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知った気になっているM.O.F.って本当は何? 日本で起きた37年ぶりの快挙

東龍グルメジャーナリスト
幼鴨のロースト マルコポーロ/著者撮影

M.O.F.とは何か

M.O.F.(エムオーエフ)という言葉を聞いたことがありますか。

M.O.F.とはMeilleur Ouvrier de Franceの略称であり、日本語に訳すとフランス国家最優秀職人章になります。

約200種以上のフランス文化の最も優れた継承者にふさわしい、最も優秀な技術を持つ職人に授与される称号。そしてその評価は名を馳せた著名な人が対象というわけではなく、ひとつの道に心身を打ち込んで今後ますます活躍するプロフェッショナルを対象としており、それはつまり現在、一番勢いのある人物とも言えます。

受章者はフランスの料理界においてはまさに、憧れの存在となり、日本の人間国宝の存在に近い人物として敬われています。

出典:PR TIMES

テレビや雑誌、インターネットの記事では時々、M.O.F.の料理人やパティシエという表現が見掛けられますが、フランスでは料理人やパティシエにとって最高の栄誉といえるものなのです。

世界的な料理人やパティシエが受章

もう少し詳しくみていきましょう。

食、建築、服飾、宝飾、美容等200種以上の職業を対象に、フランス文化の最も優れた継承者たるにふさわしい高度な技術を持つ職人に与えられるフランス国家の称号で、1924年に開催されて以来、3年から4年に一度、開催されている歴史あるコンクールです。

特に食の世界におけるM.O.F.は、フランス料理界最高峰の栄誉として知られており、料理、製菓、パンなどの各部門があります。

評価ポイントとなるのは、極めてタイトな時間内での手際の良さ、最新の技術に関しての知識、伝統的な技術に関してのノウハウ、突発的な難題にも瞬時に即応できる対応力、クリエイティビティ、美的センスなど、トップシェフに必要とされる資質の全てについて極めて厳しい難易度の高い選抜試験で知られています。

コンクールに合格し、M.O.F.の称号を得た者だけが、名誉あるトリコロールカラー襟のコックコートの着用が認められています。

出典:PR TIMES

数年に1度しか開催されていないので、チャンスが少なくて希少価値が高いといえるでしょう。これに加えて審査期間も2年から3年と非常に長いです。

そもそも出願することも難しく、フランスで5年以上働き、推薦状も必要となるなど、応募するだけでも大変です。

M.O.F.を授与された食の偉人を挙げると、料理人にはポール・ボキューズ氏、ジョエル・ロブション氏、アラン・シャペル氏、パティシエにはピエール・エルメ氏、ジャン=ポール・エヴァン氏などがいます。

日本でも多くの人に知られている世界的な職人が受章しているのです。

日本の褒章や表彰

日本にも料理人に授けられるいくつかの名誉な褒章や表彰があります。

現代の名工は、厚生労働大臣によって表彰される卓越した技能者の通称であり、広く社会一般に技能尊重の気風を浸透させ、職業に精進する気運を高めることを目的としている表彰制度です。工業技術や伝統工芸など各分野で優れた技術や業績を持つ技能者が対象であり、毎年1回約150名が表彰されます。

黄綬褒章は「業務に精励し衆民の模範たるべき者」、つまり、農業、商業、工業などの業務に励み、模範となる技術や事績を有する人に授与されるものであり、内閣総理大臣が決定します。毎回約200名前後が選出され、4月29日(昭和の日)と11月3日(文化の日)に発令されます。

ちなみに、よくテレビなどで紹介される紫綬褒章は「学術芸術上の発明改良創作に関し事績著明なる者」に授与され、学術、芸術、スポーツに関わる方が対象です。

人間国宝は、文部科学大臣が指定した重要無形文化財の保持者として各個認定された人物を指す通称。芸能分野と工芸芸術分野から選ばれており、毎年1回有識者が構成する専門調査会によって審査と認定が行われます。

