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トランプ大統領が最高裁判事の指名を急ぐ理由は選挙での負けを無効にしてもらうためだ

立岩陽一郎InFact編集長
フロリダ州の集会で演説するトランプ大統領(写真:ロイター/アフロ)

アメリカ大統領選挙は来週から始まる候補者の直接討論で選挙戦が本格化するが、トランプ大統領が空席となっている最高裁判事の指名を近く行うという。

CNNなどアメリカの複数のメディアが報じた。それによると、トランプ大統領が連邦最高裁判所の判事に、エイミー・コニー・バレット氏を指名するという。バレット氏は大学教授などを経て現在はシカゴの連邦控訴審(日本の高裁にあたる)で判事を務めている。

アメリカの最高裁判事は9人で構成され、判事が保守派かリベラル派かで司法判断が大きく変わると指摘されていることから、リベラル派のルース・ベイダー・ギンズバーグ判事が死去したことで、その後任が注目されていた。

トランプ大統領は就任以来、保守派と見られる2人の判事を指名しており、ギンズバーグ判事の死去によって8人になった最高裁判事は保守派5人とリベラル派3人とに色分けがなされている。

この色分けは判事の過去の発言や判決に基づいてなされており、必ずしも最高裁判事に任命された後の判断がその通りになっているわけではないが、色分けとともにどの大統領が指名したかも、常に議論となる。これは、アメリカの最高裁判事が終身制で、大統領以上にアメリカの在り方に大きな影響を与える存在だからで、判事の多数決によってもたらされる判断は絶対だ。

それだけに、ギンズバーグ判事の後任選びは慎重であるべきとの指摘があり、11月3日の選挙に勝った次の大統領が決めるのが筋との意見が共和党の議員からも出ている。

そうした状況の中でトランプ大統領が指名を急ぐのは、大統領選挙の結果に大きく関わるからだ。

民主党のバイデン候補は、大統領選挙の争点を新型コロナ対策にしており、トランプ大統領の無策が被害を大きくしたと批判している。その批判は結果に基づいており、アメリカの新型コロナによる死亡者は既に20万人を超えている。加えて、ジャーナリストのボブ・ウッドワード氏の近著「RAGE」で、トランプ大統領が1月の段階で事態の深刻さを認識していながら、パニックを恐れたためにその深刻さを公にするのを避けたことが暴かれるなどしている。

このため、トランプ大統領は選挙での苦戦を覚悟している様で、当初は選挙の延期を口にしていたが、その権限が大統領に無いことがわかると、今度は、選挙が適正に行われないと主張し始めている。

9月24日、「選挙に負けた際には、平和的な政権移行に同意するか?」と問われ、「状況を見よう」として即答を避けた。これはどういう意味か?トランプ大統領は、新型コロナへの対応で各州で導入されている郵便投票を批判し、「ロシアやイランの情報機関が選挙結果に関与する」と言い放っている。また集会で、「我々が負けるのは、選挙が自由で公正でない時だ」と語っている。

それに合わせるかの様に、ペンス副大統領や他の大統領の側近は、異口同音に「『自由で公正な選挙』の結果については従う」と言い出しており、仮に選挙で負けた場合、「『自由で公正な選挙』ではなかった」と主張することが現実味を帯びている。

そうなった場合、その判断を行うのは最高裁だ。9人の判事のうち、自らが選んだ判事3人を含む6人が保守派であれば、訴えが認められると期待しても不思議ではない。つまり、トランプ大統領が最高裁判事の指名を急ぐのは、選挙に負けた際に、その選挙結果を最高裁によって無効にしてもらうということだ。

ただし、最高裁判事は大統領が指名しても、上院で承認される必要が有る。もともと上院議員100人のうち、60人の同意が必要だったが、トランプ政権下で過半数の51人での同意で承認が可能になった。ところが、2018年の中間選挙の結果、共和党は53人と、僅かに過半数を上回るだけになっており、共和党からも異論が出ているので指名がすんなり承認されるかは微妙だ。

大統領選挙は日本時間の9月30日に始まる候補者による直接討論で本格化する。討論は3回。加えて副大統領候補の討論が1回有る。ここでの発言、対応が選挙戦の結果を大きく左右してきた。

今回の大統領選挙は、現職大統領が自国の選挙制度を疑問視するという極めて異例な展開となっている。バイデン氏も強い候補ではないため選挙結果は見通せないが、トランプ大統領が最高裁判事を指名すれば、選挙前から選挙結果に疑問が呈されるという過去に無い異様なものとなる。

※最高裁判事の承認は2017年にそれまでの原則60人の支持だったものが規則が変わり、過半数の51人の同意で承認されるようになったということで、この部分を修正しています。※

InFact編集長

InFact編集長。アメリカン大学(米ワシントンDC)フェロー。1991年一橋大学卒業。放送大学大学院修士課程修了。NHKでテヘラン特派員、社会部記者、国際放送局デスクに従事し、政府が随意契約を恣意的に使っている実態を暴き随意契約原則禁止のきっかけを作ったほか、大阪の印刷会社で化学物質を原因とした胆管癌被害が発生していることをスクープ。「パナマ文書」取材に中心的に関わった後にNHKを退職。著書に「コロナの時代を生きるためのファクトチェック」、「NHK記者がNHKを取材した」、「ファクトチェック・ニッポン」、「トランプ王国の素顔」など多数。日刊ゲンダイにコラムを連載中。

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