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名古屋ウィメンズマラソン注目選手松田瑞生 モチベーションになっている日本記録が展開にどう影響するか?

寺田辰朗陸上競技ライター
(写真:森田直樹/アフロスポーツ)

日本記録で「たくさんの人にエールを」

 松田瑞生(ダイハツ・25)が名古屋ウィメンズマラソン2021(3月14日開催)の目標として、2時間20分切りが目標だと主催メディアで明言している。詳細は後述するが、ペースメーカーはそこまで速い設定にはならないだろう。それでも2時間20分切りを目標としたのは、そこが松田の大きなモチベーションの1つとなってきたからだ。それがなければ走り続けられなかったかもしれない。

 松田は昨年1月に大阪国際女子マラソンに2時間21分47秒の自己新記録で優勝し、東京五輪代表資格を満たした。だが3月の名古屋ウィメンズで一山麻緒(ワコール・23)が2時間20分29秒で優勝し、手にしかけていた代表切符は一山の手に渡った。

 松田は代表候補(従来の補欠選手)に選ばれたが、代表3人にケガなどがない限り、マラソンで東京五輪を走ることはできない。松田はかなり以前から、競技生活は東京五輪を区切りとしたいと話していた。新型コロナ感染拡大で4~6月の試合は中止になったが、松田は7月のホクレンDistance Challenge網走大会10000mでレースに復帰すると、9月の全日本実業団陸上10000m、11月のクイーンズ駅伝1区(7.6km)と走り始めた。

 走り始めた理由を松田は、以前の取材で次のように話していた。

「気持ちが落ち着いてから、10000mで五輪代表を目指したらどうか、と陸連の方から言っていただきました。マラソンにも悔いが残っています」

 その気持ちになったのは、SNSなどで励ましのメッセージを多数受け取ったことも影響していた。「一山さんより私の方が注目されているんじゃないか、と思えるほどいただきました。陸連の方、記者の方からも、山中(美和子)監督を通じて励ましのお言葉をいただいています。こんな私の走りでも、何かを感じ取ってもらえたんです」

 そしてマラソンを走るからには、「日本記録への挑戦をやってみたい」と言う。

「コロナで大変な時期に、私のような立場の選手が日本記録に挑む姿を見せられたら、また頑張ろうと思ってもらえるかもしれません。たくさんの人にエールを届けたい」

 東京五輪代表を逃した自分だから、コロナで人々が苦しむ今の時代だから、走り続ける意味がある。そう松田は感じている。

19年9月のMGC前々日会見に出席した選手たち。前列左から2人目が松田で、その右側が優勝した前田穂南。前田は薫英女高の後輩にあたる<写真:筆者撮影>
19年9月のMGC前々日会見に出席した選手たち。前列左から2人目が松田で、その右側が優勝した前田穂南。前田は薫英女高の後輩にあたる<写真:筆者撮影>

スタミナ面は昨年の大阪前以上の練習

 大会5日前の3月9日に、山中美和子監督に電話取材をすることができた。

 松田は前回の大阪までマラソン練習はずっと、米国のアルバカーキ(高地練習の拠点)で行ってきた。コロナ禍で外国に行きにくくなっている今回は、沖縄本島の国頭村や宮古島、宮崎県で行っている。

「1年前もウチとしては初めて2km×5本などをレースペースでやってみたのですが、高地でもあり、(意図するタイムでは)できませんでした。今回は5km×5本をやりましたが、最後の1本は15分台で上がってきました」

 平地の分、速いスピードの練習ができたわけだが、山中監督はスピード面よりもスタミナ面の強化に手応えを感じている。

「40km走の後半10~15kmでも脚の疲れがなくて、後半の方が脚が動く感じなんです。それで5km×5本でも最後の方で勝手にスピードが乗ってきたんじゃないかと思っています」

 大阪の前のマラソン練習では、1カ月で1300kmを走ったが、「今回はそれを2カ月続けられた」という。「1月に1200km、2月に1400kmを走って、その分のタメがすごく力になっていると思います」

 レースが近くなると否定的な部分に目をつぶり、良い部分しか口にしない指導者は多い。山中監督はその点、クイーンズ駅伝前の取材でも、不安のある点ははっきり口にする。今回の松田の練習でいえばやはり、練習場所がいつものマラソン練習と違う点を挙げている。

「スピードを上げられたことが、本当にマラソンに対していいことなのか。マラソン練習としての期間が延びたことも、比較対象がないんです」

 その状況でも「距離を走ってきたことが、結果に結びついてほしい。走り込みが生きてきてほしい」と強調した。

ペースメーカーの前を走るのか、それとも後半重視か?

 名古屋のペース設定は5km毎が16分30秒ではなく、速くても16分40秒くらいになるのではないか。有力選手の指導者たちへの取材でそう感じられた。一山と前田穂南(天満屋・24)が日本記録(2時間19分12秒)を目指した今年の大阪が16分30秒、一山が国内最高、女子単独レース最高を出した昨年の名古屋が16分40秒だった。

 仮に16分40秒の設定だった場合、それに対して松田がどんなレースを展開するか。いくつもの可能性がある。

 1つは前半から日本記録更新ペースで走るケース。16分40秒で設定されていれば、「松田本人は記録に強い気持ちを持っています。もしかしたらペースメーカーの前を行っちゃうかもしれません」と山中監督も可能性を口にした。

 ペースメーカーが16分30秒で設定される可能性もゼロではない。そのときは松田もペースメーカーの作るハイペースに乗って走るだろう。

 もう1つは集団で走り、後半のどこかで勝負に出る展開だ。山中監督はこちらのレースパターンを推奨している。

「男子の鈴木健吾(富士通)君の日本記録も、ハイペースでしたが36kmまでは先頭集団で我慢していました。昨年の名古屋の一山さんも30kmまでは16分38秒~17分01秒でしたが、30km以降で16分14秒と16分31秒を続けました。今回、仮に16分40秒から16分45秒になったとき、イライラしないで走ることも課題としたいですね」

 このパターンでも、びわ湖マラソンの鈴木健吾のような終盤のペースアップができれば、2時間20分を突破する可能性もなくはない。

2月28日のびわ湖マラソンで男子マラソンの日本記録(2時間04分56秒)を樹立した鈴木健吾(富士通)は、36kmまでは集団で走った<写真:筆者撮影>
2月28日のびわ湖マラソンで男子マラソンの日本記録(2時間04分56秒)を樹立した鈴木健吾(富士通)は、36kmまでは集団で走った<写真:筆者撮影>

 山中監督は「あまり無理はしないように」とアドバイスはしているが、松田がペースメーカーの前を走ることも止めたりはしていない。走り始めてからの余裕度やキツさは、選手にしかわからない。最終的にどう走るかを決めるのは、選手になる。

 いつものアルバカーキが使えず、練習にも変化が表れている。その変化がマラソン本番の走りにどうつながっていくか。そこの判断を松田がしっかりできれば、日本記録が更新される可能性は十分ある。

陸上競技ライター

陸上競技専門のフリーライター。陸上競技マガジン編集部に12年4カ月勤務後に独立。専門誌出身の特徴を生かし、陸上競技の“深い”情報を紹介することをライフワークとする。一見、数字の羅列に見えるデータから、その中に潜む人間ドラマを見つけだすことが多い。地道な資料整理など、泥臭い仕事が自身のバックボーンだと言う。座右の銘は「この一球は絶対無二の一球なり」。同じ取材機会は二度とない、と自身を戒めるが、ユーモアを忘れないことが取材の集中力につながるとも考えている。

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