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閲覧注意が必要な JRが開示するローカル線経営情報 について

鳥塚亮えちごトキめき鉄道代表取締役社長。元いすみ鉄道社長。
JR久留里線で使用されているキハE130形ディーゼルカー (撮影 吉田智和 氏)

JR西日本に続き今度はJR東日本から7月28日付で「ご利用が少ない路線の経営情報開示」が出されました。(最下段のリンクからご覧ください。)

日本人には鉄道がとても身近な存在で、特にローカル線ともなると旅の象徴としてとらえられていますから皆さん関心を持たれていて、JR西日本の場合もそうですが、こういう情報を出されるとどうしても「赤字額」の大きさにばかり気を取られてしまう傾向があります。

特にJR各社に関しては、巨額の赤字を抱えた旧国鉄が立ちいかなくなった線路を民営化の活力を利用して立て直した会社として評価されていますし、「民間会社なのだから赤字は悪だ」と考える方も多くいらっしゃるのではないでしょうか。

では、その赤字とは一体何なのか。

本来は赤字の内訳や経営改善の余地などを議論することが必要だと筆者は考えますが、こういう数字を出されてしまうと数字のみが一人歩きしてしまい、なぜこの数字なのかという内容に関する話がJR西日本の経営数値発表以降今日に至るまであまり行われていません。

「この赤字をどうするんだ。」という議論ばかりが目立つように筆者は感じていますが、そこへもってきて今回のJR東日本の経営数値の発表はさらなる数字の一人歩きを招きかねません。長年ローカル鉄道の経営に携わる筆者としては、ここで一度その赤字の内容を分析する必要があると考えて記事にしてみました。

赤字とは一体何なのか

皆さんすぐにおわかりいただけると思いますが、赤字というのは入ってきた収入とその収入を得るためにかかった費用を比べたときに、収入よりも費用の方が大きい場合に「赤字」となります。

前回のJR西日本の経営状況の開示の時もそうでしたし、今回の東日本の開示もそうですが、この赤字の額というのが2009年からかれこれ13年にわたり2つの鉄道会社のトップを務めさせていただいている筆者から見ると大きな違和感を覚えます。

筆者が担当するような過疎地を走るローカル鉄道には経営上求められる大きな2つの柱があります。

1つは収入を増やすこと。もう1つはコストを減らすこと。

これを同時に継続的に行うことがすなわち経営改善ですが、今回のJRの数字を見ているとどうもその2つの柱の実践を感じることができません。

例えば、7月28日付のJR東日本ニュースにある千葉県の久留里(くるり)線(木更津-上総亀山)の2019年の数値を見てみましょう。

JR東日本ユースから抜粋。筆者加工あり。
JR東日本ユースから抜粋。筆者加工あり。

久留里線は内房線の木更津から分岐する32.2kmの非電化単線の路線でディーゼルカーが走っています。

この表では木更津―久留里間と久留里―上総亀山間に分かれて発表されていますが、赤枠で囲った部分は左から営業距離、運輸収入、営業費用、収支(金額の単位は百万円)となっていて、2つの区間を合計すると全区間の運輸収入は8900万円。営業費用は13億9900万円。収支としては年間13億900万円の赤字となっています。

千葉県に住む筆者の友人たちの中にも発表された数字を見て「久留里線ってこんなに赤字なんだ。」と驚いている人たちが何人も居ますが、筆者は「ちょっと待ってください。この資料は【閲覧注意】ですよ。」と話をしています。

なぜ【閲覧注意】なのかというと、いったい、ローカル鉄道というのがどのぐらいの売上とどのぐらいの費用が掛かるのかという知識が受け手側になく、にもかかわらず送り手側はその詳細を示していないからです。

いすみ鉄道の収支を紐解いてみると

筆者が2009年~2018年までの9年間担当していた同じ千葉県の房総半島を走るいすみ鉄道は旧国鉄木原線を地元が引き継いだ第3セクター鉄道で、路線長は26.8km。非電化単線をディーゼルカーが走るJR久留里線と同じような路線です。

いすみ鉄道の2018年度の決算書

筆者はいすみ鉄道の株主になっていますので今でも毎年会社から経営状況の報告がありますが、いすみ鉄道の2018年度の決算書を見てみましょう。

営業収益(旅客運輸収入と運輸雑入の合計)は約9000万円。これに対して営業費用(運送費、管理費、税、減価償却費の合計)は約2億6800万円。赤字額は約1億7900万円となっています。

