なぜ豊島名人や藤井七段は角換わりをエースとしているのか?そして角換わりの現状は?

(写真:つのだよしお/アフロ)

 いま角換わり戦法(以下角換わりと略)をメインに据えているトップ棋士が多い。

 豊島将之名人(29)は今春の名人戦で、角換わりで先手2勝+後手1勝をあげ、名人獲得の原動力となった。

 広瀬章人竜王(32)は昨年の竜王戦で羽生善治竜王(当時)(48)に角換わりで3勝をあげ、竜王獲得の原動力となった。

 渡辺明三冠(35)は昨年から今年にかけて先手番で角換わりを採用したときに9割近い勝率をあげ、復活の原動力となった。

 このように角換わりはトップ棋士ほど採用率が高く、また勝率も高い。王座戦でタイトルを争う斎藤慎太郎王座(26)と永瀬拓矢叡王(27)も角換わりを得意としており、第1局では角換わりで千日手になった。

 いまの将棋界は、角換わりを制するものは棋界を制すると言っても大げさではない。

プロ間における戦法選択の現状

 相居飛車の戦いは、大きくわけて4つの戦法選択がある。

  • 角換わり
  • 矢倉戦法
  • 相掛かり戦法
  • 横歩取り戦法

 このうち後手番が誘導できるのは横歩取り戦法のみである。後手が横歩取り戦法を選択しない場合は先手に選択肢が委ねられる。

 先手の選択について、プロ公式戦における今期(将棋界は4月~翌年3月末が区切り)の採用率をみると、角換わりが一番多く、次に相掛かり戦法で、矢倉戦法の採用率が最も低い。

 ただしその差は小さく、各棋士が自分の最も得意とする戦法、もしくはその段階で最も有力とみている戦法を選択している。

 一昔前は角換わりにおいて先手番の勝率が高く内容でも押していて、後手が角換わりを避けるために横歩取り戦法を採用していた時期もあった。

 しかし現状、横歩取り戦法を選択する棋士は大きく減っており、先手に選択肢を委ねるケースが多い。先手に選択肢を委ねても戦える自信があるともいえるし、横歩取り戦法が苦戦しているのでやむを得ないともいえる。

角換わりの現状

 ではその角換わりの現状はどうなのか。

 プロ棋士の筆者も角換わりを指すことが多いため、データとその実感を合わせて解説する。

 結論から言うと、研究においても勝率においても先手にも後手にも大きく傾いていない。

 角換わりにおける重要局面をみてみよう。

筆者作成
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 先後でほぼ同形だが、一手早いので先手だけ▲6六歩と突いている。これが角換わりにおいていま一番多く指され、研究課題となっている局面だ。

 竜王戦の挑戦者を決める戦いや王位戦七番勝負など多くの注目対局で指されている。

 そしていま後手の対策として流行しているのが、△5二玉▲7九玉△4二玉と手損する指し方だ。

筆者作成
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 第1図と比べて、先手玉が囲いに近づいたうえに手番を握っている。いままでの常識ではありえない手法だが、後手の対策として流行しているのだ。

 豊島名人や永瀬叡王、近々では佐藤天彦九段(31)や藤井聡太七段(17)もこの手法を採っている。

 ここで先手が▲4五桂と跳ねれば攻勢に、▲8八玉と入城すれば△6五歩で守勢にまわる。

 その選択はどちらが勝るのか、もしくは第3の手があるのか、研究が進められている。

 さらに後手には第1図で△5二玉~△4二玉以外の選択肢も多くある。

 先手はその全てに対応する必要があり、生半可な研究では角換わりを指せないのがプロの現状だ。

それでも研究しやすい角換わり

 先手に選択肢のある3つの戦法について現状を詳しく解説する

 矢倉戦法は、一昔前には「相矢倉91手定跡」と呼ばれる定跡が生まれるほど研究が進んでいた。

 ところが互いにガッチリと矢倉囲いに組み合う展開が激減し、急戦が増えた。

筆者作成
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 図のように銀が繰り出す展開と桂を跳ねる展開と2パターンあって後手の急戦策の幅が広くなり、定跡が確立されていない。

 さらに相矢倉になっても、左の金を上がって囲いを構築する今までの常識を覆す指し方が出てきた。

筆者作成
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 これだけ分散すれば研究もなかなか進まない。加えて後手に主導権を握られやすいため、先手で積極策をとりたい棋士は選択肢から外している。

