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赤字ローカル線問題 JRの経営開示に戸惑う行政側の盲点について

鳥塚亮えちごトキめき鉄道代表取締役社長。元いすみ鉄道社長。

JR西日本に続き、JR東日本が自社路線の経営情報の開示を行いました。

それによって多くのローカル路線が赤字であることが判明し、その赤字額の大きさは地元民だけでなく、都会に住む皆様方にとっても大きな話題になっています。

ローカル路線の赤字額が発表されたことにより、その金額のみが一人歩きをはじめ、赤字の内容についての議論が全く行われていません。

赤字というのは入ってきた収入と、その収入を得るためにかかった費用の差を比べたときに、収入よりも費用が多くかかる場合が赤字となるのですが、JRが発表した路線ごとの数字を見ると、全国各地で奮闘する第3セクター鉄道などの経営内容に比べて「もっと収入を伸ばす余地がある」のと、「費用が路線規模に比べてけた違いに多い」ことが筆者の目で見るとはっきりとわかります。

入ってくるお金を増やすことと出ていくお金を減らすことが経営の基本ですが、JRのローカル路線の数字を見ると、そういうことが全く議論されないまま、いきなり全国的な存廃議論に進んでいくことに関して、あまりにも危険な状況を感じたために、前回、ニュースにてご提案させていただきました。

閲覧注意が必要な JRが開示するローカル線経営情報 について

▲8月1日のYAHOOニュース

さて、ではどうしてJRの発表した路線別経営状況について、その内容に関しての議論が進まないのかを考えてみると、沿線自治体の皆様方が鉄道経営に関する知識やノウハウがなく、実情をご存じないことがその理由として考えられます。では、どうしてJR沿線の皆様方は鉄道経営に関して知識やノウハウがないのでしょうか。

国鉄改革とJR化の経緯

皆様ご存じのように、JRという会社は大きな赤字を抱えた旧国鉄が解体されて分割民営化された企業です。1987年、国鉄の消滅と同時に誕生した会社ですが、その国鉄民営化にあたって、JRに引き継がれる路線と引き継がれない路線という線引きがありました。

話は今から54年前の1968年にさかのぼりますが、国鉄諮問委員会が「使命を終えた83線区(2600km)」について、鉄道を廃止してバス転換すべきという答申を国会に提出しました。これがいわゆる国鉄の赤字ローカル線問題の原点と言われています。

1968年の国鉄諮問委員会の答申で「廃止反対運動」が始まった国鉄木原線沿線(現いすみ鉄道)  筆者所蔵
1968年の国鉄諮問委員会の答申で「廃止反対運動」が始まった国鉄木原線沿線(現いすみ鉄道)  筆者所蔵

その後、経済成長が続いたため、しばらくこの問題は棚上げされていましたが、1980年10月に「国鉄再建法」という法律ができ、輸送人員等によって全国の国鉄路線を幹線、地方交通線に分類し、1日4000人未満の路線は原則としてバス転換するという方針が決定しました。

民営化するにあたって、赤字路線は新会社に引き継ぐべきでないという判断のもと、全国80以上の路線が廃止されることになりましたが、そのうちの38路線が地元出資の第3セクター鉄道として存続することが決まりました。

ここが運命の分かれ道で、当時の基準であった1日4000人未満という乗客数をクリアし、幸運にもJR路線として引き継がれることになった路線の多くが、今回の経営情報開示で赤字路線として、今後経営を継続していくことが難しいとされているのです。

35年前にJR路線として存続することができた幸運という「不幸」

当時、日本全国の国鉄ローカル路線で廃止反対運動が行われましたが、国が定めた基準である1日4000人という乗客数をクリアし、廃止対象路線に指定されず幸運にもJR路線として継承された路線は、沿線の人たちには大きな安堵感をもたらしました。

