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【アメリカ大統領選挙】民主党大会でトランプ大統領に痛手となった登壇者は

立岩陽一郎InFact編集長
民主党大会でのバイデン氏とハリス氏(写真:ロイター/アフロ)

ジョー・バイデンは我々軍人が誇りをもって仕えることのできる大統領です。ジョー・バイデン大統領は同盟国とともに立ち、敵に立ち向かいます。その逆になることは有りません。彼はこの国の外交官や情報機関を信用し、独裁者の甘言に弄されることはありません

ブッシュ政権で国務長官を務めたコリン・パウエル氏がそう語ったのは日本時間の8月19日から4日間の日程で始まった民主党大会。二日目に登場した。パウエル氏は共和党の大統領候補として名前も挙がった共和党支持者だ。

スピーチするコリン・パウエル元国務長官(CNN中継画像から)
スピーチするコリン・パウエル元国務長官(CNN中継画像から)

更に次の様に語った。

彼は国際社会でのアメリカのリーダーシップを取り戻すでしょう。そして同盟の必要性を取り戻し、温暖化や核拡散など、この国への危険に対処するでしょう

いささか劇画的な表現ではあるが、こうした言葉がアメリカではうける。それは、アメリカが軍事国家だからだ。軍人に敬意をもって接することはアメリカの社会慣行であり、軍の支持がどちらにあるかは、アメリカの一般的な人々の投票行動を左右する。

「パウエルの大会参加は阻止したかった」

私がトランプ陣営のスタッフならそう感じただろう。この4日間の民主党大会を、私はトランプ陣営の側の目で見ていた。この大会では、オバマ前大統領がトランプ大統領を厳しく批判し、前大統領による現職大統領に対する異例の批判として取り上げられた。また、クリントン元大統領もトランプ大統領を批判した。しかし、これらはトランプ陣営にとって織り込み済みであり、ほとんどダメージは無い。

しかし、軍の制服組トップの統合参謀本部議長を務め、その後、共和党政権で国務長官を務めたパウエル氏がバイデン氏を明確に支持したことは、トランプ陣営には痛手だ。出来れば避けたかっただろう。

もう一人、日本ではあまり知られていない人物だが、トランプ政権にとって避けたい人物が登場した。サリー・イエイツ氏だ。トランプ政権で司法長官代理を務めたが、トランプ大統領が出したイスラム教徒の入国を制限する大統領令は憲法違反だと指摘して解任された。そのイエイツ氏は次の様に話した。

政治的な集会に出て話すなど、私は考えたことも有りませんでした。しかし民主主義の未来が今、危機に瀕しています

サリー・イエイツ元司法長官代理(CNNの中継画像から)
サリー・イエイツ元司法長官代理(CNNの中継画像から)

そしてトランプ大統領とは何かを説いた。

私も含めてすべての公務員は、個人や政党のために働くことを誓いはしません。私たちは憲法に忠誠をつくし、法律を守りアメリカの人々のために働いているのです。しかしトランプ大統領はその地位に就いて以来、国の為ではなく本人の利益のためにその地位を利用してきました

冷静な口調だが、言葉は激しい。

大統領によるFBIや報道の自由、行政監視機構、連邦判事に対する絶え間ない攻撃は、1つの目的を持っています。それは彼の権力の乱用をチェックする機能を無くすことです

イエイツ氏、パウエル氏の応援は、カマラ・ハリス氏の副大統領候補受託を支える意味も有る。ハリス氏が加わった際にトランプ大統領は、「民主党は急進左派に乗っ取られた」と批判のトーンを上げたが、司法官だったイエイツ氏や共和党支持者で軍で制服組の最高位までいったパウエル氏が支持する側を「急進左派」と批判しても説得力は無くなる。

この民主党大会については、オンラインで行われたこともあり盛り上がりが今一つだったと言われる。しかしトランプ大統領はこの大会を度々中傷するツイートを発しており、かなり意識していることは間違いない。軍に影響力を持つ共和党の有力者や党派性の無い高位の公職経験者がバイデン支持を打ち出したことは痛手だろう。

それは、11月3日に行われるのは大統領選挙だけではないからだ。この日、上下両院の選挙も行われる。下院は全改選。上院は35議席が改選だが、このうちの23議席は共和党の議員だ。彼らが議席を守るためにトランプ大統領との距離をどうとるかに影響する。これまでの様な、誰が何を言おうがトランプ支持という形を維持するのか?それとも、トランプはトランプ、自分は自分という形になるのか。それがまた大統領選挙の結果に影響を及ぼす。

日本の外交当局はこの民主党大会をどう見たのだろうか?大会の状況は、トランプ大統領と安倍総理との個人的な関係頼みとなっている日本政府にとっては好ましいものではなかっただろう。

安倍総理はトランプ氏が当選して間を置かずに訪米して「次期大統領」と面会している。まだオバマ大統領、バイデン副大統領の時だ。これは当時アメリカでも報道されており、アメリカのジャーナリストから「こんな外交上、非礼な行動をよくとったな」と言われたことがある。

勿論、複雑な大統領選挙の結果を予想することは難しいが、大会を終えた段階でバイデン&カマラが勝利する可能性は十分に有ると思ったアメリカ人は多いだろう。仮に、バイデン氏が勝利した場合、安倍総理は訪米してトランプ大統領に会わずに次期大統領に面会するのだろうか?勿論、それが安倍総理ではない可能性も有るが。

InFact編集長

InFact編集長。アメリカン大学(米ワシントンDC)フェロー。1991年一橋大学卒業。放送大学大学院修士課程修了。NHKでテヘラン特派員、社会部記者、国際放送局デスクに従事し、政府が随意契約を恣意的に使っている実態を暴き随意契約原則禁止のきっかけを作ったほか、大阪の印刷会社で化学物質を原因とした胆管癌被害が発生していることをスクープ。「パナマ文書」取材に中心的に関わった後にNHKを退職。著書に「コロナの時代を生きるためのファクトチェック」、「NHK記者がNHKを取材した」、「ファクトチェック・ニッポン」、「トランプ王国の素顔」など多数。日刊ゲンダイにコラムを連載中。

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