Yahoo!ニュース

配送で数量限定1万円の高級な蕎麦「シカナンソバ」はいったい何がすごいのか?

東龍グルメジャーナリスト
シカナンソバ 2020 秋冬/伊那市ミドリナ委員会提供

伊那谷のシカナンソバ

シカナンソバといえば、どこの国の料理を思い浮かべるでしょうか。

シカナンという言葉にはアジアや中東のような響きもありますが、れっきとした日本語です。そして、シカナンソバとは約82%を森に囲まれた長野県伊那市に位置する伊那谷の料理。

伊那谷/伊那市ミドリナ委員会提供
伊那谷/伊那市ミドリナ委員会提供

伊那谷は、南アルプスと中央アルプスの間に日本で一番大きな谷を有しています。日本アルプスの山々に囲まれており、標高差が2500メートルというグランドキャニオン渓谷を上回る深さ。

シカナンソバは、この肥沃な自然の産物である蕎麦と鹿肉を用いてつくられており、「鹿肉を使った南蛮(とても珍しいの意)そば」の略から命名されました。

シカナンソバは配送も行われている

シカナンソバは配送もされています。

春(3月、5月)、春夏(6月、7月)、夏秋(8月、9月)、秋冬(11月、12月2回、2月)と季節によって内容が刷新。2人前1万円(送料、消費税別)が限定30セットで販売されています。

少量しかつくられない高級なお取り寄せ商品であり、これはこれで注目です。しかし、ここで注目したいのは、そこではありません。他のお取り寄せ商品にはない大きな特徴があるのです。

地元の食材と人がつくりあげた

ひとつ目の特徴は地元の食材と人でつくり上げられていること。

地産地消、ローカルガストロノミーなど、地元の食材や郷土料理がトレンドとなっていますが、表面的なところだけではなく、地に足のついたものとなっているのです。

話は伊那市ミドリナ委員会が2018年に開催した森に親しむイベント「第1回 森JOY(もりじょい)」に遡ります。

伊那市ミドリナ委員会は、信州そば発祥の地である伊那・高遠の蕎麦と、自然のものだけを食べている鹿を素材として使い、全くの新しい味、究極の鹿南蛮そばができないかと考えていました。

長谷部晃氏(手前)と山根健司氏(奥)/伊那市ミドリナ委員会提供
長谷部晃氏(手前)と山根健司氏(奥)/伊那市ミドリナ委員会提供

そこで「信州そば発祥の地伊那そば振興会」の会員でもある高遠そば「壱刻」の山根健司氏と、鹿ジビエと山師料理の宿「ざんざ亭」の長谷部晃氏に開発を依頼します。

そして、伊那谷の食材や森を知り尽くした、全国でも有数のそば職人とジビエ料理人によって、シカナンソバが創り出されたのです。イベントではわずか10分足らずで完食となったほど大好評でした。

2020年のコロナ禍にあって、伊那谷の恵みを全国へ届けたいという思いから、山根氏と長谷部氏が再び知恵を絞って試行錯誤し、シカナンソバを配送商品に仕上げたのです。

伊那谷の蕎麦と鹿という食材、その食材に精通した地元の料理人によって生み出されたシカナンソバは、まさに真の地産地消であり、ローカルガストロノミーではないでしょうか。

季節によって新しくなる

次の特徴は、季節によって新しくなること。

季節によって中身がマイナーチェンジする商品であれば、いくらでもあるでしょう。

しかし、シカナンソバはコンセプトをそのままにしながら、新しくなります。春、春夏、夏秋、秋冬と4種類あり、それぞれが完全に異なっているのです。

鹿肉の調理方法から、蕎麦の品種や打ち方まで、季節によって最適なものが導き出されています。

たとえば、春夏と夏秋で比べてみると以下の通り。

シカナンソバ 2020 春夏/伊那市ミドリナ委員会提供
シカナンソバ 2020 春夏/伊那市ミドリナ委員会提供

シカナンソバ 2020 春夏

  • 蕎麦

伊那市入野谷産信濃一号。玄挽き、やや粗びき。濃厚なスープに合わせるため、殻と甘皮の風味を十分に引き出す製粉をし、中太で打った外一蕎麦。

  • 鹿肉

鹿肉特有のさわやかさを引き立て、ボリューム感のあるロースト。

  • 付合せ

大島農園の蕪、ミズ(ウワバミ草)、淡竹。

  • スープ

鹿の骨、5年熟成の手作り味琳、信州産大豆を使った醤油などを合わせたスープに、発酵させた小麦糠・米糠の酸味をプラス。

  • 薬味

壱刻七味、芝平なんばんの柚子胡椒、実山椒の醤油麹漬けの3種。

  • オイル

在来種の唐辛子「高遠てんとうまぶり」を加えたカラマツオイル。

シカナンソバ 2020 夏秋/伊那市ミドリナ委員会提供
シカナンソバ 2020 夏秋/伊那市ミドリナ委員会提供

シカナンソバ 2020 夏秋

  • 蕎麦

伊那市入野谷産信濃一号。丸抜き。すっきりとしたスープに合わせるため、甘味とさわやかな風味、穀物感を引き立たす製粉をし、もっちりとした中太で打った外一蕎麦。

  • 鹿肉

柔らかさと旨味を引き立てる燻香をまとわせたロースト。

  • 付合せ

信州の伝統野菜の鈴ヶ沢なすのロースト、鈴ヶ沢うり。

  • スープ

鹿や鰹、昆布、チチタケなどの旨味が複雑に絡み合った清湯(チンタン)スープ。

  • 薬味

鈴ヶ沢なす、同じく信州の伝統野菜である鈴ヶ沢うり、高遠在来とうがらし品種の芝平なんばん、高遠辛味大根をみじん切りにした信州名物“やたら”、壱刻七味、芝平なんばんの柚子胡椒。