この安堵感が結果から見て、それ以降、地元の皆様方の地元の鉄道に関する無関心の始まりで、今振り返ってみると幸運にもJR路線として存続を勝ち得たローカル路線の沿線では、自分たちの鉄道に対するいわゆるマイレール意識を醸成することができなかったところが多く、「鉄道は他人事」というような無関心さが広がっていきました。地元の自治体の方々や首長さんたちも「JRが運営するのは当たり前だ」として、行政としては鉄道の運営にかかわることをせず、JR任せの30年が経過して、その結果として今回JR側から「もうあなたの地域の路線は維持できません。」と言われて驚いているのです。

昭和63年 国鉄木原線のさよなら列車。この後木原線はいすみ鉄道として開業し、今日まで地域鉄道としてその使命を果たしています。  写真は筆者所蔵。
昭和63年 国鉄木原線のさよなら列車。この後木原線はいすみ鉄道として開業し、今日まで地域鉄道としてその使命を果たしています。  写真は筆者所蔵。

これに対し、廃止対象路線に指定された路線の中で「自分たちの鉄道は自分たちで守る」として地域が立ち上がったのが第3セクター鉄道であり、そのため「マイレール意識」が高く、以降30年以上にわたって地域の行政が鉄道の運営に携わって来ていますから、例えば単線非電化のローカル鉄道であれば、年間どのぐらいの維持管理費用が掛かるかなども、地元の市役所の担当部署の人間であれば誰でも知っているのが現状です。

このように、35年前の国鉄民営化、JR誕生でJR線として残れた「幸運」が、自分たちの鉄道に対する意識の低下を招いたことはある意味事実であり、その結果として今回のJRからの情報開示を受けても、沿線自治体ではその数字の持つ意味を分析することすらできないという「不幸」に見舞われているのです。

なぜ、自治体は自分たちの路線に無関心になったのか。そこには盲点が。

ありがたいことに35年間JR路線として維持されてきた地元の鉄道に対して、地元自治体をはじめ地域の皆様方はどうして無関心であり、積極的にかかわってくることがなかったのか。これはおそらく全国的に見られる傾向ですが、では、なぜ、全国のJRのローカル鉄道沿線の皆様方が自分たちの鉄道に積極的にかかわることをせず、無関心で来たのでしょうか、それには大きく分けて2つの理由があります。

まず1つは国鉄が民営化される際に国が国民と交わしたお約束があります。

そのお約束を持ってJRという会社が誕生したのですが、そのお約束というのは一言で言うと「今後も全国津々浦々のローカル線を含めて、きちんと列車を走らせます。」ということです。

国鉄イコール国ですから、民営化するにあたって国民は「利益優先でローカル線は廃止されるのではないか。」という不安があり、「国がちゃんとやっていくべきだ。」ということで全国的な民営化反対議論が起きました。

これに対して国は「御心配いりません。民間会社になっても田舎のローカル線まできちんと運営していきます。」と国民に対してお約束をしたのです。

では、どうやって田舎のローカル線まできちんと運営していくのか。

そこで国は、本州の3つの会社(東、西、東海)に関しては誰がやっても儲かる新幹線を持たせました。当時はまだ九州新幹線はありませんでしたが、新幹線というのは運賃の他に高額な特急料金を払っていただける「おいしい路線」であり、大きな収入が確保できます。その新幹線を国が建設して、使用料を払うだけでJRが使えるのですから長期負債は発生しません。このような仕組みで本州3社には新幹線を持たせました。

さらに広大な国鉄の構内敷地や駅構内での営業の権利を持たせたのです。

例えば最近では高輪ゲートウエイや新橋汐留地区、大阪駅の再開発などで、大きな利益が舞い込んできたり、あるいはエキナカなど鉄道利用者の懐を相手にする商売をほぼ独占的に行うことで、そこから上がる膨大な利益があれば、田舎のローカル線の赤字を補填しても十分にやっていかれる設計図を国が作り、新会社発足となったのです。

本州3社以外の北海道、四国、九州については大きな利益をもたらす仕組みを作ることが困難でしたので、基金という形で莫大なお金を持たせ、そこから上がる運用益で赤字を補填するスタイルで新会社に引き継がせました。