調理技術という重要無形文化財を保持するという点では、M.O.F.は人間国宝に最も近いといって間違いないでしょう。

ルノー オージエ氏がM.O.F.を受章

ルノー オージエ氏/著者撮影
ルノー オージエ氏/著者撮影

このように、M.O.F.は非常に大きな価値をもちますが、実はここ日本で最近、ある快挙が起きました。

それは、ホテルニューオータニ「トゥールダルジャン 東京」でエグゼクティブシェフを務めるルノー オージエ(Renaud Augier)氏が日本在住の料理人としては実に37年ぶりにM.O.F.を受章したことです。

2019年度 料理部門M.O.F.選抜審査

  • 書類選考

753人が合格

  • 一次審査(2018年4月)

650名が合格

  • 二次審査(2018年9月)

166名が合格

  • 三次審査(2018年10月)

28名が合格

  • 最終審査(2018年11月)

7名が料理部門M.O.F.に決定

2019年度の審査過程をみても分かるように、書類選考に通るほどの一流料理人であっても、753人のうち7人しかM.O.F.を受章できないという非常に狭き門です。

フランスの現地時間2019年5月13日には、ソルボンヌ大学および大統領官邸であるエリゼ宮で、授章式が開催され、正式にM.O.F.が授与されました。

オージエ氏は1981年生まれと若く、2019年度の料理部門受章者7名の中では最年少ながらも、その実力と才能、料理人としての人間性が改めて認められたということになります。

ルノー オージエ氏とは

では、このような快挙を成し遂げたオージエ氏はどういった料理人なのでしょうか。

以下、プロフィールを紹介します。

ルノー オージエ氏のプロフィール

1981年生37歳 。フランスのグルノーブル地方出身。16歳で、一ツ星レストランから修行時代をスタートさせ、かずかずの二ツ星、三ツ星レストランで研鑽を積んだ後、トゥールダルジャンパリ本店を経て、2013年春にトゥールダルジャンの世界唯一の支店であるトゥールダルジャン 東京のエグゼクティブシェフに就任。トゥールダルジャンパリ本店の伝統、エスプリを踏まえながら、シェフの感性と技で新しいクリエイションに挑戦しています。

出典:トゥールダルジャン 東京

16歳の時から料理の道へと入り、モナコ「ル・ルイ・キャーンズ−アラン・デュカス・ロテル・ド・パリ」、フランス・シャンパーニュ地方「レ・クレイエール」など、多くのミシュランガイド星付きレストランで技術を磨いてきました。

そして、「トゥールダルジャン パリ本店」を経て、ホテルニューオータニにある世界で唯一の支店である「トゥールダルジャン 東京」エグゼクティブシェフに就任しています。

「トゥールダルジャン パリ本店」の伝統の味わいと格式を継承しながらも、自身の豊かな感性を取り入れました。

トゥールダルジャンとは

「トゥールダルジャン パリ本店」の歴史は非常に長いです。

その始まりは1582年のアンリ三世の時代、場所は古きパリの中心であった五区のセーヌ河畔。サンルイ島の前にあった一軒の旅籠から、トゥールネル城の塔が見えました。この塔は、太陽の光に反射して銀色に輝く雲母で飾られており、フランス語で「銀の塔」を意味する「トゥールダルジャン」と呼ばれていたのです。

トゥールネル城は当時の王様がパリに立ち寄るために建てられたものでした。旅籠の主人が国王から塔を店の紋章に使うことを許され、店の名前も「トゥールダルジャン」としました。

それ以来「トゥールダルジャン パリ本店」が400年前と同じ場所に今も存在し、ゲストをもてなしていることは、驚くべきことであるといってよいでしょう。

「トゥールダルジャン パリ本店」の軌跡は、まさに近代フランス料理の軌跡であるといっても過言ではありません。

トゥールダルジャン 東京の特徴

エントランスからのアプローチ/著者撮影
エントランスからのアプローチ/著者撮影

この圧倒的な歴史を誇るトゥールダルジャンが、ホテルニューオータニの約400年の歴史をもつ庭園を望める地に、世界唯一の支店として「トゥールダルジャン 東京」をオープンしたのは1984年の秋でした。

エントランスはシックな濃紺に彩られており、ブルボン王朝を連想させます。壁面には、ロイヤルファミリーをはじめ、政財界、文化人など各界の著名人によるサインが飾られているのも圧巻でしょう。

