なぜ「山の上ホテル」は山の上にないのか? 食通の文豪たちに愛された食の今

山の上ホテル/著者撮影

山の上ホテルがリノベーション

2020年東京オリンピック・パラリンピックに向けて、多くのホテルがオープンしたり、施設のリノベーションが行われたりしています。

注目したいホテルはたくさんありますが、中でも気になるのが、長い歴史を誇り、独特の存在感がある、1954年に開業した山の上ホテル。

本当に山の上にあるのではなく、神田駿河台という東京の真ん中に位置しています。GHQ接収時代に「Hilltop House」と呼ばれており、創業者が「丘の上」をあえて「山の上」と訳したことがホテル名の由来となったのです。

文豪など文化人たちに愛されたホテルで、2019年4月30日から11月30日まで7ヶ月にもおよぶリノベーションを経て、12月1日に再オープン。

1980年に行った大規模な改装から、39年振りに料飲施設とロビー周りが新しくなりました。

充実した料飲施設

山の上ホテルにある料飲施設は次の通り。

  • てんぷらと和食 山の上
  • 中国料理 新北京
  • フレンチレストラン ラヴィ
  • 鉄板焼 ガーデン
  • コーヒーパーラー ヒルトップ
  • バー ノンノン
  • 葡萄酒ぐら モンカーヴ

「てんぷらと和食 山の上」は創業時からある山の上ホテルを代表するレストラン。本胡麻油でカラリと揚げた江戸前の天婦羅と無垢材のカウンターが印象的。ホテル以外には、銀座、六本木、日本橋三越本店にもレストランを構えます。

「中国料理 新北京」は1980年にオープンしました。日本でほとんどを占める広東料理ではなく、北京料理を中心にしながらも、中国各地の料理も提供しており、贅沢な食材をふんだんに用いています。

「フレンチレストラン ラヴィ」は四季折々の食材で生み出される料理が特徴。ホテルフレンチの老舗のひとつであり、それぞれのゲストの「ラヴィ」=「La Vie」=「人生」の節目で訪れたくなる王道のフレンチです。

「鉄板焼 ガーデン」は1980年の改装時に開業し、落ち着いたチョコレートブラウン色の雰囲気の中で、鉄板焼を味わえます。カウンター7席に対してテーブル16席と、テーブル席が多いのも他にはないところ。厚い欅のカウンターと窓から望めるチャペルに風情があります。

「コーヒーパーラー ヒルトップ」はホテルオリジナルブレンドコーヒーや水出しアイスコーヒーがシグネチャーのコーヒーハウス。マカロニグラタン、プリンアラモード、ババロア、タルトタタンといった伝統の一品も味わえます。

「バー ノンノン」は歴史を感じさせる重厚な雰囲気の英国風バー。プレミアムスコッチ、バーボンが取り揃えられており、静かな時間を過ごせるでしょう。

「葡萄酒ぐら モンカーヴ」は世界中からのワインと洒落た一品料理を体験できる空間。葡萄をデザインしたステンドグラスが目を引き、隠れ家的です。

他にも、ロビーでドリンクなどをオーダーしたり、ホテルショップが新たに設けられて山の上ホテルの伝統的なスイーツを購入したりできるようになりました。

食に力を入れている

山の上ホテルは和洋折衷の「西洋旅籠」をコンセプトにしています。

客室数35と小さいホテルながらも、レストラン・バーが7つもあるのは、非常に驚くべきことです。それだけ、食に対して力を入れているということでしょう。

今回のリノベーションについて、取締役総支配人である中村淳氏は「料理、サービス、設備を新しくした。ナポリタンがもてはやされていた頃にペスカトーレを提供するなど、本格的な欧風料理でリードしてきたという自負もある。どれも自慢のレストランなので、多くの方に是非とも召し上がっていただきたい」と述べます。

多くの文豪たちに愛され、山の上ホテルが自信をもつレストランはどのようなものでしょうか。

注目レストランについて、何が新しくなったのか、どこにこだわりをもっているのかを、シグネチャーディッシュと共に紹介していきます。

中国料理 新北京

「中国料理 新北京」内観/著者撮影
「中国料理 新北京」内観/著者撮影

「中国料理 新北京」にはテーマとしている青花が壁や柱など随所に散りばめられており、絨毯は中国料理らしい青の牡丹柄。

山の上ホテルで23年間勤めている海老原弘康氏が料理長、13年間の伊藤裕氏がマネージャーの重責を担っています。

中国料理では通常、箸はレンゲと共に右側に縦にして置かれますが、「中国料理 新北京」では、箸は日本料理のように、お皿より手前の位置で横にして置かれます。日中折衷にして気軽に楽しんでもらえるようにしたいということです。

昔からのリピーターが多いので、料理に関しては味を変えず、伝統を守るようにしました。しかし、サービススタッフがテーブル前で取り分けるメニューを増やして、目でも楽しめるようにしたり、回転テーブルを2台導入して、大人数で利用しやすいようにしたりするなど、サービス面で新しい変化があります。