 一方で矢倉戦法そのものがダメになったわけでも勝率が悪いわけでもないため、以前から矢倉戦法を好む棋士は変わらず矢倉戦法を選択しているのが現状だ。

 相掛かり戦法は3つのうちで最も幅が広い。そもそも相掛かり戦法は、角換わりや矢倉戦法のように囲いの形などがなにも決まっていない。戦法と呼ぶには形が定まってなさすぎで、選択肢が多くあり、展開によって大きく毛色の違う戦いとなる。

 相掛かり戦法で古来より指されているのは棒銀だ。本日対局中の王位戦第6局も棒銀に進んでいる。かと思えば、

筆者作成
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 第5図のように横歩取りを思わせる空中戦になることもあり、

筆者作成
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 角換わりと見間違えるような格好になったり、

筆者作成
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 振り飛車としか思えないような格好になったりもする。

 すべてを網羅するのは大変で定跡の整備が進んでいない。

 ただ先手のほうに展開を誘導する権利があるため、先手で相掛かりを採用すると自分の好きな展開に持ち込めるという利点もある。

 炎の十番勝負では木村一基九段(46)が相掛かり戦法を連採しているが、どの将棋も毛色の違う展開となっており、木村九段の芸域の広さをうかがわせる。

 3つのうちで最も研究がしやすいのは角換わりだ。先ほど「生半可な研究では」と書いたが、必ず角交換していて囲いも決まっており、最近では飛車や右金の位置まで決まってきて、第1図のようにテーマ図が定まっている。

 それによって他の2つの戦法より幅が狭くなってきているのだ。

 それを研究しやすくて面白いとみるか、創造性に欠けて人間味がないとみるか、人によって違うところであろう。筆者はこれだけのプロ棋士がいて将棋AIを活用して研究しても結論が出ないところに面白みを感じている。

なぜ角換わりがエースなのか

 戦績も内容も互角で後手に選択肢が広い角換わりを、なぜトップ棋士はエースに据えているのだろうか。

 結論から言えば、研究のしやすさに加えて実戦での勝ちやすさに要因がある。

 先手は第1図のようにある程度囲いに入れるのに対し、後手は自玉が囲いの外にいる状態での戦いとなりやすい。

 人間の思考や心理の面で、ある程度経験を積んでいる形のほうが正しい手を選択しやすい。よってある程度互角の形勢で推移しても自玉の守りが薄く見慣れない格好の後手のほうが間違える可能性が高く、先手が勝ちやすいのだ。

 いまの角換わりは複雑で、プロ同士と言えどもどちらかの研究に齟齬があって一方的に終わることも少なくない。

 しかしトップ同士ともなれば研究で決まることは少なく、勝負を決めるのはそういった実戦における勝ちやすさに依ってくるところが大きいのだ。

 さらにそれがエースになるのは、もう一つ理由がある。 

 いまは将棋AIがとても強くなり、うまく使えば研究パートナーとして有用だ。それは角換わりでの研究にも当然当てはまる。むしろいまは将棋AIを使わずに角換わりを深く研究するのは難しいと筆者は考える。角換わりを研究する中で、将棋AIに驚きの手を指摘されたことは一度や二度ではない。以前の記事で紹介した手も将棋AIが示したものだった。

 そして角換わりをエースとしている棋士は、将棋AIによる研究が上手い。豊島名人、藤井七段はまさにその典型である。渡辺三冠もその一人と言えよう。

 将棋AIのエッセンスを上手に加えて研究を深めて、実戦での勝ちやすさを追求した結果、角換わりをエース戦法としているのだ。

 これが角換わりの現状であり、トップ棋士たちのエース戦法になっている理由である。

 ただ、いまのプロの将棋は移り変わりが早く、流れが急に変わることも考えられる。

 幅の広さが好まれたり新手法が誕生して相掛かり戦法や矢倉戦法が激増する可能性も十分にある。

 流行の最先端をいっているのは豊島名人、広瀬竜王、渡辺三冠といったトップ棋士たち、そして藤井七段のような若い棋士である。彼らの将棋を観ることで、おのずとプロの将棋の流れをつかめるだろう。