  • オイル

米油と合わせたダンコウバイオイル。

食材や調理方法が異なっており、写真を見ても別の料理に見えるほど。

実はこれほどオリジナリティに溢れているのには理由があります。

山根氏、長谷部氏のお互いがイメージを出し合いその食材を求めて山へ入りますが、自然が相手なので思うように素材が揃わないこともあります。旬の時期がずれてしまい、最初から考え直すこともありました。

しかし、2人は「世の中には様々な食材や料理があるが、料理とは本来自然が決めるもの。それを伝えるのがシカナンソバ」という信念をもち、自分たちがつくりたいものではなく、森の息吹を聞き、自然が与えてくれた恵みを生かして、シカナンソバを生み出しているのです。

季節ごとに新しい顔をみせる森に寄り添っているので、同じシカナンソバができるはずはありません。

2人の職人によるこだわり

シカナンソバは2人の職人によって生み出されましたが、その過程も興味深いです。

全く白紙の状態からイメージやアイデアを出し合い、少しずつ進化させていきました。互いの領域を超えてぶつかり合うこともありましたが、相手を否定することなく、未知の料理を作り上げる感覚でチャレンジしたといいます。

そして、蕎麦または鹿のどちらかが勝つのではなく、互いに引き立て合う蕎麦や鹿でなければ成り立たないという結論に至りました。

高遠そば「壱刻」の山根健司氏/伊那市ミドリナ委員会提供
高遠そば「壱刻」の山根健司氏/伊那市ミドリナ委員会提供

山根氏はこう述べます。

「配送するものなので、自宅でも茹でやすい蕎麦をつくった。もちっとした食感があり、香りも素晴らしい。そして、蕎麦、鹿、野菜、山菜、スープ全てを一緒に食べておいしい一品に仕上げられている」

鹿ジビエと山師料理の宿「ざんざ亭」の長谷部晃氏/伊那市ミドリナ委員会提供
鹿ジビエと山師料理の宿「ざんざ亭」の長谷部晃氏/伊那市ミドリナ委員会提供

長谷部氏は「鹿の柔らかさと食べ応えを感じてほしかったので、肉厚にカットした。鹿肉の素材感が伝わるように真空パックに詰めている。鹿の風味を出したスープも、何度も試作したこだわりの素材」といい、2人とも自信をもっていることがよく伝わってきます。

キミテラス-田中氏が顧問を務める

伊那市ミドリナ委員会で顧問を務め、ブランディングやPRに携わる、キミテラス-田中敏恵氏にも話を聞きました。

田中氏は伊那市ミドリナ委員会が発足する際に、委員長である柘植伊佐夫氏から請われて参加したという、地域外の識者。

シカナンソバを振り返ってみると「トレンドや高級食材に頼るのではなく、山や自然と至近距離にある料理をつくりだせた」と述べます。

「シカナンソバは、自分たちのやりたいことというより、山が決めてくれる料理を表現しているようなところがある。そんな不確定要素を『わかりにくい』『伝わりにくい』ではなく『それこそが山』と捉えて完成させられたのは、官民一体の委員会では大変貴重なケースではないか」と客観的に分析。

今後について尋ねると力を込めて答えます。

「伊那市には全国で評価されるほど魅力的なコンテンツが本当にたくさん埋もれている。多くの方に知っていただけるよう、今後ともお手伝いしていきたい」

森と人との美しい共生

シカナンソバ 2020 秋冬/伊那市ミドリナ委員会提供
シカナンソバ 2020 秋冬/伊那市ミドリナ委員会提供

伊那市ミドリナ委員会は、伊那市が推進する「伊那市50年の森林(もり)ビジョン」をサポートし、“森と人との美しい共生”の提案を目的に「森・人・美」というコンセプトを掲げて2018年4月に発足しました。「ミドリナ」は「緑と伊那」から名付けられたということで、まさに森と共生した名前。

最後に消費者へ向けたメッセージをお願いすると、山根氏は次のように述べました。

「シカナンソバを食べて、季節によって移り変わる景色や風土を感じていただきたい。いつか伊那市に訪れたいと思っていただけたら」

長谷部氏は「シカナンソバはどこにもないものだと思う。食べれば森の中に入ったような感覚をもっていただけるはず」と、森をキーワードに挙げます。

シカナンソバは2021年3月下旬に春バージョンの販売が予定されており、東京でのシカナンイベントも計画されているので、今後もますます目が離せません。

グルメジャーナリスト

1976年台湾生まれ。テレビ東京「TVチャンピオン」で2002年と2007年に優勝。ファインダイニングやホテルグルメを中心に、料理とスイーツ、お酒をこよなく愛する。炎上事件から美食やトレンド、食のあり方から飲食店の課題まで、独自の切り口で分かりやすい記事を執筆。審査員や講演、プロデュースやコンサルタントも多数。

東龍の最近の記事