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「Saucer(ソーセ)」の意味は? 店名も記載されていない恵比寿の隠れ家レストラン

東龍グルメジャーナリスト
Saucer (C) 東龍

緊急事態宣言がようやく解除へ

9月30日をもって全国でようやく緊急事態宣言が解除されました。東京都に言及すれば、途中でまん延防止等重点措置を挟んだことを除けば、1月8日からずっと緊急事態宣言下に置かれていたことになります。

緊急事態宣言の期間中、飲食店に対しては、20時までの時短営業と酒類提供の禁止が要請されていました。ここにきてようやく、21時までの時短営業、20時までの酒類提供と制限が緩和されたことになります。

本物の隠れ家レストラン

Saucer(ソーセ) (C) 東龍
Saucer(ソーセ) (C) 東龍

制限が緩和された10月1日は飲食店にとって嬉しい日となりました。

そしてこの日にオープンしたのが、恵比寿にある隠れ家フレンチレストラン「Saucer(ソーセ)」。

東京都には隠れ家とされるレストランはたくさんありますが、「Saucer」は本物の隠れ家レストランです。

入居するビルには全く店名が記載されていません。インターホンで部屋番号を押し、確認してからオートロックを解除してもらいます。そこからエレベーターに乗ってレストランへとアクセスするのです。まさに知らなければ入れないレストランであるといえるでしょう。

シェフは郡司一磨氏

郡司一磨氏 (C) Saucer
郡司一磨氏 (C) Saucer

シェフを務めるのは1986年生まれの郡司一磨氏。2011年から「銀座 ラ・トゥール」でオーナーシェフ清水忠明氏の薫陶を受け、1年後にはソーシエを担当します。ソーシエはフランス料理で重要となるソースをつくる料理人であり、花形ポジションのひとつです。

2014年に渡仏し、リヨンの一つ星「Maison Clovis」やパリで1年間研鑽を積んでから帰国。2015年にミシュランガイド二つ星 「エスキス」、2016年にその姉妹店にあたるミシュランガイド一つ星「アジル」に在籍し、2018年にはパリに本店を構える「プタリ」東京初出店のオープニングシェフを務めます。

郡司氏は日仏の名店で経験を積んだ、気鋭の若手料理人です。

メニューの詳細

「Saucer」はカウンター4席とテーブル8席という小箱のレストラン。利用できるのは1日1組、4人から8人のみです。おまかせコース(16,500円、税込・サ別)だけが提供されています。緩急をつけた10皿の構成となっており、その時季その日の最高の食材を、郡司氏が渾身の料理へと昇華。季節によって少しずつマイナーチェンジしていきます。

様々なワインをラインナップ (C) 東龍
様々なワインをラインナップ (C) 東龍

ワインはボルドーやブルゴーニュのフランスワインを中心に揃え、ワインペアリング(8,800円、税込・サ別)も用意。あまり飲めないという人でも、グラスワイン(1,800円、税込・サ別)が5種類から用意されているので、グラスを数杯だけ飲むのもよいです。

では、郡司氏の代表的な料理のいくつかを紹介しましょう。

トリプルコンソメスープ

トリプルコンソメスープ (C) 東龍
トリプルコンソメスープ (C) 東龍

全てのベースになっているトリプルコンソメスープ。ソースが得意な郡司氏らしく、そのベースとなるコンソメを味わってもらいたいと提供されている一品です。

非常に澄んだ味わいで、喉を通った後もその余韻が続きます。ブイヨンを3回ひいており、スープは最初の10分の1という分量にまで凝縮。できあがるまでに3日間を要し、1週間に1回つくるというサイクルです。

自家製パンとポルチーニソース

自家製パンとポルチーニソース (C) 東龍
自家製パンとポルチーニソース (C) 東龍

ゲスト到着の4時間前から仕込んで焼いた自家製パン。ポルチーニとトリプルコンソメのソースも添えて。ソースをパンと合わせると、ポルチーニの豊かな滋味が味わえます。郡司氏いわく「是非ともパンで拭って、ソースのおいしさを体験していただきたい」。

湯葉で巻いた毛蟹のフリット ワタリガニのアメリケーヌソース

湯葉で巻いた毛蟹のフリット ワタリガニのアメリケーヌソース (C) 東龍
湯葉で巻いた毛蟹のフリット ワタリガニのアメリケーヌソース (C) 東龍

湯葉で巻いた毛蟹のフリット ワタリガニのアメリケーヌソース (C) 東龍
湯葉で巻いた毛蟹のフリット ワタリガニのアメリケーヌソース (C) 東龍

湯葉のパートブリックで、中にはケガニ、エストラゴン、松の実、ピマンデスペレット、レモンが包まれており、様々な食味とテクスチャを楽しめます。塩が加えられておらず、ワタリガニの旨味だけでつくられたアメリケーヌソースが出色。「パンチがあるものをつくりたかった」という通り、訴求力が強い一皿です。

