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新型コロナで官房長官会見に出席する記者の制限が始まった 新聞労連委員長の懸念

立岩陽一郎InFact編集長
会見する菅官房長官(写真:ロイター/アフロ)

官邸から要望のあった官房長官会見の回数を減らす話は内閣記者会が踏ん張りを見せて消えたが、1社1記者という制限が課せられることになった。新型コロナの感染拡大を懸念しての措置だが、こうした制限についてどう考えたら良いのか。朝日新聞の政治部記者として官邸を取材した経験もある新聞労連の南彰委員長に話をきいた。

4月12日に出した「新型コロナで緊急事態の最中に情報開示を減らそうとする官邸」の記事で伝えた官邸側から内閣記者会(官邸記者クラブ)に対して、官房長官会見の数を減らすなどの要望が出ていることについて、以下の様に決まったという。

  • 官房長官会見の回数は従来の通り、1日2回を維持。
  • 会見に参加する記者の数を1社1人にする。

回数については内閣記者会が頑張って押し返した形で、一日2回の記者会見が維持されることになった。ただ、1社ペン記者1人という制限が課せられることになったという。

記者の制限については、主要メディアの側にも、万が一、記者が新型コロナウイルスに感染していて記者会見場で感染を広げてしまったらという懸念があったと複数のメディア幹部が打ち明けた。新型コロナの感染が止まらない現状ではやむを得ない選択だったということだ。

しかし、新聞労連の南彰委員長は、今回の決定を「懸念している」と話した。南氏は、朝日新聞政治部記者として官邸記者会に所属し、過去に官房長官番、つまり官房長官の担当記者も務めたことがある。

新聞労連 南彰委員長
新聞労連 南彰委員長

南氏は先ず、官房長官の会見の意味ついて次の様に話した。

官房長官には政府のあらゆる情報が集まっています。今回の新型コロナの問題も顕著ですが、日々、同時多発的にいろいろなことが起き、政府はそれぞれの官庁で様々な政策を検討しているわけですが、それが官房長官のところで政府の統一見解として整理されます。だから一日2回の会見というのは極めて重要になるわけです

南氏は更に次の様に説明した。

会見というのは、第三者の目が入る機会でもあります。官房長官会見で説明した内容に記者が質問することで外部の目が入り、そこで政府が気付かない問題点が浮上することも有ります。その質疑によって政府の見解が修正されることもあるわけです

記者会見は単なる質問の場ではないということだ。

国民の目で記者が質問するというと批判を受けるかもしれませんが、日々動いている政府の対応の中で、政府外の視点が入る重要な場であることも間違いありません

慎重な言い回しだが、確かに、我々一般人が政府中枢の議論に入ることは不可能だ。記者を政府外と言って良いかは議論が有るにしても、記者が政府内の議論の外側にいる存在であることは間違いない。

「特に」と南氏は続けた。

平成の30年で官邸への権限の集中が進みました。この政権はかつてない権限を官邸に集中させています。その官房長官ですから、重要度が更に増していると言って良いと思います

南氏には今回の官邸側の要請というのはどう映ったのだろうか。

安全性を理由に、直ちに質疑の制限に結び付けるというところには違和感を覚えるところは有りました

ただ、安全に配慮するという点に異論は無いと話した。

会見場をさらに広くしたり、オンラインでの会見を行ったりするなど、いろいろと工夫はしようが有るとは思います。そういうことは考えないといけないのかとは思います

ただ、今回の動きには、安全を理由にした情報開示の制限だったとの印象がぬぐい切れないと話した。

結果的に、官房長官会見は1日2回が維持されることになりました。それは良かったと思いますが、取材者は1社1人というところで押し切られた形です

自身も官房長官番を経験したことのある南氏はそこに大きな問題を感じている。

官房長官の会見で1社1人となると、当然、官房長官番が記者会見に出るわけです。官房長官番は政治の専門記者ですが、科学などに詳しいわけではない。官房長官番の和を乱すような質問も難しい。その結果、本来なされなければならない質問が出なくなる恐れが有ります

南氏も朝日新聞記者として菅官房長官の記者会見に出て、菅長官が返答に窮する厳しい質問をしている。その時は官房長官番ではなかった。そういう質問は、番記者としてはやりにくいのか尋ねてみた。

