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沖縄の投票結果が突きつける「政府は安保の無銭飲食だ」

立岩陽一郎InFact編集長
記者会見する玉城デニー知事(2018年)(写真:Natsuki Sakai/アフロ)

沖縄の県民投票は2月24日に行われ、アメリカ軍普天間基地の移設を巡る名護市辺野古の埋め立てについて反対が総投票数の72%と多数を占めた。これを受けて玉城知事は「政府は辺野古の埋め立てを認めないという断固たる民意を真正面から受け止め、『辺野古が唯一』という方針を見直し、工事を中止するとともに、普天間飛行場の一日も早い閉鎖・返還に向け、県との対話を応じるよう強く求める」と述べた。これに対して安倍総理は、結果は真摯に受け止めるとしつつも、引き続き政府の立場を説明していくと述べて、埋め立て工事を進める考えを示したが、玉城知事は今後、普天間基地の県外移設、つまり北海道から九州までの本土のどこかに移設するよう求める動きを具体的に始めるものとみられる。そろそろ、政府も県外移設を真剣に検討する時期に来ているのではないだろうか。

投票所で耳にした強烈な言葉

政府は安保の無銭飲食だ

普天間基地の直ぐ近くに住む自営業の新城哲也さんは、政府への憤りを隠さなかった。53歳の新城さん。自身を「保守だ」と語った。革新勢力には与しないとも話した。日米安全保障体制も重要だと考えている。

「でも、この国のやっていることは、安保に守ってもらっていて、その支払いは沖縄に任せているようなもの。無銭飲食と同じだ」

県民投票を伝える掲示(那覇市)
県民投票を伝える掲示(那覇市)

アメリカ軍普天間基地の名護市辺野古への移設計画での埋め立ての賛否を問う県民投票。投票所の1つ、普天間第二小学校でのやり取りだ。その強烈な言葉が印象に残っている。

もう1つの普天間基地

この投票に際して沖縄入りしたのは投票日の2日前だった。そして翌朝一番に、向かったのは那覇軍港だった。それは、那覇市中心部の目と鼻の先に広がるアメリカ軍基地だ。上部が棘になったフェンスに覆われ、「ここは制限区域につき許可された者以外の出入りを禁じます」と英語と日本語で書いてある。

その向こうに、巨大な黒鉄の城を見つけた。アメリカ軍の物資を運び込む貨物船だ。巨大な上、その形状が船というより建物にしか見えない。色も黒いので、私は昔から黒鉄の城と呼んでいるのだが、定期的に入港しては、後部から物資をはきだしている。

那覇軍港 中央に見える黒い「建物」が輸送船
那覇軍港 中央に見える黒い「建物」が輸送船

既に運び出された車両だろうか。フェンスの向こうには、海兵隊の専用車両ハンビーが並んでいる。

民間資本を入れて開発すれば巨額な富を生み出すことが間違いないこの港。返還が合意されたのは1996年。普天間基地の返還合意と同じ時期だ。そして同様に、今もってアメリカ軍の戦略上の重要な施設として機能している。いわば、もう1つの普天間基地だ

返還が実現されない理由も代替地の確保だ。よくアメリカ軍における普天間基地の重要性が返還の困難さの理由に挙げられる。しかしこの施設を見ると、その説明にも素直に頷けなくなる。沖縄にはホワイトビーチというアメリカ軍の軍港がもう1つある。しかしアメリカ軍はそことの統合などは考えない。考える必要が無いのだ。日本政府がアメリカ政府の要望を受け入れることを知っているからだ。

結局のところ、日本政府がアメリカ政府のご機嫌をうかがっているだけでは返還合意は単なる合意だけで終わる・・・この施設を見る度にそう感じる。

那覇軍港を離れた後、沖縄県庁の中堅職員と会った。そして、本土から見てわからない疑問点を投げてみた。

玉城知事と翁長知事との違いはなんですか?

