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大阪府市長選ファクトチェック 候補者に事実と異なる発言

立岩陽一郎InFact編集長
大阪府知事選挙、大阪市長選挙の掲示板(撮影:鈴木祐太)

大阪都構想を最大の争点として争われている大阪府知事選挙と大阪市長選挙。市民の参加を得てチーム「ファクトチェック大阪」を結成して、選挙の候補者4人の発言やネット情報などについてファクトチェックを行ってきた。ネットでの虚偽情報については既に報じている。その後、候補者の発言について調べたところ、一部に事実と異なる発言が見つかった。

今回ファクトチェックしたのは朝日新聞、毎日新聞、産経新聞が合同で行った候補者による討論会での各候補の発言。

参加者は大阪府知事選挙に出ている吉村洋文候補、小西禎一候補と、大阪市長選挙に出ている松井一郎候補、柳本顕候補。このうち吉村候補、松井候補は維新の会の公認候補。小西候補、柳本候補は自民党、公明党府本部などから推薦を受けている。

討論の冒頭から都構想が議論となる。先ず、吉村候補が次の様に発言している。

マニフェスト(公約)に掲げたことついては、9割は達成できたと思っています。ただ、どうしても達成できなかったこと、これが都構想の再挑戦です

これに関連して松井候補も次の様に発言している。

2015年11月のダブル選で僕と吉村市長は、この都構想に再チャレンジすることを真正面に掲げて選挙を戦った

これらについて先ずチェックした。吉村候補の「9割は達成できたと思っています」は、本人の認識なのでファクトチェックの対象ではない。一方、「どうしても達成できなかったこと、これが都構想」というのは対象となるが、これは確認するまでもなく事実だ。それ故の今回の選挙ということになる。

 参考記事 「大阪府知事選で偽ツイートの拡散に歯止めかかるが、被害にあった候補の発言も正確さ欠ける

ただ、松井候補の発言には事実と異なる点がある。前回の大阪府知事選挙に出て勝利した松井候補は選挙広報に都構想の再挑戦を掲げていた。また維新の会のマニフェストにも都構想の実現が記されていた。しかし、大阪市長選挙に出て勝利した吉村候補の選挙広報には都構想の文字は無かった。つまり、「僕と吉村市長は、この都構想に再チャレンジすることを真正面に掲げて選挙を戦った」というのは、事実とは言えない。

ここで、大阪都構想とは何かを整理したい。その詳細については現在も議論が続いているが、決まっているのは、大阪市を4つの特別区に分割し、市が持っている政令指定都市としての権限を大阪府に移譲するというものだ。つまり東京都の様な行政形態にしようということだ。

ただ、大阪市内ではけして評判が良いとは言えない。大阪市が消滅するということに懸念を示す市民が多いからだ。これを意識したものと思われるが、討論会で松井候補は次の様に話している。

都構想という新しい制度をつくっても、大阪市のエリアが消滅するようなことではない。都市はそのままです。都構想は、行政の制度を見直すだけのことであります

この発言はどうだろうか?

都構想の根拠となる法律『大都市地域における特別区の設置に関する法律』の第一条には以下の通り定められている。

第一条 この法律は、道府県の区域内において関係市町村を廃止し、特別区を設けるための手続並びに特別区と道府県の事務の分担並びに税源の配分及び財政の調整に関する意見の申出に係る措置について定めることにより、地域の実情に応じた大都市制度の特例を設けることを目的とする。

また、大阪市のホームページ 『大都市制度(総合区・特別区)の検討・取組みについて~「総合区」「特別区」ってなんだろう?~』

には特別区制度には以下の解説がされている。

「特別区制度は大阪市をなくし、特別区を設置します」

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こうして見ると、都構想では大阪市は廃止されるが大阪市のエリアつまり地域は消滅しないという松井氏の発言自体は間違いではない。また、「都構想は行政の制度見直すだけ」、つまり行政制度である大阪市を廃止するという点も事実を伝えていると解することはできる。