同じ千葉県の房総半島を走る同じ非電化単線の路線で多少の路線長の違いはあるとはいえ、JRでは13億900万円の赤字であるのに対して、いすみ鉄道は1億7900万円の赤字と7倍以上もJRの赤字額が大きいのには大変驚きます。ましていすみ鉄道沿線のいすみ市の人口は3万7千人。これに対して久留里線沿線の木更津市の人口は13万5千人です。ローカル鉄道の利用者の主役である高校生の数は基本的には人口に比例することを考えると、久留里線はまだまだ伸びる余地があり、JRがこういう数字を発表するということは、筆者の目から見ると自分たちの営業努力が足りていませんと言っているように見えるのです。

鉄道会社の営業収入とは何か

営業収入というのは大きく2つに分けられます。

いすみ鉄道の決算書にも書かれているように、旅客運輸収入と運輸雑収です。

旅客運輸収入というのはお客様にお支払いいただく運賃の収入ですが、運輸雑入は何かというと、旅行者が記念に購入する入場券や、最近では鉄印などの乗車券以外の収入にはじまり、駅構内の広告収入や観光列車が走る路線ではその観光列車の収入であったり、あるいは物販やイベントなど地域外に稼ぎに行って得られる売上などであり、筆者のえちごトキめき鉄道では観光列車「雪月花」や「国鉄形観光急行」、「直江津D51レールパーク」の売り上げなどがこの運輸雑入に繰り入れられますから、えちごトキめき鉄道の運輸雑入は雑入とは言え旅客運輸収入に匹敵するぐらいの大きな数字になっています。

JRの発表した今回の数字には運輸収入とのみ記載されていてその内訳が書かれていませんから、旅客運輸収入の他に運輸雑入がいくらあるのかがわかりません。また、その旅客運輸収入に関しても始発駅の木更津駅で購入した乗車券が内房線と久留里線にどう振り分けられているのか、あるいは青春18きっぷなどの沿線以外で販売されている企画乗車券の収入がどうカウントされているのかがわかりません。

いすみ鉄道の旅客運輸収入が9千万円であるのに対し、久留里線は8900万円というのは、どう考えても理解に苦しみますし、例えば運輸雑入などがどうなっているのか。車内や駅構内の広告収入などは本来は運輸雑入に計上されますが、JRの場合は関連の別会社がほぼ独占する形で広告を取り扱っていて、おそらく久留里線の広告収入というのはその関連の別会社に計上されているのではないか。そう考えない限り、年間の運輸収入が8900万円などということはあり得ないと思います。

つまり、本当はもっともっと収入があるにもかかわらず、お金のポケットの仕分けの仕方が独特で、路線の収入にはカウントされていない可能性が大きいと考えられます。

鉄道会社の営業費用とは何か

では収入に対して費用を考えてみましょう。

いすみ鉄道の決算書にある通り、費用は運送費、一般管理費、諸税、減価償却費と大きく4つに分けられます。

運送費はディーゼルカーの燃料費から始まって、乗務員の人件費、車両や線路の保守工事費用やその人件費などです。

一般管理費は駅構内の維持管理、光熱費など列車の運行本数に比例しない固定費の多くがここに入ります。

諸税の多くは運賃にかかる消費税です。

減価償却費は設備投資をした額を償却期間を定めて毎年費用として計上していくものです。

JR久留里線が全線通して約14億円の営業費用が掛かっているのに対して、いすみ鉄道は約2億6800万円ですからJR久留里線は5倍以上の費用が掛かっていることがわかりますが、その内訳が示されていませんので同じような単線非電化の路線でなぜそんなに大きな違いがあるのか理解することができません。ディーゼルカーの燃料代や駅の光熱費などの単価は基本的には同じですから、例えばローカル鉄道で大きなウエイトを占める人件費や減価償却費に大きな違いがあるのではと考えられます。

ローカル線に行けば行くほど最新型の車両が走っている事実

JRのローカル線を旅していると、田舎へ行けば行くほど新型の車両が走っていることに気が付きます。

以前の国鉄時代には田舎には古い車両が集まっていて、例えばSLなどは最終期には北海道と九州のローカル線に集結していましたが、昨今は田舎へ行けば行くほど新型車両が走っています。

