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逝去の報道で激震を与えた料理界の巨匠ジョエル・ロブション氏は何がすごいのか?

東龍グルメジャーナリスト
ジョエル・ロブション氏/フォーシーズ提供

フランス料理界の巨星墜つ

2018年8月6日に、フランス料理界の巨匠であるジョエル・ロブション氏ががんによって亡くなりました。

新聞やテレビ、インターネットの記事など、既に多くのメディアで伝えられています。私の周りでも、料理人や食に関係したジャーナリストやライターがSNSに、生前ロブション氏と撮影した写真を投稿したり、思い出を振り返ったりして悲しみを表しています。

輝かしい経歴

ロブション氏の経歴は至極輝かしいものであり、全てを挙げればキリがありません。

29歳でパリ中心部にある大型ホテル「コンコルド=ラファイエット・ホテル」(現在は「ハイアット リージェンシー パリ エトワール」)の総料理長に就任し、弱冠31歳でM.O.F.(フランス国家最優秀職人)を受賞、1981年36歳「ジャマン」をオープンし、1984年には当時史上最短でミシュランガイド3つ星を獲得しました。

東京、香港、マカオでミシュランガイド3つ星のレストランを持ち(以前はシンガポールでも)、全部で32の星と世界で最も多くの星を獲得した料理人なのです。

1987年に「シェフ・オブ・ザ・イヤー」、1990年にゴ・エ・ミヨの「今世紀の料理人」に選ばれるなど、十指に余る受賞歴や勲章もあります。誰もが認める料理人の中の料理人であることは疑いようがありません。

テレビにも頻繁に出演しており、「グラン・シェフのような料理を」や「いただきます、もちろん」、自らのチャンネルである「グルメT.V.」が有名です。著者としても多くの本を上梓しており、「ジョエル・ロビュションの美味しくて素直な料理」や六本木ヒルズのレストランの店名と同じ「ラトリエ ドゥ ジョエル・ロブション」、さらには「テロワールと現代のルセット」といったタイトルがあります。

日本でも展開

シャトーレストラン ジョエル・ロブション/著者撮影
シャトーレストラン ジョエル・ロブション/著者撮影

ロブション氏は日本でも華々しく活躍しています。

1994年に恵比寿ガーデンプレイスにある「タイユバン・ロブション」をプロデュースし、2004年に「シャトーレストラン ジョエル・ロブション」へとリニューアルしました。

アジア初の「ミシュランガイド東京2008」が出版された時には、「シャトーレストラン ジョエル・ロブション」内の最高峰ブランドである「ガストロノミー ジョエル・ロブション」が3つ星を、その階下にある「ラ ターブル ドゥ ジョエル・ロブション」および六本木に構えたカウンタータイプの「ラトリエ ドゥ ジョエル・ロブション」が2つ星を獲得し、現在まで維持しています。

ラトリエ ドゥ ジョエル・ロブション/著者撮影
ラトリエ ドゥ ジョエル・ロブション/著者撮影

他にも、丸の内ブリックスクエアにパティスリー&ブランジュリー「ラ ブティック ドゥ ジョエル・ロブション」、日本橋高島屋に気軽に楽しめる「ル カフェ ドゥ ジョエル・ロブション」、渋谷ヒカリエにロブション氏にとって世界初めてとなるパン専門店「ル パン ドゥ ジョエル・ロブション」をオープンするなどし、日本でも順調に店舗を増やしているのです。

ロブション氏は日本の文化にも造詣が深く、2018年4月には、旭酒造とコラボレーションしてパリ8区に「獺祭 ジョエル・ロブション」をオープンしました。

2017年には全国のセブンイレブンで、ロブション氏が監修したプレミアムアイスバー「ジョエル・ロブション ショコラ ~オレンジと練乳のソースで~」「ジョエル・ロブション ストロベリー ~タヒチ産バニラとホワイトチョコで~」を販売し、美食家や食通だけではなく、普段はフランス料理店に訪れないような人々にも、ロブション氏のエスプリに触れる機会がもたらされています。

周りの反応

和の要素を意欲的に取り合わせた前菜の盛り合わせ@Nabeno-Ism/著者撮影
和の要素を意欲的に取り合わせた前菜の盛り合わせ@Nabeno-Ism/著者撮影

このようにロブション氏は日本に関わりがとても深いだけに、周りの方の反応が気になるところです。

渡辺雄一郎氏は、21年間もロブション氏のレストランで従事し、2004年に「シャトーレストラン ジョエル・ロブション」でエグゼクティブシェフに就任し、ミシュランガイド3つ星を維持してきました。2016年には独立して「Nabeno-Ism(ナベノ-イズム)」をオープンし、早速ミシュランガイドで1つ星を獲得しています。