エントランスホール/著者撮影
エントランスホール/著者撮影

エントランスホールは、ルイ16世の時代とルイ14世の時代を表現。ホール中央には、トゥールダルジャンの歴史の中でも有名な「三皇帝の晩餐」をイメージした食卓のディスプレイがあります。

ロシア皇帝アレクサンドル2世と子息の3世、従兄弟であるプロシア(今のドイツ)のヴィルヘルム1世、首相のビスマルクがパリ万博の際に食事したシーンを再現しました。

店内に設けられたバーでは食前酒と食後酒を楽しめます。壁面には歴代の国王や宮廷の名士など、フランスの食文化に貢献した51人の肖像画がずらりと並べられており、壮観です。

イタリア製の大理石テーブルとその上に載せられた鴨のプレス機/著者撮影
イタリア製の大理石テーブルとその上に載せられた鴨のプレス機/著者撮影

ダイニングルームはルイ15世のロココ時代を表現した空間となっており、壁面の樫の木はフランスから運んできました。壁面中央には、優美なドレープが彫刻されたイタリア製の大理石テーブルが置かれています。

「トゥールダルジャン 東京」ダイニングルーム/著者撮影
「トゥールダルジャン 東京」ダイニングルーム/著者撮影

エントランスからのアプローチやウェイティングスペース、ダイニングルームは、通常のグランメゾンの数倍もの広さを誇っており、空間は実に豊かです。

まさにグランメゾンの中のグランメゾンともいうべき、文句のない設えになっているといえます。

鴨料理とナンバリングカード

幼鴨のロースト マルコポーロ(~8/27「ラ・テラス」Part Iのメニュー)/著者撮影
幼鴨のロースト マルコポーロ(~8/27「ラ・テラス」Part Iのメニュー)/著者撮影

トゥールダルジャンといえば、スペシャリテの幼鴨のローストが非常に有名であり、それと同時にゲストが食した鴨のナンバリングもよく知られています。

19世紀末から手掛けた鴨の1羽1羽に番号を付け始め、それ以来ずっとナンバリングが続いているのです。

1921年6月21日に当時皇太子であった昭和天皇が「トゥールダルジャン パリ本店」で召し上がった鴨の番号が53211でした。そして、この番号に敬意を表して、次の53212から「トゥールダルジャン 東京」の番号が始まったという物語はよく知られています。

鴨のカード/著者撮影
鴨のカード/著者撮影

鴨料理が提供される時に、ナンバーが刻印されたカードも添えられるので、貴重な記念として持ち帰るとよいでしょう。

記念の鴨のカードは2019年5月に新しいデザインとなり、モダンに生まれ変わりました。以前のナンバリングカードを持っている方は、比べてみると面白いかもしれません。

インタビュー

ここまで、オージエ氏とトゥールダルジャンについて詳しく紹介してきました。

では、2019年度に最年少でM.O.F.を受章したオージエ氏とは、一体どのような人物なのでしょうか。詳しいインタビューを掲載します。

海胆のムース そうめんかぼちゃのヴィネグレットマリネ(~8/27「ラ・テラス」Part Iのメニュー)/著者撮影
海胆のムース そうめんかぼちゃのヴィネグレットマリネ(~8/27「ラ・テラス」Part Iのメニュー)/著者撮影

Q:いつからM.O.F.を意識し始め、挑戦を始めましたか?

オージエ氏:現在37歳ですが、20代の頃はM.O.F.という存在は、まるで雲の上の存在であり、自分とは別の世界だと感じていました。それが、30代に入って先輩たちからの勧めもあり、徐々に挑戦してみようという気持ちに変わっていきました。そして4年前、初めてM.O.F.に挑戦して5人のファイナリストに残り、2回目となる今回の挑戦でM.O.F.受章が叶いました。

Q:M.O.F.を受章するにあたって困難だったことは何ですか?