一方で、「都市」とは「多数の人口が比較的狭い区域に集中し、その地方の政治・経済・文化の中心となっている地域」(デジタル大辞泉)とされており、特別区という4つの自治体が設置されることから「都市はそのまま」となるか疑問は残る。

そこで都構想のモデルとなっている東京の事例を見てみたい。1943年に当時の東京府は東京市を廃止して東京都になった。東京市は東京23区というエリア(地域)としては現在も残っている。しかし、76年前の東京市という概念を現在も共有している東京都民は極めて稀だろう。因みに、東京市についてかすかに記憶に残っている可能性の有る80歳以上の東京都民(日本人)は都民全体の約7%(平成31年1月現在)だ。

例えば、現在、世田谷区と江東区の住民が1つの共通するアイデンティティーを有しているかと問われれば、「勿論、そうだ」と答える人はかなり少数だろう。

つまり、東京市という概念が共有されていると考えるのには無理が有る。従って松井候補の、「(大阪市という)都市はそのままです」は、仮に都構想が実現した後の将来的なことも考えると事実とは言えない。

討論の中で、そもそも都構想がなぜ浮上したのかも議論されている。吉村候補の次の発言がわかりやすい。

大阪市というのはものすごく小さなエリアの中に都道府県が二つあるような状態です。この状態の中で、大阪市と大阪府がそれぞれ同じような権限を持ち、縄張り争いをし、そして二重行政を重ねてきた。これがまさに大阪の不幸の歴史であります。まさに、これが大阪の成長を阻害してきたと思っています。現在、大阪には一本化する司令塔、つまり大阪全体の成長戦略を描く、そういった司令塔がないという状況で進んできたのが、これまでの大阪市と大阪府の関係

これに対して小西候補は次の様に反論している。

司令塔の一元化ということをおっしゃっています。あるいは今の府市の状態では同じ権限を持って、ということをおっしゃるけど、法律上、府と市が同じ権限を持つってことはありえないわけで、権限上は大阪府か大阪市に属しているわけです

実は、この点が都構想の賛否を考える際の重要なポイントとなっている。小西候補は、そもそも大阪市と大阪府はそれぞれで行政上の権限が明確になっており、吉村候補の言うような「同じ権限を持ち、縄張り争いをし、そして二重行政を重ね」るようなことは無いと主張しているわけだ。

 参考記事 「大阪府知事選でフェイクニュース 維新の会代表が拡散に加担も指摘を受けて削除

これについてはどうだろうか?両者の発言をファクトチェックした結果を先に書くと、小西候補のこの発言は事実とは言えない。総務省にファクトチェック大阪のメンバーが確認したところ、道府県と政令指定都市との間での二重行政の存在は否定していない。それを解消するための調整機能も作られている。

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過去に、福岡県と北九州市との間でこの調整機能が利用されたこともあるという。

我々はそれぞれの候補の主張の良し悪しを論じることはしない。よって、争点である都構想の是非には一切、踏み込まない。それはまさに有権者が判断するものだからだ。

このファクトチェック大阪に参加したのは、ジャーナリスト、企業経営者、教師、元公務員、市民活動従事者、元政治家。最終的なとりまとめは立岩陽一郎が行った。

InFact編集長

InFact編集長。アメリカン大学(米ワシントンDC)フェロー。1991年一橋大学卒業。放送大学大学院修士課程修了。NHKでテヘラン特派員、社会部記者、国際放送局デスクに従事し、政府が随意契約を恣意的に使っている実態を暴き随意契約原則禁止のきっかけを作ったほか、大阪の印刷会社で化学物質を原因とした胆管癌被害が発生していることをスクープ。「パナマ文書」取材に中心的に関わった後にNHKを退職。著書に「コロナの時代を生きるためのファクトチェック」、「NHK記者がNHKを取材した」、「ファクトチェック・ニッポン」、「トランプ王国の素顔」など多数。日刊ゲンダイにコラムを連載中。

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