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トラックと箱根駅伝を両立させる佐藤圭汰③世界に挑む駒大の環境と3種目日本記録を目指す24年シーズン

寺田辰朗陸上競技ライター
佐藤圭汰(左)と駒大の大八木弘明総監督。世界を目指す志の高い2人<筆者撮影>

 佐藤圭汰(駒大3年)は洛南高3年時の21年に1500mで3分37秒18、5000mでは13分31秒19の高校記録(5000mは当時)をマークしていた。好記録が量産されている近年の高校長距離界においても、スケールの大きさを感じさせる選手だった。

 それでも箱根駅伝は全区間が20kmを超える大会。佐藤が活躍できる保証はどこにもなかった。しかし佐藤自身の20kmの距離への適性と、期分けを上手く行った大八木総監督の練習メニューで、箱根駅伝3区(1月2日。当時2年)で区間歴代日本人2番目の快走をした(トラックと箱根駅伝を両立させる佐藤圭汰②参照)。

 箱根駅伝後にはボストン(1月26日)の室内競技会5000mで13分09秒45の室内日本新、屋外を含めても大迫傑(Nike)の日本記録13分08秒40に次いで歴代2番目のタイムをマークした(トラックと箱根駅伝を両立させる佐藤圭汰①参照)。

 佐藤がトラックと箱根駅伝を両立させている背景を、3本の記事で紹介していく。3本目の今回は両立を可能にした世界を目指す考え方を中心に紹介する。

箱根駅伝の20kmは世界を狙うのに役立つ

 佐藤の23年トラック・シーズンから箱根駅伝までの流れを前回紹介した。大八木総監督は「箱根駅伝は駒大にとって通過点なので」とこともなげに言う。トラックとの両立は佐藤クラスの選手ならやって当然というニュアンスだが、実際には簡単ではない。距離が大きく違い、(意識するかどうかは別として)ストライドの大きさや動き自体も違ってくる。

 だが佐藤は箱根駅伝に取り組むことが、トラックにも生きると実感している。

「箱根駅伝に向けてスタミナをつけることで、練習が終わったときの疲労度が違います。脚作りができて、次の練習への向かい方が違ってくる。シンプルにスピードを出す練習はまた別ですが、体が丈夫になったことのプラスが生じます」

 大八木総監督が次のように言葉をつないだ。

「箱根でスタミナをつけたら、室内でスピードをつけるために速い動きをしますが、スタミナが付いた分、スピードを維持するときに我慢ができます。その次はスピードのレベルを上げていかないといけません。圭汰はトラックをやって、それを箱根駅伝につなげて、またトラックに戻る。その強化をより有効にするために海外クラブチームに行きます。そこでもっと勉強して、経験もしないとトラックの日本記録は作れません」

 佐藤は箱根駅伝後に渡米し1月26日に5000m、2月11日に2マイル(約3218m)を走った。ともに室内日本新と、狙い通りの結果を得た。

 佐藤も箱根駅伝後は、「これまでにない深部のダメージ」を感じていた。休養をしっかりとり、自身の状態を見極めながら室内競技会に出場した。大八木総監督は「体幹がしっかりしているから故障しない」と、佐藤の身体の強さを指摘する。

 そもそも長距離種目は、疲れている状態でも体を動かすことが求められる。慎重になるだけではダメで、このくらいの疲労ならスピードを出しても故障につながらない、というラインを自身で見極める能力も必要だ。

 一度成功したから同じことを繰り返せばいい、というものではない。疲労の状態はその都度異なる。その点でも佐藤はアジア大会5日後の出雲駅伝に出場するなど、まだ20歳ではあるが経験を積んできた。

「レース前日は1000mで自分の状態を判断します。タイムはその場の感覚で決めていますが、出雲前日は上げすぎるとピークを早くもって来てしまうことになると感じました。2分40秒にしようと思って、実際は2分38秒でした。少し流して(余裕を持ってスピードを出す走り方)そのタイムなら、レースに合わせられると思いました」

 しかし出雲駅伝2区は向かい風になったこともあり、「体が重くキツいレースになった」という。佐藤でさえも、特に連戦ではピークを完全にコントロールできない。しかしそういった経験を重ねていくことで、以前よりも走りのレベルがアップしたときや、海外などで新たなパターンに挑戦するときに、疲労をコントロールする術を身につけられる。

両立するための目標設定と世界を目指す環境

 箱根駅伝とトラックの両立は簡単なことではないが、大八木総監督は「気持ちの持ちよう」が重要だと言う。

 佐藤はチームと個人、目標設定をしっかり行うことで両立に向かっている。

「先輩の鈴木芽吹(現トヨタ自動車)さんや篠原倖太朗(現4年)さん、色んな人たちと練習して、チーム一丸となって1つの目標に向かう過程が駅伝の醍醐味だと思っています。楽しいし、やり甲斐を感じられる部分です。そして駅伝が終われば個人種目で世界と戦うことに集中します。トラックで世界という大きな目標に、ひたむきに向かうことも面白いです」