フランス産ウズラのローストとコンフィ 寿雀卵ソース

フランス産ウズラのローストとコンフィ 寿雀卵ソース (C) 東龍
フランス産ウズラのローストとコンフィ 寿雀卵ソース (C) 東龍

フランス産のウズラは、腿肉はコンフィして味わい深くし、胸肉は低温調理でさっぱりさせました。出汁とコンソメに漬けた寿雀卵の卵黄が添えられているので、ウズラと和えて食べると食味が増します。ちなみに郡司氏は神奈川県平塚市出身で、寿雀卵は同じく神奈川県の伊勢原市の名産物です。

小形牧場牛フィレ肉ロースト ソースボルドレーズ

小形牧場牛フィレ肉ロースト ソースボルドレーズ (C) 東龍
小形牧場牛フィレ肉ロースト ソースボルドレーズ (C) 東龍

岩手県奥州市前沢区内で育てられた小形牧場牛のフィレ肉。A4ランクでB.M.S.は7と、黒毛和牛の旨味がしっかりとありながらも、重たくありません。郡司氏が修業した「銀座ラ・トゥール」のソースをオマージュした赤ワインソースは、ボルドーワインが使われているだけあって実に濃厚。なめらかなオニオンのピューレ、おろしたてのワサビによって、メリハリが生まれています。付け合せのクレソンはレモンと軽く和えてあるだけで、とても爽やか。

フランス料理本来の醍醐味

いくつかのメニューを紹介してきましたが、どれも印象に残るものばかり。「毎日続けては食べられないかもしれないが、ふとした時に食べたくなるようなシンプルながらも凝縮感のある料理」と郡司氏は説明します。

「Saucer」とはフランス語で「ソースをかける」「パンでソースを拭う」という意味。自慢のソースを思う存分味わってほしいという思いが込められた店名です。

ヌーベル・キュイジーヌ以降、軽やかなフランス料理が主流となっている状況で、濃厚なソースに力を入れるフレンチレストランがオープンしたのは、フランス料理本来の醍醐味を知る食通にとっては喜ばしいことでしょう。

プライベート空間

「Saucer」の内観 (C) 東龍
「Saucer」の内観 (C) 東龍

1日1組のゲストだけを迎え入れるのは非常に贅沢です。店舗そのものが完全なプライベート空間であり、コロナ禍の中にあっても安心安全に美食を楽しめるといってよいでしょう。

どのテーブルからも見えるオープンキッチンになっているので、迫力も満点。特にカウンター席は、奥行きがありながらも、キッチンで作業する手元が見える特等席です。

店内の至るところにアート作品が飾られており、知的で優雅な雰囲気をまとっているところも大きな特徴。

貴重なテーブルウェア

ジアンのカップ&ソーサー (C) 東龍
ジアンのカップ&ソーサー (C) 東龍

高級なフランス料理店では、ベルナルドやレイノーといったフランス・リモージュのプレートが人気ですが、「Saucer」で使われているのはフランスのジアンが中心。1821年創業の老舗であり、様々なニュアンスのブルーを中心として、花や鳥など自然をテーマにした絵柄がブランドイメージです。

「Saucer」ではクラシックなフィレシリーズから華やかなフローラルシリーズまで、バラエティに富んだジアンのプレートやカップ&ソーサーが使われています。ここまでジアンのテーブルウェアに出会えるレストランは日本では珍しいのではないでしょうか。

カトラリーは新潟県燕市のサクライで、肉料理のナイフは同じく新潟県燕市にあるナガオのカタナシリーズ。カタナシリーズは日本刀のように薄くてしなやかで、非常によく切れます。肉を切る時の感触が他のナイフとは異なるので、食べた時の印象も変わることでしょう。

調理器具にもこだわり

株式会社山本食品の「鋼鮫」 (C) 東龍
株式会社山本食品の「鋼鮫」 (C) 東龍

調理器具にもこだわりがあります。

わさびのおろし金は静岡県三島市にある株式会社山本食品の「鋼鮫」。鮫皮のおろし板よりも、さらに辛味や香りが引き立ち、手入れも容易で衛生的です。

表面に「わさび」の文字がいっぱいに描かれているのもユニーク。しかしこれは、単に遊び心で描かれているわけではありません。わさびを下ろすのにちょうどよい形は「C」とされており、「わさび」という文字にたくさん含まれているのです。

妥協せずにおいしいソースをつくる

「Saucer」はオープンしたばかりですが、近いうちに新しい展開もあります。

「今はソムリエがいないが、10月中旬にソムリエール(女性ソムリエ)が加入する。ワインとのマリアージュもさらに追求していきたい」

続けて、郡司氏は力を込めて話します。

「ゲストのみなさまが印象に残る料理をご提供したい。ソースは特に大切にしている。仕込みはとても大変だが、妥協せずにおいしいソースをつくっていきたい」

フランス料理本来の醍醐味である、しっかりとしたソースを味わえる「Saucer」は、新たなフレンチの潮流として耳目を集めるのではないでしょうか。

グルメジャーナリスト

1976年台湾生まれ。テレビ東京「TVチャンピオン」で2002年と2007年に優勝。ファインダイニングやホテルグルメを中心に、料理とスイーツ、お酒をこよなく愛する。炎上事件から美食やトレンド、食のあり方から飲食店の課題まで、独自の切り口で分かりやすい記事を執筆。審査員や講演、プロデュースやコンサルタントも多数。

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