたいと思うようになりました」

2021年7月に雨宮氏はマッシュフーズを退職することを決断します。それから『ホテル ザ ノット ヨコハマ』でレストランをオープンする機会に恵まれ、タイラー氏がエグゼクティブシェフを務める薪火レストランが誕生しました。

「街場のレストランと違って、ホテルのレストランではミッションや役割を強く感じます。ホテルには世界からたくさんのゲストが訪れます。これまでは地域の素晴しいものを世界に持って行かなければと考えていましたが、逆転の発想で、訪日外国人の方を通じて地域の文化や食を世界へ発信していければと思うようになりました。そのため、食材は極力横浜から50キロ以内で仕入れられるものを使用するようにしています」

「SMOKE DOOR」を開業するにあたり、雨宮氏の熱意にほだされて精鋭が集まります。料飲部総支配人の小林暢寿氏、エグゼクティブマネージャーの富澤めぐみ氏、レストランマネージャーの臼井陵氏など、かつて共に働いてきた才能溢れるスタッフがジョインしました。スーシェフの武田優輝氏は、タイラー氏に認められた実力派の若手料理人。ホールもキッチンも粒揃いのスタッフが集結したのです。

洋食文化の端緒を開いた横浜

タイラー・バージズ(Tyler Burges)氏 (C) SMOKE DOOR
タイラー・バージズ(Tyler Burges)氏 (C) SMOKE DOOR

タイラー氏は次のように語ります。

「日本のフードシーンにおいて薪火を十分に取り扱う技術を持ったレストランはまだまだ少ないと感じています。日本が持つ食材のポテンシャルに私ならではの視点や技術をプラスして、みなさまにお届けしていきたいですね」

横浜は日本における洋食文化の端緒を開いた懐の深い地域。ホテルで薪火レストランというと先進的な感じは受けますが、横浜であれば納得できるところです。

新たなレストランシーンを創出してきた雨宮氏と世界的なシェフであるタイラー氏による薪火レストランは、今年一番の熱いレストランになるでしょう。

グルメジャーナリスト

1976年台湾生まれ。テレビ東京「TVチャンピオン」で2002年と2007年に優勝。ファインダイニングやホテルグルメを中心に、料理とスイーツ、お酒をこよなく愛する。炎上事件から美食やトレンド、食のあり方から飲食店の課題まで、独自の切り口で分かりやすい記事を執筆。審査員や講演、プロデュースやコンサルタントも多数。

東龍の最近の記事