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サッカー日本代表の公式YouTubeに学ぶ、選手が誹謗中傷にさらされる時代のSNSの使い方

徳力基彦noteプロデューサー/ブロガー
全力でプレーした選手への誹謗中傷は許される行為ではありません(写真:ロイター/アフロ)

サッカー日本代表のカタールW杯は、クロアチアにPK戦の末敗れるという形で幕を閉じました。

目標としていたベスト8には届きませんでしたが、優勝候補のドイツとスペインに勝利してのベスト16という結果に、日本代表の確実な進化を感じたサポーターの方も多かったと思います。

そんな中、サッカー日本代表のもう一つの進化として振り返っておきたいのが、日本代表のSNS活用の進化です。

最も特筆すべきは、ネットメディアはもちろん、テレビのニュースにも何度も取り上げられていた「日本代表 Team Cam」というサッカー日本代表の公式YouTubeにアップされている密着ドキュメンタリーでしょう。

この「日本代表 Team Cam」では、ドイツ戦、コスタリカ戦、スペイン戦、そしてクロアチア戦と、試合の前後の選手達の様子を毎日の様に動画で公開してくれていたのです。

特に上記のドイツ戦の舞台裏の動画は、30分近い長い動画にもかかわらず360万視聴を突破。

W杯の楽しみ方に彩りを添えていました。

実は、この「日本代表 Team Cam」のような密着動画が、日本代表の公式アカウントから公開されるというのは、SNS時代において非常に重要なことだと言えます。

選手個人のSNS活用はロシア大会で大きく進化

そもそも、日本代表チームのSNS活用が大きく前進したのは、前回のロシアW杯のタイミングです。

8年前のブラジル大会においては、大会期間中の選手によるツイッター投稿は0件だったのに対して、ロシア大会では選手にオフィシャル写真が配布されて積極的なツイートが推奨され、W杯期間中の選手の生の声をファンは直接見ることができるようになりました。

参考:サッカー日本代表のツイッター事情がブラジル大会から4年で激変していた

今回のカタールW杯においても、選手のツイッターアカウント保有率自体は上がっており、若い選手にとってSNS活用が普通になっていることはうかがえます。

■W杯日本代表選手によるツイッターアカウント保有率

・ブラジルW杯  23選手中 7人

・ロシアW杯   23選手中 15人

・カタールW杯  26選手中 21人

ただ、実は選手による大会期間中のツイートは、前回大会に比べると今回は明らかに減少しています。

この投稿数減少の背景にあるのは、間違いなく誹謗中傷問題でしょう。

東京五輪から大きく注目されるようになった誹謗中傷問題

大会期間中にも、メディア上で何度も代表選手への誹謗中傷の問題が話題になりましたが、残念ながらクロアチア戦後も、選手のSNSへの誹謗中傷のコメントが多数発生してしまったようです。

参考:サッカー日本代表への誹謗中傷問題は社会問題に 「元々応援する気がない」の指摘も

ツイッターのようなSNSの普及は、選手が直接ファンに声を届け、ファンの声を選手に届けることができる環境を実現しました。

ただその結果、従来であれば選手に届かなかった視聴者の罵倒や誹謗中傷の声も、選手に届く時代になってしまいました。

時に、多くの人たちの誹謗中傷は、選手が個人で受け止めるには大きすぎる波となって個人を襲うことになります。

この問題は、東京オリンピックの頃から大きく注目されるようになり、問題提起がされ続けてきました。

参考:オリンピック選手を悪質な誹謗中傷から守る為に、今から私たちができること

今年6月には侮辱罪の厳罰化がされるなど、日本でも徐々に誹謗中傷対策がされるようになってきていますが、今回のW杯における日本代表選手への誹謗中傷の状況を見る限り、まだ大きな変化はでてきていないのが現状のようです。

ただ、サッカー日本代表チームが、そうしたSNSにおける誹謗中傷問題に対峙する上で、今回重要な示唆となっているのが「日本代表 Team Cam」です。

スタッフしか撮影できない裏側

「日本代表 Team Cam」の最大の特徴は、チャンネルのコンセプトに「ここでしか見られないチームの記録、サッカー日本代表密着ドキュメンタリー」と記載されているように、日本代表に帯同しているスタッフでしか撮影できない日本代表選手やスタッフの素顔を見ることができる点にあります。

冒頭に紹介したドイツ戦の裏側をおさめた動画は「ドイツは俺らに負けるなんて1ミリも思ってないぞ」という、試合開始前のロッカールームで吉田選手がチームにハッパをかけるシーンから始まります。

こうしたロッカールームの姿の動画を、ここまで私たちが細かく観られるのは画期的です。

特に象徴的だったのは、コスタリカ戦のハーフタイムにおいて森保監督が選手にハッパをかけているシーンでしょう。

普段は常におさえた発言をしている印象が強い森保監督が、声を荒げて「相手、死に物狂いで来ているぞ、球際!」と選手に叫ぶように指示を出しているシーンは、多くの人に驚きを持って受け止められました。

