セララバアドは新たなモダンガストロノミーの物語を完成させられるか?

セララバアド

分子ガストロノミー

「分子ガストロノミー」とも「分子美食学」とも呼ばれている料理をご存知でしょうか?

科学的な観点から調理する手法で、あらゆる食材を泡にする「エスプーマ」や瞬時に凍らせる液体窒素はモダンフレンチであれば出会う機会は多いので、食べた経験がある人は少なくないと思います。

セララバアド「オリーブの泡とクリスタルポテトチップス」
セララバアド「オリーブの泡とクリスタルポテトチップス」

この分子ガストロノミーを世界中に広めたのが、世界で最も予約が取れないレストランと言わしめていたフェラン・アドリア氏の「エル・ブジ」(スペイン)です。ミシュランガイド3つ星を獲得していただけではなく、「世界のベストレストラン50」で5度も1位に輝いたことのあるレストランです。「人の五感すべてに働きかけ、さらに、人の脳をびっくりさせる料理」というコンセプトのため、4月から10月にだけ営業して、残りの期間は休業して新メニューを創作するというユニークな営業をしていましたが、「多忙のあまりに自分の料理を見失ってしまった」として2011年7月30日をもって閉店しました。

液体窒素で瞬時にミント風味のメレンゲを凍らせた「白い吐息」
液体窒素で瞬時にミント風味のメレンゲを凍らせた「白い吐息」

近年、「世界のベストレストラン50」で4回も1位を獲得しているのが、エル・ブジでの修業経験もあるレネ・レゼピ氏の「ノーマ」(デンマーク)です。北欧らしい食材を追求し、常に新しいアプローチを創造していくレストランで、2015年1月9日から期間限定でマンダリン オリエンタル 東京へ出店し、レネ氏はもちろんスタッフ全員が赴くという初めての試みで注目されています。

日本におけるモダンガストロノミーの旗手

チーズのスプーンが添えられた「オニオングラタンスープ」
チーズのスプーンが添えられた「オニオングラタンスープ」

「世界のベストレストラン50」で1位を獲得したことがあるエル・ブジとノーマという2つのレストランにおいて、修業した経験を持つ日本の料理人が橋本宏一氏です。橋本氏は、日本でも数少ない分子ガストロノミーを標榜するマンダリン オリエンタル 東京「タパス モラキュラー バー」でシェフを務めて、ミシュランガイド1つ星を獲得したこともあります。

モダンガストロノミーの旗手である橋本氏が、2015年1月20日に満を持して「セララバアド」というレストランをオープンするのです。

セララバアドはどういったレストランになるのでしょうか。

モダンガストロノミーをカジュアルに

根セロリで作った折り鶴
根セロリで作った折り鶴

橋本氏に訊くと「モダンガストロノミーをカジュアルにしたい」と開口一番で答え、「これまでモダンガストロノミーは値段も高かったので、お金に余裕がある方が訪れていた。しかし、一般の家族やカップルが気軽に訪れることができるようにしたい」と真摯に話します。さらには「日本人はもちろん、外国人のお客さまにも来ていただいて、日本の文化を表現して伝えていきたい。そのため、以前もご好評いただいていた根セロリで作った折り鶴もご提供する」と加えます。

料理に関しては「これまではとがった料理が多かった。驚きは失わないようにしながら、もう少し食べ易い料理をご提供する」と通受けする料理よりも万人受けする料理を提供したいとし、「もっとナチュラルにして食材にフォーカスしたい。以前はカウンターだけだったので難しかったが、今は広くなったので石で飾り立てたりなどしている」とプレゼンテーションにもさらに力を入れるとします。

オリーブのパウダー、アボカドとジャガイモのピューレで表現した「ランドスケープ」
オリーブのパウダー、アボカドとジャガイモのピューレで表現した「ランドスケープ」

ソムリエ 竹本美加氏は「シャンパーニュにもこだわっており、シャンパーニュ地方の最南端にあり、生産本数の少ないジャック・ラセーニュをご用意している」として、料理とのマリアージュについては「コース料理は皿数が多いが、どれも食材の持ち味に合うワインをご提案していきたい。お客さまにもっと喜んでいただけるように、ワインペアリングなどもできるといい」と意気込みを語ります。