職員は、「これは私の推測ですが」と前置きして説明した。

「翁長知事は、自らが選対本部長を務めた仲井間知事が辺野古への県内移設を認めてしまったため、その責任をとって知事になった。だから、辺野古建設阻止は絶対に譲れない政策だったと思う」

勿論、玉城知事にとっても辺野古移設反対は重要ではある。しかし、それは民意を反映させた形でないとだめなのだという。

「玉城知事には翁長知事の様な悲壮感は無い。玉城知事にとって最も大事な政策は、『一人も取り残さない政策』。その政策の中に、辺野古に新基地を作らせないという政策が含まれている。重要度が落ちるという意味ではなく、玉城知事の政策の柱の1つということかと思う」

そして続けた。

明るさ・・・かもしれません。官邸で安倍総理と会っても、玉城知事は笑顔を絶やさない。そして、対話の必要性に必ず言及し、政府と話し合うんだ、という姿勢を絶対に崩さない。一方、翁長知事は、対決も辞さないという悲壮感があった。それは二人のカラーの違いかもしれない

その後、故翁長知事を支えた県の幹部にも話をきいた。翁長知事は日米安保体制は重要だとの認識を示した上で、だからこそ、日本全体で負担するべきで沖縄だけにアメリカ軍の専用施設が集中するのはおかしいと言っていた。玉城知事もそういう主張なのか?

幹部は、「恐らく」と前置きして言った。

県民投票で辺野古移設の『反対』が多数を占めれば、それを契機に、本土で引き受けるべきだと明確に主張し始めるだろう

つまり、この県民投票は玉城知事が本格的に主張を展開する上で、重要な手続きだということだ。この幹部の言葉は、投票翌日の県議会での玉城知事の発言を予言するものとなった。

投票日当日 有働由美子キャスターも合流して投票所を取材

投票日当日、私は本土から来た仲間のジャーナリスト3人とともに名護市辺野古の基地建設予定地に向かった。その中に、「news zero」の有働由美子キャスターの姿もあった。NHK時代の同期でもある有働さんはプライベートを使っての沖縄入りだった。

日曜日ということで、埋め立て用の土砂を入れる作業は行われていなかった。埋め立てが行われているのは、キャンプ・シュワブ基地の沖合だ。だから日本政府は、これは新基地の建設ではなく従来あるアメリカ軍基地の拡張工事だと主張している。

キャンプ・シュワブ前で取材する有働由美子キャスター
キャンプ・シュワブ前で取材する有働由美子キャスター

基地の中から複数の警備員が双眼鏡でこちらを見ている。

「あの警備員はフェンスのこっちまで来ることは有るんですか?」

有働さんがテントに陣取る反対派の人に尋ねた。

「それは有りません。フェンスの中から監視して報告を上げているだけです」

この後、近くの投票所へ向かった。そこで、4人で手分けして投票した人の思いを取材しようというのが狙いだ。最初に話をきいたのは18歳の男性。名護市にある国立沖縄工業高等専門学校に通っているという。

「賛成と書きました」

いきなりの賛成に多少、驚いた。

やはり基地ができれば、地元の活性化にはつながるかと思います

しかし賛成は伸びなかった。1時間で4人が接触できた人は合わせて34人。賛成を明確にしたのは彼を入れて2人だけだった。反対は12人。どちらでもないは4人。無回答も16あった。勿論、我々の問に応じる必要はない。

その後、宜野湾市に向かった。先ずは普天間基地が見える嘉数高台に上がり、オスプレイが並んでいるのを確認。私は何度も来ているが、有働さんは初めてだった。

凄い

有働さんがそう口に出した。私もそうだったが、街のど真ん中に航空基地が広がるその姿を最初に見た時に出る言葉はこのくらいしかない。それは良いとか悪いとかではなく、恐らく、「こんなの見たことない」という意味なのだと思う。

嘉数高台から見た普天間飛行場 左側が滑走路 右側にオスプレイが並んでいる
嘉数高台から見た普天間飛行場 左側が滑走路 右側にオスプレイが並んでいる

この後、普天間第二小学校に開設された投票所へ向かった。この投票所では、ある程度の比率で辺野古移設に賛成する人の声が聞けると考えていた。何はともあれ普天間基地の危険な状況に終止符を打ちたいと感じている人は多いからだ。

