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トランプ米大統領、最高裁判事の承認で狙うのは「絶対的安定多数」

立岩陽一郎InFact編集長
最高裁判事に指名したゴーサッチ判事を紹介するトランプ大統領。(写真:ロイター/アフロ)

注目の最高裁判事の指名を終えたトランプ大統領。次の焦点は、上院での承認だが、民主党が難色を示す中、大統領は共和党の議員に、「承認を得るためなら何でもやれ」と指示。そこにはその先を見据えた大きな狙いが有る。

●異例の判事指名会見

日本の高等裁判所にあたる控訴審裁判所のニール・ゴーサッチ判事を連邦最高裁判事に指名したトランプ大統領。指名はテレビのゴールデンタイムに記者会見で明らかにされ、本人も登場してのお披露目となった。首都ワシントンで長年司法担当をしてきた記者によると、過去の最高裁判事の指名の場で判事本人が登場した例は無いという。

ゴーサッチ判事は上院で任命されれば去年2月に死亡したアントニン・スカリア判事の後任となる。最高裁判事は9人で構成される。現在の8人の判事は、保守的な判断を示す4人とリベラルな判断を示す4人に分かれているとされる。

(参考記事:トランプの米国とどう向き合うか? (6)~トランプ米次期大統領に情報機関は何を語ったのか?)

ゴーサッチ判事はキリスト教の教えに厳格な保守的な判事として知られる。このため民主党からは指名の直後から反発が出ており、審議引き延ばしや審議拒否といった戦術が議論されている。

●核?何でも使え

これに対して、トランプ大統領は、「これだけの経歴をもった判事を任命しないことは恥だ」と述べ、共和党の有力議員に対して、承認を得るために「規則破りでもなんでもやれ」と指示したとワシントン・ポスト紙は伝えている。この時、使われた言葉は、「Go nuclear」だったという。直訳すると「核保有国になれ」ということだが、こういう時には、「制限なくやれ」という意味になる。最高裁判事の承認については、上院議員の60人の支持が必要とされる現状の規則を、過半数越えの51に下げることを意味する。

トランプ大統領がゴーサッチ判事の任命を勝ち取る必要が有るのは、その先を見据えているからだと米司法関係者は見ている。終身制の最高裁判事だが、高齢を理由に辞意を表明する判事が数人いると見られているからだ。その1人が、80歳のアンソニー・ケネディ判事。ケネディ判事は1987年に当時のレーガン大統領に任命されたが、その是々非々の判断が今はリベラル派の4人の1人として数えられている。

指名されたゴーサッチ判事はハーバード大学のロースクールを出てオクスフォード大学に留学。トランプ大統領は、「本人が望めばビジネス界で巨万の富を得る道を得られたにもかかわらず、裁判官として公職に就くことを決断」と強調。実際、テレビを通じて流されたゴーサッチ判事の話しぶりは、49歳という若さに似合わず落ち着いており多くの人に信頼感を与えるものだったと評価されている。

(参考記事: トランプの米国とどう向き合うか?  

トランプ大統領は、裁判所経験の豊富な優秀な若手を指名することで、ケネディ判事が引退を検討しやすい環境作りを狙ったと見られている。

●「絶対的安定多数」で保守の心を掴む

そして、そのケネディ判事の後任こそが、トランプ大統領の最大の勝負になる。仮にその時に保守派の判事が任命されれば、9人のうち6人までを保守派の判事が占める「絶対的安定多数」となるからだ。

トランプ大統領自身は実は思想的には保守でもリベラルでもないと指摘されているが、支持層である保守派の思いに応える必要がある。特に、最高裁が示した同性婚の合憲、中絶を女性の権利とした判断などを取り消すことは保守派の悲願とされている。それを実現することで、大統領としての求心力を維持できれば低い支持率でも2期目を狙えるということになる。

(参考記事:トランプの米国とどう向き合うか? (10)~トランプ次期大統領に同盟国防衛で有力紙が苦言? )

●トランプ大統領の誤算

最高裁を長く取材してきたワシントンの新聞記者は次の様に話す。

「ゴーサッチ判事は過去に、『法律は幅広い支持を得た宗教的な信条を守るためだけにあるわけではない。それよりも、実は宗教的に広く支持を得ていない信条をこそ守るために存在している』などと語っており、実は、ガチガチの保守とは一線を画した判事とも言われている。それだけにトランプ大統領はゴーサッチ判事の承認はさほど問題なく、しかもそれはケネディ判事にもアピールできる最高裁人事だと考えた筈だ」。

しかし、と記者は続けた。

「トランプ大統領にとって誤算は、イスラム諸国からの入国を制限した大統領令への強い反発だ。これが民主党に反対する正当性を与えてしまった。判事の承認は、上院の過半数(51)では駄目で、60人が必要だ。共和党だけでは承認にはいたらない。トランプ大統領の指示通りに共和党が動いたら、その段階で収拾のつかない混乱が生じる恐れもある」。

※Do nuclearの説明は後に加筆しました。

InFact編集長

InFact編集長。アメリカン大学(米ワシントンDC)フェロー。1991年一橋大学卒業。放送大学大学院修士課程修了。NHKでテヘラン特派員、社会部記者、国際放送局デスクに従事し、政府が随意契約を恣意的に使っている実態を暴き随意契約原則禁止のきっかけを作ったほか、大阪の印刷会社で化学物質を原因とした胆管癌被害が発生していることをスクープ。「パナマ文書」取材に中心的に関わった後にNHKを退職。著書に「コロナの時代を生きるためのファクトチェック」、「NHK記者がNHKを取材した」、「ファクトチェック・ニッポン」、「トランプ王国の素顔」など多数。日刊ゲンダイにコラムを連載中。

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