ロブション氏について尋ねると、渡辺氏は「20歳の時にパリの『ジャマン』で初めてムッシュの料理を食べた時に、私のフランス料理人生において、進むべき道を示してくださった。ムッシュは恩人であり、師匠である。今も彼の教えである『味を複雑にしすぎないよう、素材の味をリスペクトするように』を『Nabeno-Ism』で守り続けている。本当に哀しく、寂しいが、師の言葉を思い出しながら、さらに精進していく」と改めて師匠の教えや言葉を噛み締めます。

日本でロブション氏のブランドを展開するフォーシーズに、ロブション氏から全幅の信頼を寄せられている、あるシェフのコメントも打診しましたが、「情報が錯綜しているため、発信内容を統一することを目的として、個人のコメントは控えさせていただく」という回答が返ってきました。

ロブション氏の逝去は大きなインパクトを与えただけに、現在もロブショングループに所属するシェフが公式なコメントを発することに慎重になるのは当然のことかもしれません。

素晴らしい料理人である点

ここまで紹介してきたことを鑑みれば、ロブション氏がいかに並外れた成功を収め、いかに多くの人々に影響を与えてきたか、十分に理解できることでしょう。

私は次の点からロブション氏がいかに素晴らしい料理人であったかを紹介しようと思います。

  • 人間性
  • 組織力
  • 最新技術

人間性

フォアグラ プランチャで焼き、パルメザンチーズのリゾットと共に@ガストロノミー ジョエル・ロブション/著者撮影
フォアグラ プランチャで焼き、パルメザンチーズのリゾットと共に@ガストロノミー ジョエル・ロブション/著者撮影

偉大な料理人になるためには、料理の技術や舌の感度、嗅覚の鋭さ、さらには想像力やトレンドを読む力などが必要であることは確かでしょう。しかし、こういったことにも増して重要となるのは、やはり料理人の人間性です。

料理人はいつも表にいてスポットライトを浴びているわけではありません。基本的には厨房でストイックかつ地道な作業に取り組んでいるだけに、忍耐強さが必要です。客に対してはもちろん、食材や食材の生産者に対して誠実に向き合わなければなりません。料理の世界、美食には終わりがないので、謙虚に飽くなき追求をすることが重要です。

2005年に刊行された「プロのためのフランス料理の歴史」(学習研究社)を大幅に加筆した「フランス料理の歴史」 (KADOKAWA )における人物コラムの中で、エドモン・ネランク氏はロブション氏について、次のように述べています。

若い料理人たちのたちのモデルとなるものだろう。その成功の源には、彼の三つの長所、誠実・厳しさ・謙虚がある。

ロブション氏はよく完璧主義者と一言で表現されますが、ネランク氏が評したように、誠実さと厳しさと謙虚さを持ち合わせていたことが、類まれな料理人となった大きな要因となったのではないでしょうか。

素晴らしい人間性があるからこそ、先に紹介した「Nabeno-Ism」の渡辺雄一郎氏、かつて「ジャマン」で修行し、日本でも「ドミニク・ブシェ トーキョー」などを展開するドミニク・ブシェ氏、「モナリザ」の河野透氏など、数多くの一流料理人がロブション氏をずっと慕っているのです。

組織力

国産牛パヴェットのロティ なめらかなジャガイモのピュレ 田舎風サラダと共に@ラ ターブル ドゥ ジョエル・ロブション/著者撮影
国産牛パヴェットのロティ なめらかなジャガイモのピュレ 田舎風サラダと共に@ラ ターブル ドゥ ジョエル・ロブション/著者撮影

料理は1人だけで作れるものではありません。ファインダイニングを運営し、質の高いコースを提供するとなると、チームの力が必要となります。いくらシェフの腕がよくても、スーシェフやシェフ ド パルティエの腕が悪ければ、安定して高い質は維持できません。

また、どんなに料理が素晴らしかったとしても、それを提供するサービススタッフが、料理の背景やストーリーをよく理解していなければ、客の楽しさは半減してしまいます。サービススタッフの立ち居振る舞いが美しくなければムードを壊してしまいますし、ホスピタリティが不足していれば不愉快な体験として記憶してしまうものです。

よいレストランになるためには、シェフの力だけではなく、料理人やサービススタッフなど、チームの組織力が必要不可欠です。

ロブション氏は見事にチームを育て上げ、堅固な組織力を築き上げてきたので、かつては4都市4レストランでミシュランガイド3つ星を獲得できたのでしょう。ひとつのレストランでミシュランガイド3つ星を獲得して維持するだけでも大変な偉業です。

組織を作り上げる力は、29歳という若さにも関わらず「コンコルド=ラファイエット・ホテル」で90人前後の料理人を率いた経験によって養われたのでしょう。

大型ホテルには、予約して訪れるファインダイニングだけではなく、ウォークインの客ばかりが入るカフェやカジュアルなダイニングもあり、ルームサービスもウェディングもあります。

食を提供するといっても、コンセプトや様式が異なっており、あらゆる料理人を上手に組織しなければうまく回るはずがありません。

それぞれの部門の特性を考え、料理人の技術や性格を見極めて采配を奮うことは、世界でレストランを展開するのに必要な能力です。

最新技術

香り高いアルバ産白トリュフを半熟卵とポレンタと共に@ラトリエ ドゥ ジョエル・ロブション/著者撮影
香り高いアルバ産白トリュフを半熟卵とポレンタと共に@ラトリエ ドゥ ジョエル・ロブション/著者撮影