どうしてもマイルドになってしまうでしょうね。官房長官番は官房長官から嫌われたら日々の取材に支障が出てしまうわけです。だから、そこは同じ朝日の記者でも役割分担が必要になるわけです

南氏はここで歴史を紐解いて、記者を制限することの危険性を語った。

記者の制限というのは、戦前に行われているんです。第二次世界大戦中の1942年に日本新聞会ができて記者登録制ができているんですが、そこで登録できる記者の要件を課しています

そこには、記者規定として、「国体を明確に把持し、公正廉直の者」と書かれているという。国体護持とは勿論、戦前の天皇を頂点とした国家体制のことだ。

こうした資格要件で記者を選別するとなると、選ばれし者だけが記者会見に出られるということになりかねません。それは、言ってみれば、政権にとって『お行儀が良い記者』ということになってしまいかねません

政権にとってお行儀のよい記者。つまり政府が発信したいことのみを質問し、けして厳しい質問をしない記者ということだ。それが大本営発表を作り出したわけだ。それは既に記者会見ではない。

戦前の過ちを繰り返さないためには、やはりフリーランスを含めて、いろいろな記者が質問する必要が有ると思います。それが、政権に対して緊張感を与えるということにもなるんです

フリーランスとは私の様に主要メディアに所属しないジャーナリストのことだ。現状では、金曜日の午後の官房長官会見だけはフリーランスも参加できることになっている。南氏はこれももう少し弾力的にするべきだと話した。

政府に質問すると、何か政府の足を引っ張っているというレッテルがはられる風潮が有ります。こういう状況下なので、スピーディーに物事を進めないといけないことは有るでしょうが、その途中で議論をすっ飛ばして良いわけではありません。質疑を通して、政府が問題点を修正していくという外部監査の機能も考えないといけません

感染拡大を避けるという安全面については南氏も考える必要が有ると話した。

安全面で言うと、3密を避けるということは必要でしょう。ただ、それが硬直的な運用になってしまうのは避けるべきです

実際には、官邸の会見室は狭いものではない。

会見室は120席から130席くらいはあります。ですから3密を避けるという意味で、40人くらいに制限することは仕方ないかとは思います。可能なキャパシティーの中で弾力的に運用するということで、例えば、原則は1社1人でも、質問したいときには入室を許すという対応も必要だと思います

オンラインでの会見も含めていろいろな選択肢を検討することに異論は無い。むしろ選択肢を狭めることは良くないと話した。

選択肢は残しておいた方が良いと思います。このところの総理会見でも、フリーランスなどの官邸クラブに常駐していない記者が声をあげた結果、質疑の幅が広がりました

最後に、現状への危機感を語った。

安全性が理由で質疑が制限されてしまうと、それが普通の状態に戻ったとしても、制限は残ってしまうんです。ですから仮に新型コロナの問題が終息しても、制限は続く恐れが有ります。メディアには質疑という検証を行って伝えていくという役割が有りますが、それが極めて厳しい状況になる

南氏も強調したのは、安全面への配慮は重要ということだ。そこで1つ提言したい。写真、映像の撮影を代表取材としたらどうだろうか?代表取材とは1社が代表して撮影をして各社に配ることで、裁判所の取材などは代表取材となっている。これで随分と参加人数は減らすことが可能だ。その上で記者を3分の1とする。だが、1社1人という決まりは原則とし、弾力的な運用とする。

もう1つ、非常事態宣言が解除されたらこの決まりは元に戻す。なし崩しは許容してはいけない。

多くの人に理解してもらいたいのは、これはけしてマスメディアの勝手な理屈ではないということだ。我々は失ってはいけないことを、今まさに失おうとしている。それを是非、一緒に考えて欲しい。

InFact編集長

InFact編集長。アメリカン大学(米ワシントンDC)フェロー。1991年一橋大学卒業。放送大学大学院修士課程修了。NHKでテヘラン特派員、社会部記者、国際放送局デスクに従事し、政府が随意契約を恣意的に使っている実態を暴き随意契約原則禁止のきっかけを作ったほか、大阪の印刷会社で化学物質を原因とした胆管癌被害が発生していることをスクープ。「パナマ文書」取材に中心的に関わった後にNHKを退職。著書に「コロナの時代を生きるためのファクトチェック」、「NHK記者がNHKを取材した」、「ファクトチェック・ニッポン」、「トランプ王国の素顔」など多数。日刊ゲンダイにコラムを連載中。

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