 この2つの目標達成のために駒大という環境を選んだ。駅伝での実績(箱根駅伝優勝8回、全日本大学駅伝優勝15回、出雲駅伝優勝4回)は言うに及ばず、個人種目でも駒大出身選手が10000mとマラソンで日本代表が多数育っている。

 トラックでは宇賀地強(現コニカミノルタ監督)、村山謙太(旭化成)、田澤廉(トヨタ自動車)らが世界陸上10000mを走り、マラソンでは藤田敦史(現駒大監督)、西田隆維、二岡康平(中電工)、中村匠吾(富士通)、西山雄介(トヨタ自動車)、山下一貴(三菱重工)、其田健也(JR東日本)らが五輪&世界陸上代表となった。

 佐藤はトラック代表入りが有力で、今も大八木総監督のもとで練習する田澤らと切磋琢磨している。佐藤は大八木総監督の存在が大きいという。

「世界という舞台を目指すのは、簡単なことではありません。環境がないとモチベーションを高められないと思います。身近なところで世界を目指す環境を作ってもらえるのは、本当にありがたいと思っています」

 佐藤は日本陸連のダイヤモンドアスリートに指名されている。語学や栄養知識の習得など、海外でも行動できるスキルを身につけるための講習や実地訓練を受けてきた。今年1~3月の米国クラブチームでの練習も、大八木総監督が短期的に現地に行くこともあったが、基本的には佐藤単独で参加している。

 昨年、駒大の先輩である田澤が、「(10000mで)26分台を出すには、1000mを2分45秒でやっているようじゃ遅い」と、自身を叱責するように話していたことがあった。1000mの本数やインターバルの距離、そのタイムなどにもよるが、世界で戦うためにはそのくらいで練習する必要がある、と認識していた。

 田澤のコメントを大八木総監督に伝えると、「それをやっていかないと世界と戦えない。高地でも平地でも、2分45秒を切るトレーニングをしていかないといけない」と強調する。佐藤も「2分45秒よりもっと速いタイムで練習したい」と言い切った。

24年の目標は1500mも含めた3種目の日本記録更新

 佐藤は2024年の目標を、2つのカテゴリーに分けている。

「これだけは絶対にやりたい目標が1500m、3000m、5000mの日本記録更新です。去年のうちからやりたいと考えていました。一番……(ではなく)普通の目標はパリ五輪出場です。5000mで参加標準記録の13分05秒を破りたい」

 各種目の日本記録と佐藤の自己記録は以下の通りだ。

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 種目 : 日本記録   佐藤

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1500m:3分35秒42 3分37秒18

3000m:7分40秒09 7分50秒81

5000m:13分08秒40 13分09秒45

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 5000mはボストンで室内日本新を出したことで、日本記録更新の期待が一気に高まった。しかし1500mを、日本記録更新対象種目に挙げたことには少し驚かされた。大学1年時の3分41秒71が入学後の最高記録で、23年は1500mへの出場自体なかった。八王子ロングディスタンス10000mや箱根駅伝の走りで、長めの距離から5000mにアプローチするものと思っていたからだ。

 しかし大八木総監督も「3分35秒を切ることが重要です」と1500mのスピード重視を念押しするように話す。佐藤も「そのために動きの切れも、もどしていきます」と付け加え、大八木総監督は「筋力が付いてきたので、脚の回転が速くなってきました。クロカンの上り坂を走ることでついてきましたね」と、スピード養成ができている背景を説明した。

 佐藤が将来の目標を「5000mの12分台と10000mの26分台を、日本で最初に出すこと。五輪&世界陸上で入賞争い、もっと言えばメダル争いをすること」と話すと、大八木総監督の口調も熱を帯びる。

「日本選手権10000m(23年12月)で5位までが27分30秒を切りましたからね。誰が最初に26分台を出すか。面白い戦いになるでしょうね。5000mの12分台と合わせて本当に楽しみです」

 65歳のベテラン指導者が、子どものように喜々とした表情で話した。学生長距離の指導に携わって30年、大八木総監督の衰えない情熱と指導力が、トラックと箱根駅伝の両立を可能にしている。

駒大道環寮応接室にはエリウド・キプチョゲのサイン入りパネルが飾ってある 。マラソンのレジェンドであるキプチョゲが、03年世界陸上5000mの金メダリストであることも佐藤は知っていた<筆者撮影>
駒大道環寮応接室にはエリウド・キプチョゲのサイン入りパネルが飾ってある 。マラソンのレジェンドであるキプチョゲが、03年世界陸上5000mの金メダリストであることも佐藤は知っていた<筆者撮影>

陸上競技ライター

陸上競技専門のフリーライター。陸上競技マガジン編集部に12年4カ月勤務後に独立。専門誌出身の特徴を生かし、陸上競技の“深い”情報を紹介することをライフワークとする。一見、数字の羅列に見えるデータから、その中に潜む人間ドラマを見つけだすことが多い。地道な資料整理など、泥臭い仕事が自身のバックボーンだと言う。座右の銘は「この一球は絶対無二の一球なり」。同じ取材機会は二度とない、と自身を戒めるが、ユーモアを忘れないことが取材の集中力につながるとも考えている。

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