JR化後35年が経過し、国鉄時代の車両が退役時期を迎えていることや、都会の電車を田舎の非電化路線に持って行って使用することができないなど汎用性が低くなっていることがローカル線に最新型が走っている大きな理由になりますが、今回発表があったJR東日本の多くの赤字路線でも新型の車両が走っています。

廃止が取りざたされている函館本線を走るJR北海道の最新型車両。路線の収支に大きく影響していると考えられる。
廃止が取りざたされている函館本線を走るJR北海道の最新型車両。路線の収支に大きく影響していると考えられる。

久留里線でもしばらく前から新型車両に置き換えられて現在はキハE130形というディーゼルカーが走っていますが、例えばこの車両の建造費が1両2億円だったとして、単純に20年の定額法で減価償却すると考えると1年に1000万円が減価償却金額ですから、10両配置されていれば年間1億円が費用として計上されます。

つまり、その費用がそのまま赤字額を押し上げている計算になります。

これに対して第3セクター鉄道ではなかなか新型車両を導入することが困難な状況にありますからどうしても古い車両を使って稼いでいかなければなりません。

そうなると当然ですが減価償却の金額は少額になりますから、経営改善に直接的につながります。

発表数字には費用の内訳が示されていませんので想像の域を出ませんが、JRが全国一律にローカル路線に新型車両を導入して、サービス向上に努めているとされている反面、赤字額を押し上げていることはおそらく事実で、その減価償却費を繰り入れた費用を提示して「これだけ赤字なんです。」ということはちょっと筋が通らないのではないでしょうか。

えちごトキめき鉄道で走る昨年JRから払い下げられた昭和40年製の国鉄形車両。現在観光急行列車として収益の一つの柱となっている。
えちごトキめき鉄道で走る昨年JRから払い下げられた昭和40年製の国鉄形車両。現在観光急行列車として収益の一つの柱となっている。

また、一般論ですが人件費も第3セクターや中小私鉄に比べてJRは高く、一人当たりの労働生産性も低いと言われています。

つまりどういうことかというと、福利厚生費を含めると私鉄や3セクの社員の倍近い人件費の人たちが、本当なら5人でできる仕事を8人でやっているような状況が考えられるのですが、JRから発表される数字にはその辺りの内訳が記されていませんので、経営努力の進捗状況が全く分からないままなのです。

ということで、日本人は長年にわたって「赤字は悪だ」と信じてきている割には、その赤字の内訳に関しての分析力に乏しく、大きな会社が出す数字をそのまま鵜吞みにしてしまいがちで、JR西に続いてJR東も同じような数値を発表したことで、その数字のみが一人歩きしてしまう可能性がとても大きいと昨今のマスコミ報道などから感じます。こういう数字にはその数字を構成する要因があって、その要因を一つ一つ分析していかない限り、そのまま信じることは大変な危険性が含まれているということで、今回のJRの発表資料は【閲覧注意】なのであります。

本日は久留里線のみを取り上げてみましたが、ここに発表された路線の数字にはすべてこのような分析が求められているのですが、マスコミ各社をはじめ沿線自治体の皆様方などの誰もがそれを行う術を持っていないというのがこの問題の根幹にある恐ろしい部分です。

この件に関しては今後も引き続き筆者の見解を示していきたいと考えております。

7月28日付 JR東日本ニュース

※掲載写真は特にお断りのない限り筆者が撮影したものです。

えちごトキめき鉄道代表取締役社長。元いすみ鉄道社長。

1960年生まれ東京都出身。元ブリティッシュエアウエイズ旅客運航部長。2009年に公募で千葉県のいすみ鉄道代表取締役社長に就任。ムーミン列車、昭和の国鉄形ディーゼルカー、訓練費用自己負担による自社養成乗務員運転士の募集、レストラン列車などをプロデュースし、いすみ鉄道を一躍全国区にし、地方創生に貢献。2019年9月、新潟県の第3セクターえちごトキめき鉄道社長に就任。NPO法人「おいしいローカル線をつくる会」顧問。地元の鉄道を上手に使って観光客を呼び込むなど、地域の皆様方とともに地域全体が浮上する取り組みを進めています。

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