オージエ氏:実際に挑戦してみて強く感じたのは、M.O.F.はただ料理の技術だけを競うものではなく、「料理人としての総合力」、さらには「人間力」まで試されるということでした。

最終試験では、初対面となる調理師学校の学生が助手に付きます。私自身も非常に緊張していましたが、落ち着いて、不慣れな助手に適切な指示を出しました。

また、ひとつのオーブンを別のM.O.F.受験シェフとシェアして使わなければならなかったり、通常では考えられない素材を組み合わせたりするなど、様々な難題が投げかけられたのです。

最上級の知識や技術をもっていることは大前提として、突発的に与えられる課題に対して瞬時に解決策を見出し、冷静沈着かつ迅速な決断が求められました。

フォアグラとマンゴージュレのテリーヌ アヴォカドムースとコーンのダンテル添え(~8/27「ラ・テラス」Part Iのメニュー)/著者撮影
フォアグラとマンゴージュレのテリーヌ アヴォカドムースとコーンのダンテル添え(~8/27「ラ・テラス」Part Iのメニュー)/著者撮影

Q:日本在住シェフとして約37年ぶりという快挙をどう受け止めてますか?

オージエ氏:「37年ぶり」「今世紀初の快挙」という言葉を聞くと、身が引き締まる思いです。

前回はジャック・ボリー シェフが日本にいながらにして、M.O.F.を受章しました。今回、私が挑戦する際にも、ボリーシェフ自身から激励の言葉をいただき、とても心強く感じたものです。

ボリーシェフからの応援もそうですし、「トゥールダルジャン パリ本店」にも準備を全面的に協力してもらいました。今回の受章は、こういった多くの人々の支えがあって成し遂げられたと思います。

受章セレモニーから帰国した後、スタッフ全員に「今回のM.O.F.は、私だけのものではない。この『トゥールダルジャン 東京』にいるみんなのものでもあるのだよ」と感謝の言葉を伝えました。

トゥールダルジャンオリジナルブイヤベース(~8/27「ラ・テラス」Part Iのメニュー)/著者撮影
トゥールダルジャンオリジナルブイヤベース(~8/27「ラ・テラス」Part Iのメニュー)/著者撮影

Q:M.O.F.を受章する前と後では何か変化はありますか?

オージエ氏:今まで、ずっと雲の上のような存在だと思ってきた先輩M.O.F.から、「これからは君もM.O.F.の仲間なのだからね」といわれた時は、なんだかとても不思議な気持ちがしました。

ずっと前から、いつの日にかM.O.F.に到達したいと夢を描いていました。それが現実となった今、料理に対する真摯な姿勢や考え方に変化はありませんが、大きな責任も感じています。

Q:今後、考えていること、やりたいことは何ですか?

オージエ氏:M.O.F.受章は、私の料理人としての人生において、非常に大きな出来事ですが、これが全てのゴールだとは思っていません。これからは、今まで以上に情熱を傾けて、このトゥールダルジャンというグランメゾンの伝統を大切にしながら、常に新しい挑戦を続けていきたいです。

それと同時に、M.O.F.を受章した者の責任として、これから料理の道を懸命に歩んでいこうとする若い料理人たちに、誇りをもって伝統を伝えていきたいと考えています。

これから

幼鴨の備長炭グリエ 薫香ソースとアーティチョークのニース風(~8/27「ラ・テラス」Part Iのメニュー)/著者撮影
幼鴨の備長炭グリエ 薫香ソースとアーティチョークのニース風(~8/27「ラ・テラス」Part Iのメニュー)/著者撮影

日本におけるフランス料理のレベルは非常に高い、フランスを始めとして海外にいる日本人の料理人が非常に活躍しているといわれるようになってから、かなり久しいです。

成熟してきた日本のフランス料理がさらなる発展を遂げるためには、もしかすると、長い歴史を誇るフランス料理の伝統や格式を肌身で知る料理人の存在が必要かもしれません。

そうであれば、オージエ氏のようなフランス国家最優秀職人が日本に在住し、日本のフランス料理をリードしてくれることは、非常に頼もしいことではないかと私は思うのです。

グルメジャーナリスト

1976年台湾生まれ。テレビ東京「TVチャンピオン」で2002年と2007年に優勝。ファインダイニングやホテルグルメを中心に、料理とスイーツ、お酒をこよなく愛する。炎上事件から美食やトレンド、食のあり方から飲食店の課題まで、独自の切り口で分かりやすい記事を執筆。審査員や講演、プロデュースやコンサルタントも多数。

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