北海道の放牧豚「どろぶた」を使う

「鶏と金柑、蕪のスモーク」
「鶏と金柑、蕪のスモーク」

橋本氏は2014年の3月から4月にノーマで修業しましたが、世界に燦然と輝くノーマで修業したいという料理人はそれこそ山のようにいるでしょう。どのようにして接点を持ち、働く機会を得られたのでしょうか。

経緯を訊くと、橋本氏は「以前、デンマークへ訪れた時にノーマの予約が取れなくて残念な思いをした。2013年秋にレネ氏がマンダリン オリエンタル 東京へ訪れていた時に会う機会があり、そのことを話したら今度予約してくれるということで連絡先をもらった。その後に連絡したところ、話が進んでいき、働ける機会をいただけることになった」と明かしてくれます。

「どろぶた」を使った「ナツメヤシとベーコン」
「どろぶた」を使った「ナツメヤシとベーコン」

ノーマで働いたことが、より自然に回帰する考えを強めたことは想像に難くありません。こだわりの食材について問うと「日本全国へ時間をかけて食材を探しに行っており、例えば、『どろぶた』と呼ばれている北海道の放牧豚を見付け出した。一般の豚よりも1ヶ月も肥育期間が長いのでコストはかかっているが、大自然を自由に駆け巡っているので赤身と脂肪のバランスがよく、柔らかくておいしい。これまで生ハムは作っていなかったが、あまりに素晴らしい豚なので、頼んでセララバアドのために作ってもらっている」と述べます。

まずお客さまに満足していただきたい

「セララバアド」エントランス
「セララバアド」エントランス

代々木上原という場所に店をオープンしたことに関しては「タパス モラキュラー バーで働いていた時のスタッフを通して、物件のオーナーを紹介してもらった」として、決定に至った理由を問うと「前庭があり、桜が見えて、景色もよい。都内にありながらも、自然を表現できる数少ない場所。実現したい世界を表現するにはここしかないと思った」と丁寧に話します。

これから先に関しては「まずは、しっかりお客さまに満足していただくことに全力を尽くしたい。ミシュランガイドで星を獲得した経験もあるが、高級店を贔屓にされるお客さまはもちろん、一般のお客さまにもっと来ていただきたいので、値段はとてもリーズナブルに設定している。使える食材は限られてしまうが、そこはアイデアや調理方法などでカバーして質の高いモダンガストロノミーをご提供したい」と熱い想いを吐露します。

完成された物語へ

口の中で弾ける「パチパチチョコ」
口の中で弾ける「パチパチチョコ」

セララバアドという店名について由来を訊くと、橋本氏は「子供の頃、宮沢賢治の『学者アラムハラドの見た着物』という童話をとても気に入っていた。主人公アラムハラドが好きだった子供の名前がセララバアド」と意外な方面から答え、さらにその理由を問うと「誠実さが感じられる話だった。この童話と同じように、お客さまに満足いただけるよう、誠実に料理を追求していきたい」と力強く話します。

アラムハラドが「人が何としてもそうしないでいられないことは一体どういう事だろう。考えてごらん」と子供たちに尋ねると、セララバアドは「人はほんとうのいいことが何だかを考えないでいられないと思います」と答え、それに対してアラムハラドは「人はまことを求める。真理を求める。ほんとうの道を求めるのだ」と返したくだりは、確かに真っ直ぐすぎるくらい誠実です。

この童話は未完であることでも知られていますが、モダンガストロノミーは21世紀になって本格的に花開いた新しい美食であることを考えると、同じように未完であると言ってもよいでしょう。しかし、セララバアドが登場する「学者アラムハラドの見た着物」はいつになっても完成することのない物語ですが、橋本氏が目指す新しい形のカジュアルなモダンガストロノミー「セララバアド」はその誠実さをもってすればきっと完成する物語なのではないでしょうか。

情報

詳しくは公式サイトをご確認ください。

参考

レストラン図鑑ではセララバアド分子ガストロノミーについて紹介していますので、ご参考にどうぞ。