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藤井聡太棋聖が初防衛を決めた一局は、「打ち歩詰め」と「王手の千日手」が同時に生じる奇跡の終盤戦だった

遠山雄亮将棋プロ棋士 六段
初防衛と九段昇段を決めた藤井聡太二冠。写真はニコニコ超会議2019出演のもの(写真:森田直樹/アフロ)

 3日、第92期ヒューリック杯棋聖戦五番勝負第3局が行われ、藤井聡太棋聖(18)が渡辺明名人(37)に勝って通算3勝0敗とし、初防衛を決めた。

 藤井棋聖は同時に九段昇段も決めている。

 急戦矢倉ではじまった一局は、互角の中盤戦から激戦の終盤戦に突入し、双方秒読みの中で藤井棋聖がチャンスをとらえて勝ちをつかんだ。

令和の名局

 令和は名局の定義が変わりつつある。

 正確にはAIが発達して、観戦のツールとして定着してからか。

 際どい終盤戦が名局の定義なのは今も昔も変わりない。

 ただ、昔と違って現代ではAIの勝率が常に表示されている。

 一見際どいように見えて、AIの判定では際どくない終盤戦だと観ている側はあまり興奮しなくなっている。

 観ていて面白いのは、AIの判定が揺れてどちらが勝つか分からない展開だ。

 そしてある場面で勝ちを導くための極端に難しい手が指されるのかどうか。それを見守るのが最も面白い。実際に対局者が指した時の興奮度合いは、あの「▲4一銀」を思い出していただければお分かりになるだろう。

 本局は令和時代の名局の定義にあてはまるものだ。

 AIの判定は時折揺れて、形勢の揺れを表していた。そして渡辺名人が逃した一手、藤井棋聖が指した一手はいずれも極端に難易度が高く、調べれば調べるほど奥の深い名局だった。

渡辺名人の逸機

 

 終盤戦、渡辺名人が角で金を取った場面。ここでAIは銀を捨てる手を推奨していた。しかしそれは極端に指しにくい手だ。

1.相手玉の詰みの有無

2.金を取った後の優劣

 この2つを判断し、2を不利と判定した上で銀を捨てる手を見つけ出して、

3.銀を渡しても自玉が大丈夫か

 その判定も必要となる。

 渡辺名人は、1は不詰みと判定を出せた(詳細は後述)が、2が不利と判定が出来なかったため、角で金を取って負け筋に転落した。

 3の判定もきわめて難しい。

 銀を渡すと最終的に「王手の千日手(王手をかける側が回避する必要がある)」を利用することでギリギリ勝ちの筋に入るのだが、それを全て読み切らないといけないのだ。

 この時点で渡辺名人は秒読みに入っていた。

 金を取る手が盤上で最も自然な手であるため、1分以内で銀を捨てる手を導き出すのは渡辺名人といえども困難だった。

藤井棋聖の至芸

 その直前、藤井棋聖がタダで取れる金を取らずに攻めに出た場面がある。

 AIも示していたし、実際に藤井棋聖が指したので当然のように感じてしまうが、この判断は至芸と呼ぶに相応しいものだった。

 まず、

1.金を取った後の優劣

2.正しい攻め方

 この2つを正確に見極めなければいけない。

 その上で、

 

3.銀を渡しても自玉が大丈夫か

 この判定が極端に難しい。

 実際、自玉は詰まないのだが、それは19手後に「打ち歩詰め」で詰まないというものなのだ。しかも途中で移動合いや限定合いといった、詰将棋でしかお見かけしないような手筋を含む超難解な手順だ。

 この不詰めは両者共に一致した見解(上記の渡辺名人の1)で、感想戦でも盤上に示されていた。

 これを秒読みの中で読み切れるだけで、筆者としては感嘆せざるを得ない。

 そもそもこの場面では1の判断も相当に難しい。

 筆者が指していたら、2まで思考がたどり着かずに金を取るという自然な手を指して負けるだろう。いや、プロであっても2までたどり着ける人はそう多くないはずだ。

 それでいて3の手順、自玉の詰む詰まないも超難解である。

 それらを全て読み切って正しい選択をくだした藤井棋聖に対する賛辞をどう述べていいか、言葉が思いつかない。

 この判断は、秒読みということも加味すると、「▲4一銀」と同じかそれ以上の難易度だったと筆者は考える。

渡辺名人の巻き返しと藤井棋聖の今後

記事中の画像作成:筆者
記事中の画像作成:筆者

 本局の終盤戦は、一つの場面に「王手の千日手」と「打ち歩詰め」が変化に潜む奇跡的なものであった。

 そういう場面が現れるのは、そこまでに均衡した戦いが続いた証であり、双方が全力を尽くした時に将棋の神様が気まぐれで生じさせるようなものでもある。

 渡辺名人の終盤の飛車切りからの踏み込みには本局にかける気持ちが表れていた。その気持ちに押されたか、一度は藤井棋聖も対応を誤った。

 ちなみにその場面について感想戦で盤外から指摘を受けた際、藤井棋聖はそんないい手があるのかという喜びにも似た表情を見せていた。

 渡辺名人が最後に選択を誤った場面は超難解で正解を導き出すのは相当に困難だった。勝ち運がなかったと言ってもいいだろう。

 しかしそこを乗り越えないと藤井棋聖を倒せないとしたら、一体どうすればいいというのだ。いまの渡辺名人はそんな気持ちではないかと推察する。

 それでも渡辺名人は巻き返してくるに違いない。序盤は互いの研究がぶつかりあったが、渡辺名人のほうがより深い研究を見せて主導権を握っていた。

 3連敗に終わったとはいえ、渡辺名人の気迫を感じるシリーズでもあった。

 最年少での初防衛&九段昇段を果たした藤井棋聖だが、戦いはまだまだ続く。

 6日にはA級昇級を目指す順位戦B級1組久保利明九段(45)戦。

 10日には竜王戦決勝トーナメントで山崎隆之八段(40)と対戦する。

 13・14日にはお~いお茶杯王位戦第2局が行われる。

 藤井棋聖の前に立ちはだかり続ける豊島将之竜王(31)との「夏の十二番勝負」はまだ始まったばかりだ。

 本局のような熱い戦いを今後も期待したい。

将棋プロ棋士 六段

1979年東京都生まれ。将棋のプロ棋士。棋士会副会長。2005年、四段(プロ入り)。2018年、六段。2021年竜王戦で2組に昇級するなど、現役のプロ棋士として活躍。普及にも熱心で、ABEMAでのわかりやすい解説も好評だ。2022年9月に初段を目指す級位者向けの上達書「イチから学ぶ将棋のロジック」を上梓。他にも「ゼロからはじめる 大人のための将棋入門」「将棋・ひと目の歩の手筋」「将棋・ひと目の詰み」など著書多数。文春オンラインでも「将棋棋士・遠山雄亮の眼」連載中。2019年3月まで『モバイル編集長』として、将棋連盟のアプリ・AI・Web・ITの運営にも携わっていた。

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