冷菜7種盛り合わせ

冷菜7種盛り合わせ/著者撮影
冷菜7種盛り合わせ/著者撮影

中国料理のコースでは最初に冷菜の盛り合わせが提供されますが、通常は3種類から5種類程度なので、7種類も盛り合わされているのは、多い方です。季節によって変わる野菜の湯葉巻と、新しく導入したコンベクションオーブンで焼いた自家製チャーシューがシグネチャー。

大型フカヒレの姿煮込み 金箔入り フォワグラ添え

大型フカヒレの姿煮込み 金箔入り フォワグラ添え/著者撮影
大型フカヒレの姿煮込み 金箔入り フォワグラ添え/著者撮影

気仙沼ヨシキリザメの尾ビレを用いたフカヒレの姿煮込みは、「中国料理 新北京」の定番です。フォアグラが添えられているのは珍しいですが、これは海老原氏が料理長になった3年前からのスタイル。スープはこの料理のためだけに作られた特別なもので、金華ハムと老鶏、豚スネ肉を入れ、時間をかけて煮込みました。

ロブスターの北京風チリソース

ロブスターの北京風チリソース/著者撮影
ロブスターの北京風チリソース/著者撮影

海老ではなく、オマール海老を使った贅沢なチリソースで、食べ応えを重視した大ぶりのポーションで提供。片栗粉を一度固めてから割って再度まぶしているので、衣はサクサクしていながら、もちもち感もあります。チリソースにはケチャップが使われていません。紹興酒をベースにし、ニンニク醤油、生姜、唐辛子を使った1980年オープン当初からの伝統の味で、香り高いです。

蝦夷鮑の中国風ソテー XO醤ソース

蝦夷鮑の中国風ソテー XO醤ソース/著者撮影
蝦夷鮑の中国風ソテー XO醤ソース/著者撮影

まるごとの蝦夷鮑とアワビダケ、スナップエンドウをソテーした料理。オリジナルのXO醤はリニューアル後から使われている新しい食味です。桜海老がふんだんに使われているので、磯の香りが感じられ、旨味も増しています。

北京ダック

北京ダック/著者撮影
北京ダック/著者撮影

目の前でサービススタッフに包んでもらえます。キュウリ、細切りしたネギ、京桜味噌をベースにしたオリジナルのソースは深みのある味わいで、もちもちとした餅皮との相性も抜群。

フレンチレストラン ラヴィ

「フレンチレストラン ラヴィ」内観/著者撮影
「フレンチレストラン ラヴィ」内観/著者撮影

「フレンチレストラン ラヴィ」でシェフを務めるのはフランスでの修業経験のある山本邦彦氏、マネージャーを務めるのはソムリエ資格を有するフレンチ一筋の松原邦宗氏です。

以前あった貴賓室の意匠を再現し、店内は非常に重厚な雰囲気となっています。個室も新たに設けられたので、接待や記念日にも利用しやすいでしょう。

料理にあわせて3ヶ月に1度刷新させるワインペアリングを開始したり、カトラリーの刃を下向きにセットしてオーセンティックなスタイルを強調したり、クローシュをかけて料理の温度を保ったり、クレープシュゼットをはじめとしたワゴンサービスを復刻したりするなど、リノベーション後の新要素は多いです。

他にも、A3サイズの大きなメニューを製作し、あえて、メニューを閉じてゲストに渡し、表紙のデザインも鑑賞してもらうなど、強いこだわりが感じられます。

館内にはシェフソムリエもいて、ホテル内のレストランを回っているので、より専門的なサービスが提供できるようになったといえるでしょう。

自家製スモークサーモン レフォールクリーム

自家製スモークサーモン レフォールクリーム/著者撮影
自家製スモークサーモン レフォールクリーム/著者撮影

自家製スモークサーモンは復刻した料理。タスマニアサーモンを塩漬けした後に塩抜きし、1日置いてから桜のチップで5時間スモークしています。レフォールクリームは辛味が穏やかで、優しいアクセントに。

ホテル特製ダブルコンソメスープ

ホテル特製ダブルコンソメスープ/著者撮影
ホテル特製ダブルコンソメスープ/著者撮影

山の上ホテルの定番メニュー。普通は2日間かけるところを3日間かけています。1日目は牛骨と鶏ガラでブイヨンを、2日目はそのブイヨンとスネ肉を煮込み、卵白できれいにしてコンソメを作ります。3日目はそのコンソメに再びスネ肉を加えて煮込み、ようやく完成。舌にじんわりと旨味が行き渡り、クラシックフレンチの素晴らしさが体験できるスープに仕上がっています。

オマール海老のテルミドール

オマール海老のテルミドール/著者撮影
オマール海老のテルミドール/著者撮影

リニューアルしてからの新メニューです。オマール海老の半身をたっぷりと使い、グラタン風のテルミドールに仕上げています。ディジョンマスタードがアクセントになり、チコリやラディッシュなどの生野菜も散らし、彩りやフレッシュさも加えて。