このような形で国鉄を引き継いだ新会社がJRとして誕生した経緯を当時の国民は誰でも知っていますから、田舎の行政の人だって、市長さんや町長さん、あるいは県知事さん方も「これで安心だ。」と安堵して、そのまま30数年が経過しているというのが現状であり、地域が鉄道の内情を見ることができない大きな盲点なのです。

もう1つ、地域が無関心で来た理由はJRという会社が地域と極力口をきかない会社になってしまったことです。

国鉄時代には各駅に駅長さんと呼ばれる方々がいて、地域住民との会合などにも当たり前のように参加していました。ところがJRになると小さな駅が統合されて駅長さんがいなくなり、駅長さんは大きな駅にしか配置されなくなりました。そして、「やたら地域住民と接すると要望ばかり拾ってくる。」ということで、地域住民との接点を持たない経営スタイルに変わっていきました。

また、自社敷地内での営業権をJRは強く主張するようになりましたので、例えば田舎の駅前の商店街の人たちが駅でお弁当を売りたいというような話をしても、「そういうことは本社へ言ってくれ。」という態度で取り付く島もない。今まで駅構内でいろいろな商売をしていた方々がJR側から締め出されるなどという事例もたくさん発生し、地域住民の心がJRから離れて行ってしまう状況が長年続いてきたのです。

喫煙者の皆様、国鉄の借金を返してくれてありがとう

このように国鉄が民営化された際に国が国民と交わしたお約束というのが、35年という時間が経過して当時のことを知らない国民が増えてきたのですが、ここへきてJRは「自分たちは民間の株式会社であるから、株主の利益を最優先に考える。儲かるところだけをやって、儲からないところはやめていく。」というような雰囲気が出てきています。そこへもってきてコロナで2期ほど赤字になりましたから、「各路線別の収支」を発表して、「さあ、皆さん、どうしますか?」と地域に問いかけを始めました。

筆者としては「それは少々お話が違うのではないでしょうか。」と考えてこの記事を書いているのですが、国鉄から新会社になるときに新幹線やエキナカの権利などを持たせてもらったのは前述の通りですが、今から40年前に数兆円という累積赤字に苦しんでいた国鉄のその債務は、ほとんどが棒引きにされて新会社へは引き継がれませんでした。

つまりJRは国鉄の借金をチャラにしてもらって、新幹線やエキナカをもらって、誰がやってもうまく行く状態で発足した会社なのです。

では、その国鉄の借金はどうしたかと言うと、国鉄清算事業団という組織に引き継がれて、JR化後35年が経過した今日でも、国民の皆様方がたばこ税という形で返済しているのです。

筆者は喫煙者ではありませんが、喫煙者の皆様方がタバコに火を点けるたびに国鉄の借金を返済している姿を見るにつけ、その借金を棒引きにしてもらって誕生した会社が、「儲かることだけをやって、儲からないことはやりません。」と平然と口に出して言うようになってきたことに関しては、「本当にそれで良いのでしょうか。」と国民の皆様方がもっとしっかりと考えるべきだと思いますし、その考える判断基準になる細かな数字に関しては、もっと開示を求めても良いのではないかと考えているのです。

(つづく)

※使用写真は筆者撮影、または筆者所蔵のものです。

えちごトキめき鉄道代表取締役社長。元いすみ鉄道社長。

1960年生まれ東京都出身。元ブリティッシュエアウエイズ旅客運航部長。2009年に公募で千葉県のいすみ鉄道代表取締役社長に就任。ムーミン列車、昭和の国鉄形ディーゼルカー、訓練費用自己負担による自社養成乗務員運転士の募集、レストラン列車などをプロデュースし、いすみ鉄道を一躍全国区にし、地方創生に貢献。2019年9月、新潟県の第3セクターえちごトキめき鉄道社長に就任。NPO法人「おいしいローカル線をつくる会」顧問。地元の鉄道を上手に使って観光客を呼び込むなど、地域の皆様方とともに地域全体が浮上する取り組みを進めています。

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