参考:「心が、魂が震えた」「全力なのが伝わりました」コスタリカ戦の舞台裏が反響!森保監督、南野、長友が激しい口調で…

森保監督は普段メディアに対しても言葉を選んで発言することが多く、何を考えているか分からないと批判を受けることが多かったのですが、普段見ることができないハーフタイムでの姿を見ることで、監督に対する印象が大きく変わったという方は少なくなかったのではないかと思います。

こうした生々しい裏側の映像は、明らかに森保監督や選手への心ない誹謗中傷を少しは減らす効果があったはずです。

信頼関係のあるスタッフだからこその本音

また、ドキュメンタリーの中で頻繁に出てくる選手への自然体でのインタビューも非常に印象的です。

もちろん、私たちはこれまでも日本代表選手のプレイや試合前後のインタビューなどをテレビや新聞、雑誌の記事経由で見ることはできました。

ただ、マスメディアによる報道はどうしても放送時間枠や紙面の都合により、ごく一部だけしか取り上げられません。またメディアを通じたコメントということで、監督や選手のコメントも、どうしても少しかざった言葉になりがちです。

それが「日本代表 Team Cam」では、長くチームに帯同しているスタッフだからこそのインタビューで、選手の自然体のコメントが比較的長めに撮影されているのがポイントでしょう。

上記のスペイン戦の舞台裏の動画は、長友選手がブラボーを連呼して盛り上げ役になっているのが非常に印象的なのですが、一方で試合前の選手のインタビューも必見です。

例えば、板倉選手がW杯への想いを語った後に「チーム全員誰も負ける気はさらさらない」とはっきり語っているのは象徴的でしたし、スペイン戦で「三笘の1ミリ」をなしとげた三笘選手が東京オリンピックの時からのスペイン戦への思いを語るくだりからは、あのシーンが必然であったことを考えさせられます。

また、コスタリカ戦の敗戦のあとに、長友選手が自分は「そんなに強い人間じゃないからこそ、ネガティブなことからポジティブに変換する捉え方しかないことに至った」という話を語るくだりも圧巻です。

こうした選手の素顔や本音の発言に触れることで、一部の悪いプレーや発言に対する印象が大きく変わるケースは少なくないと思いますし、選手のことをより好きになったという方は間違いなく増えているはずです。

選手やチームの裏側をファン目線で伝える

サッカー日本代表が「日本代表 Team Cam」のようなYouTube活用に注力するようになったのは、ロシアW杯後の人気選手の代表引退による代表人気の低下と、コロナ禍によるサッカー界全体の観客離れに対する危機意識が背景にあったそうです。

参考:日本サッカー界「YouTubeテコ入れ」の切実な事情

「日本代表 Team Cam」の取り組み自体は、コロナ禍以前から存在したそうですが、「選手やチームの裏側をファン目線で伝える試みが必要という判断」から2020年10月の日本代表の欧州遠征時から現在の形の密着動画の公開をスタート。

東京五輪のU-24日本代表やなでしこジャパンでも同様の試みに取り組み、現在では関連動画は200本近くにまで増えています。

開始当初は再生数で苦労した面もあるようですが、ここにきてこの2年間の取り組みの積み重ねが大きく花開いたと言えるでしょう。

個人が主役の時代だからこその組織の役割

ツイッターのようなSNSの普及により、サッカー日本代表選手のような個人のSNSアカウントがメディア並みの影響力を持てる時代になりました。

ただ、一方で個人の発信に対する世間の反響は時として個人ではとても受け止めきれないネガティブな波になって押し寄せてしまうことがあります。

そうした中で「日本代表 Team Cam」は、日本代表という組織として、個人では難しい情報発信をになっている形として、非常に示唆に富んでいる事例と言えると思います。

ロシア大会においては、サッカー日本代表は、当時の長友選手や本田選手、香川選手などの影響力の高い選手のSNSに写真を提供することで、選手に情報発信を託していた構造だったと言えます。

しかし今回のカタール大会において、サッカー日本代表は「日本代表 Team Cam」などの組織としての情報発信を強化することに成功しました。

これにより、選手個人の情報発信に頼りすぎず、場合によっては選手個人を組織として守ることができる発信手段を確立することができているわけです。

もちろん、全ての誹謗中傷が、こうした組織の情報発信でなくせるわけではありませんし、誹謗中傷をするような人は、こうした長めの動画には全く目を通さない人かもしれません。

ただ、こうした地道な情報発信や、選手の素顔や等身大の姿を見せる活動は、確実に誹謗中傷を減らしたり、誹謗中傷から選手を守ってくれるファンを増やすことにつながっているはず。

今回は、クロアチアの壁に阻まれた日本代表ですが、サッカーの技術はもちろん、チームの支援体制も着実に進化しているのは間違いありません。

4年後の大会に向けて、引き続きサッカー日本代表が、さらなる新しい景色を見せてくれることを楽しみにしたいと思います。

noteプロデューサー/ブロガー

新卒で入社したNTTを若気の至りで飛び出して、仕事が上手くいかずに路頭に迷いかけたところ、ブログを書きはじめたおかげで人生が救われる。現在は書籍「普通の人のためのSNSの教科書」を出版するなど、noteプロデューサーとして、ビジネスパーソンや企業におけるnoteやSNSの活用についてのサポートを行っている。

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