国産牛フィレ肉のポワレ ロッシーニ風

国産牛フィレ肉のポワレ ロッシーニ風/著者撮影
国産牛フィレ肉のポワレ ロッシーニ風/著者撮影

こちらもクラシックフレンチの王道。厚みがあってやわらかいフィレ肉の上には、口溶けのよいフォアグラがのせられています。黒トリュフの香りと濃厚な赤ワインの旨味を携えたソースペリグーは赤ワインとの相性が抜群によいです。

ボンブ アラスカ

ボンブ アラスカ/著者撮影
ボンブ アラスカ/著者撮影

リニューアル後からワゴンサービスが復活し、目の前でフランベしてもらえるので、香りは非常に豊か。中にはピスタチオのアイスクリームが包まれており、温かさと冷たさのコントラストを楽しめます。

鉄板焼 ガーデン

「鉄板焼 ガーデン」内観/著者撮影
「鉄板焼 ガーデン」内観/著者撮影

もともとバーベキューガーデンであった庭の一角に、1980年ステーキハウスを新設。その後、鉄板焼へリニューアルしました。その名残で店名にガーデンが付けられており、窓からはチャペルに面した中庭を望めます。

シェフを務めるのは鉄板焼のベテランである佐々木耐氏、マネージャーはバンケット部門でサービスを磨いた磯崎巌氏です。

通常、鉄板焼でコースの最後はお食事となり、白飯やガーリックライスが提供されますが、前身がステーキハウスだったので、パンも選択できるのが珍しいところ。

リニューアル前は洋食寄りのコースでしたが、リニューアル後は和の色合いを強めており、料理もテーブルウェアも和風に一新し、お盆も置くようになりました。

内観はあまり変わっていませんが、鉄板が新しくなり、熱の立ち上がりが早くなっています。引き続き電気ではなくガスなので、火加減の調整は職人の肌感が重要であることに変わりはありません。

メインに据える黒毛和牛は以前と同じく仙台牛ですが、他の銘柄牛を提供するプロモーションも予定。初めてとなるフェアは宮崎牛の構想があり、和の素材をもっと使っていくということです。

前菜盛り合わせ

前菜盛り合わせ/著者撮影
前菜盛り合わせ/著者撮影

前菜は3種の盛り合わせです。左から順番に、朝届いた築地・角山本店の生湯葉を使った一品、マスタードソースを添えた北海道産の蝦夷鮑、エシャロットと赤ワインビネガーの鯛のカルパッチョ。それぞれ味もテクスチャも異なるので、メリハリが利いています。

フォワグラ西京焼

フォワグラ西京焼/著者撮影
フォワグラ西京焼/著者撮影

リニューアル後からの新メニュー。フォアグラは西京味噌やミリンに2日間漬けてあるので、まろやかな味わいとなり、脂も気になりません。ホウレンソウ、ゴボウが添えられてあり、目の前で挽いた黒胡椒をアクセントに。

活車海老と甘鯛の鉄板焼き

活車海老と甘鯛の鉄板焼き/著者撮影
活車海老と甘鯛の鉄板焼き/著者撮影

魚料理は2品も楽しめます。カルピスバターを使ったブールブランソースをココットで別添えしているのは面白いところでしょう。車海老は殻もしっかりと焼いてカリカリのエビせんべいに。甘鯛は皮目をパリッとさせ、ふっくらとした身とよいコントラスト。

極上黒毛和牛(A-5)フィレとサーロイン

極上黒毛和牛(A-5)フィレとサーロイン/著者撮影
極上黒毛和牛(A-5)フィレとサーロイン/著者撮影

仙台牛は、肉質等級が最高ランクの5となっている唯一の黒毛和牛。フィレでも脂がしっかりと感じられ、非常にやわらかいです。サーロインは口溶け感がありますが、わさびで食べてさっぱりとさせるのがよいかもしれません。醤油、胡麻ダレも用意されており、ゆくゆくは岩塩も提供する予定だといいます。

文豪たちに愛された山の上ホテル

山の上ホテル/著者撮影
山の上ホテル/著者撮影

山の上ホテルは川端康成、三島由紀夫、池波正太郎をはじめとした数多くの作家に愛されたホテルとして知られています。

多くの出版社がある神田や神保町に近いので、少なからぬ作家がカンヅメとなり、執筆活動をすることもあったということです。現代のようにファックスやメールもなかった時代には、山の上ホテルのロビーに原稿を待つ編集者が溢れかえっていたといいます。

私の推測ですが、おそらくそのようにカンヅメとなった作家の方々は、御茶ノ水や神保町の蕎麦や割烹に訪れることもあったと思いますが、編集者の目もあったことから、館内のレストランで大人しく食事を取ることも少なくなかったでしょう。実際に、池波氏が山の上ホテルの天丼を愛したことは有名な話です。

こういった文豪たちに愛されたホテルから、より開かれたホテルへと生まれ変わるべく、山の上ホテルはリノベーションしました。ブランドや本質的なコンセプトは同じながらも、より革新的に、より使いやすくなっていることは確かです。

山の上ホテルは駅からのアクセスも非常によいだけに、文豪たちが口にしたその美食の数々を、そのファンならずとも体験してみるのはいかがでしょうか。