ロブション氏は、ヌーベル・キュイジーヌを代表する料理人であり、伝統的なフランス料理を再解釈して、新しく生まれ変わらせることを得意としています。最も有名な料理としては、日本のテレビ番組でも紹介された「ジャガイモのピュレ」が挙げられるでしょう。

分子美食学(分子ガストロノミー)に対してはあまり肯定的ではなかったとされますが、新しい技術は積極的に取り入れています。特に、真空調理とも低温調理とも呼ばれる調理手法を積極的に取り入れて、いち早く研究してきました。

ロブション氏が使用しているということで、他の料理人も使用するようになり、現在ではモダンフレンチでは当然のように使われています。手頃な値段の真空調理器具も販売されるようになり、プロの料理人だけではなく、家庭でも広く利用されるようになったのは周知の事実です。

ちなみに、真空調理とは新調理なびでも紹介されているように「下処理した食材と調味料を真空パック専用袋に入れて. 業務用の真空包装機器で真空パックし、湯煎器または、スチコン=スチームコンベクションオーブンなどで加熱する調理法」です。

新しい技術を取り入れるのは、これまでとは異なる調理法を行うということであり、苦労を伴うものです。他に先駆けて行う場合には、自身で研究していく必要もあり、強い探究心と深い洞察力も必要となります。

ロブション氏の哲学

ロブション氏の公式サイトには以下の哲学が記されています。

料理は愛から始まる芸術です。

人を愛し、食材を愛すること。

愛情は料理に現れます。

私たちシェフが料理をするとき、まず想うこと。

それは出来上がった料理をお客様が心より美味しそうに嬉しそうに召し上がってくださる姿です。

絵画や映画など人の心を動かす全ての芸術がそうであるように、料理もまた、創造するプロセスに厳しさを伴うもの。

時には、不安という壁に閉ざされて、身動きできなくなることもあります。

しかし、お客様のその喜びで輝くような笑顔によって支えられ、料理がもたらす愛のメッセージによって励まされ、私たちは常に前に進むことができるのです。

今日も私たちのつくる一皿が、皆様に幸せなひとときを贈ることを願って。

ボナペティ!

出典:公式サイト

また、フォーシーズは、ロブション氏の訃報に際して以下のプレスリリースを配信しています。

2018年8月6日、73歳でその生涯を終えられたジョエル・ロブション氏の訃報に接し、謹んで哀悼の意を表すとともに、偉大なる料理人であり、素晴らしい人格者でもあった同氏の哲学を受け継ぎ、今後も引き続き日本におけるレストラン事業、ライセンス事業に邁進し、ジョエル・ロブション氏の類まれなる美意識とスピリットをロブション・ブランドとして将来的に継続していくことを表明いたします。

出典:PR TIMES

これらを鑑みると、「私たちシェフが料理をするとき、まず想うこと。それは出来上がった料理をお客様が心より美味しそうに嬉しそうに召し上がってくださる姿です」というロブション氏の哲学およびスピリットを、ロブション・ブランドを展開するフォーシーズが今後も堅持し尽力していくということです。

ロブション氏が亡くなり、悲しみのどん底に打ちひしがれている中で、日本における美食家にとっては、これほど励まされることはないでしょう。

次の時代における食文化の探求

ロブション氏は「フランス料理の歴史」に「序に寄せて」を寄稿しており、次のように述べています。

技術の進歩はうんざりするような仕事の繰り返しを減らし、考えるという余裕が生まれます。個性を身につけるのに必要な栄養を、文化が精神に与えるのです。こうして料理人は創造的、独創的になり、ここに、新しい知性の時代の中で、料理人の生きる道が生まれるのです

多くの人々がどうしてロブション氏の料理に感動するのかという質問に対して、ここに全ての回答が詰め込まれていると私は感じます。

すなわち、料理人の個性によって生み出される創造的かつ独創的な料理は、それ自体が文化や知性の賜物なので、人々に感動を与えるということです。

ロブション氏が十分なまでに、この時代における知見と未来へのヒントを残して逝去した今、ただ単に悲しみに沈んでいるだけでは、いけないのかもしれません。

次の時代における食文化のあり方を探求するために、考えたり行動したりすることが、ロブション氏への供養となり、食に関係する人々にとっての慰めとなるのではないでしょうか。

グルメジャーナリスト

1976年台湾生まれ。テレビ東京「TVチャンピオン」で2002年と2007年に優勝。ファインダイニングやホテルグルメを中心に、料理とスイーツ、お酒をこよなく愛する。炎上事件から美食やトレンド、食のあり方から飲食店の課題まで、独自の切り口で分かりやすい記事を執筆。審査員や講演、プロデュースやコンサルタントも多数。

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