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「いきなり!ステーキ」社長による従業員への「いきなり喝!」は何が問題か?

東龍グルメジャーナリスト
(写真:イメージマート)

社内報でのコメント

まん延防止等重点措置が2022年3月21日をもって、ようやく全国で解除されます。これで飲食店への制限も緩和され、飲食業界が盛り上がっていくことでしょう。

振り返ってみると、まん防が東京で発出されたのが1月21日。飲食業界に再び黄色信号が灯り、そこから数日経過した後に、気になるニュースが飛び込んできました。

いきなりステーキ社長、従業員に喝 「作業するだけで給料をもらえると思うのは大間違い」/J-CAST ニュース

J-CASTニュースによると、「いきなり!ステーキ」を運営するペッパーフードサービスの社長である一瀬邦夫氏が、1月24日に年初の言葉として、あるコメントを掲載したといいます。

ペッパーフードサービス社内報第297号(2022年1月24日発行)

外部にも公開されている社内報には「ご来店されたお客様に不快な思いをさせたネガティヴな従業員をゆるすことは、到底できません」「店舗では作業するだけで給料をもらえると思うのは大間違いです」と厳しく言及。

「クレームゼロ憲章」の中には「再三にわたるクレームの当事者は、厳重な処分をします」という項目もあります。

SNSでは批判が多いようですが、一部には賛成の声も上がっているということです。

飲食店におけるサービスの重要性

飲食店ではサービスが非常に重要です。客は食事をとるために飲食店に訪れており、料理と飲み物が最も重要であることは否定できません。しかし、同じように食べたり飲んだりしても、従業員のサービスが食味や心地よさに影響を与えることは確かです。

その証左として、食べログなどの飲食店のレビューサイトには、サービススタッフの応対がよくなかったので、あまりおいしく食べられなかったという投稿が散見されます。

料理の味に関しては、人によって嗜好や経験が異なるので、全ての人が満足するような完璧な食味など存在しないでしょう。しかし、サービスに関しては、食味ほど人によって評価が大きく異なることはありません。

客の食体験を底上げするには、サービスの向上が大きく寄与するので、一ノ瀬氏がサービスを重視するのは理解できます。

矛盾した指示

飲食店にはサービスのマニュアルがあります。個店であれば用意されていないかもしれませんが、チェーン展開しているような店であれば、クオリティを均一化し、維持するためにも、マニュアルが用意されており、教育も行われているもの。

社長である一ノ瀬氏がクレームゼロを推進するくらいなので、客に寄り添うような体制が整えられているかと思います。

しかし、2021年5月21日の社内報では、客へのサービスよりも店の利益を優先するような指示が出されており、大きな話題となりました。

いきステ社長直伝の肉カット術が物議「300gが350gになっても切り落とさないで」/弁護士ドットコム

ペッパーフードサービス社内報第289号(2021年5月21日発行)

特別編「社長のステーキ肉カットのノウハウ」と銘打って、オーダーカットサービスで300グラムを希望した客に対して、350グラムを強引に売りつけるかのような方法が指示されています。

客の要望を無視するかのような運営方法を命じておきながら、クレームがこないようにしろというのは矛盾した要求ではないでしょうか。

懲罰の内容

「クレームゼロ憲章」には「クレームはお客様の怒り、お店のお客様を減らします」と記載されており、6項目が挙げられています。

ペッパーフードサービス社内報第297号(2022年1月24日発行)

「お客様の目を見て誠実な対応をします」や「お客様の言い分に、言い訳、口応えをしてはいけない。お詫びが優先です」などは納得できるものです。

ただ、「再三にわたるクレームの当事者は、厳重な処分をします」という点は引っかかるところ。

厳重な処分と記載されているからには懲戒処分がなされると思いますが、その場合には、労働基準法第89条9号により、制裁内容を定めることが求められています。

労働基準法/e-Gov

思いついたように厳重処分を科すと明言されていますが、就業規則にしっかりと記載されているのでしょうか。

再三にわたるクレームの当事者という表現も気になります。クレームが特定の従業員に偏る場合には、スキルが不足している可能性も考慮しなければなりません。うまくいかないのはやる気がないからという精神論にもっていくのではなく、マニュアルや教育体制を見直す必要もあります。

給与支払いについて

「店舗では作業するだけで給料をもらえると思うのは大間違いです」という発言はかなり問題があるように思います。

労働基準法第15条では労働条件の明示が必要となっています。作業するだけで給料をもらえないのであれば、一体どのような労働条件になっているのでしょうか。

労働基準法24条によって、会社が倒産したり、天災事変が起きたりするなど、やむを得ない場合を除いて、雇用者は労働者に賃金を支払う義務があります。

給料を支払わないようなことを平然と言い放つのは、飲食店経営者として適切であると思えません。

従業員が萎縮

飲食店の従業員がパフォーマンスを発揮して、客の満足度を高めるには、しっかりとした規律や適度な緊張感が必要です。しかし、従業員が萎縮してしまっては、動作が鈍くなったり、とっさの機転が利かなくなったりするので、よいサービスを提供することは難しくなります。

クレームゼロをビジョンに掲げることはよいと思いますが、従業員に心理的な圧力をかけることは、従業員を萎縮させるだけではなく、パワハラにもつながりかねません。

客に心地よく過ごしてもらいたいのであれば、料理やサービスを提供する従業員が、楽しく快適に仕事できるような環境が必要です。

昨今の飲食店では、顧客満足度(CS)を高めるには、まず従業員満足度(ES)を高めなければならないという認識が一般的となっています。そのため、週休2日以上にしたり、給与水準を上げたり、福利厚生を充実させたりしているのです。見て盗むのではなく丁寧に技術を教えたり、暴力や罵詈雑言もかなり撲滅されたりしています。

ペッパーフードサービスは東証一部の上場企業でもあるだけに、飲食業界の未来も考えて、従業員満足度も高められるような体制を整えていただきたいです。

飲食店の目的

前述したように、飲食店において、サービスは非常に重要な要素です。ただ、クレームをなくすことがサービスの目的ではありません。料理や飲み物、空間と共に、サービスを通して素晴らしい食体験を提供することが目的です。

クレームゼロが大きな指標になってしまうと、客の満足度を高めるための仕組みづくりができなくなるのではないかと危惧しています。

グルメジャーナリスト

1976年台湾生まれ。テレビ東京「TVチャンピオン」で2002年と2007年に優勝。ファインダイニングやホテルグルメを中心に、料理とスイーツ、お酒をこよなく愛する。炎上事件から美食やトレンド、食のあり方から飲食店の課題まで、独自の切り口で分かりやすい記事を執筆。審査員や講演、プロデュースやコンサルタントも多数。

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