ところが、我々の調査では、その予想は裏切られることになる。その代表的な例が冒頭紹介した新城さんだが、勿論、新城さんだけではなかった。

普天間第二小学校の投票所
普天間第二小学校の投票所

子供を抱えた女性が投票所から出てきた。40代の主婦だという。子供はハーフの様だったが、尋ねると次の様に話した。

夫はアメリカ軍の軍人です。でも、それとこれとは関係ありません。辺野古に新たな基地を作ることには反対です

前述の通り、日本政府は滑走路の建設は新基地の建設ではないとしている。しかし、アメリカ軍人と生活をしている県民でさえ、その説明は受け入れていない。

答えてくれた人の多くは日米安保体制そのものに反対しているわけではなかった。普天間で生まれ育ったという28歳の事務職の女性は、「負担の押し付け合いは良くない。普天間も危険だが、辺野古に行けば辺野古の人も迷惑を被る」と話した。

ここでは4人手分けして1時間で79人に接触。その結果は、「反対」が41人、「賛成」が8人、「どちらでもない」が4人、そして無回答は26人だった。

辺野古の数字と合わせると次の様になる。接触した人は113人。そして、「反対」が53人、「賛成」が10人、「どちらでもない」が8人、無回答が42人。

投票所に来た人々
投票所に来た人々

全体の投票結果は「反対」が投票者の72%を占めたということなので、我々の調査は「反対」が少なめに出ていることになる。その理由としては、やはり問いに応じてくれなかった無回答の多さが有るのかもしれない。4人で議論したが、この無回答は必ずしも「賛成」というわけでもないようだった。どのような答えを選択しようが、住民の心の負担となっている現実を感じるべきなのかもしれない。

私たちのアンケートの肝は、実は、「反対」の人への二の矢にあった。辺野古移設に反対すると答えた人に「県外へ移設すべき」、「国外へ移設すべき」、「そのほか」の三択で答えてもらった。

その結果、「県外」が31人、「国外」が10人、「そのほか」が12人だった。「反対」の意見のうち6割近くが県外移設を希望していると答えたことになる。県民投票ではそこまでを答えさせていないが、「反対」の6割が県外に普天間基地を移設すべきと答えたという意味は大きい。

有働キャスターら3人はその結果を持ってそれぞれ東京に戻った。この結果をどう見るかは各自の判断だが、私は、玉城知事が県外移設に向けた具体的な手を打つきっかけとなるとの思いを強くした。

本土の自衛隊基地という選択

専門家の中からも県外移設を今一度考えるべきだという指摘は出始めている。日米外交史が専門で、沖縄のアメリカ軍基地の成立を公文書の分析で明らかにしてきた沖縄国際大学の野添文彬准教授は次の様に話す。

野添文彬准教授
野添文彬准教授

単に沖縄のアメリカ軍の基地問題というとらえ方ではなく、日本の安全保障という考え方をするべきです。日本の防衛に在日アメリカ軍が必要だとした場合、アメリカ軍が沖縄に集中している状況が好ましいのかという観点の議論も必要です

集中していれば攻撃を受けやすいということだ。一か所を攻撃すれば良いとなれば、攻撃を受けやすくなる。また、攻撃に対して脆弱になる面も否定できない。

その上で野添准教授は次の様に話した。

本土の自衛隊の航空機基地に普天間基地の機能を移すといった議論を本土の人は始めないといけない。日米で基地を共用することは日本の防衛政策と矛盾しない。それによって沖縄の負担を軽減するということを検討すべきでしょう

野添准教授はアメリカ政府の公文書から在日アメリカ軍が沖縄に集中するようになった経緯を分析してきた。その中で、もともと本土にあった海兵隊が、本土でのアメリカ軍基地への批判の高まりを受けて当時、まだアメリカの施政権下にあった沖縄に移設されたことが明らかになっている。

沖縄の海兵隊がもともとは本土にあったという事実を本土の人は知った方が良いでしょう

野添准教授の主張には軍事的な合理性も有る。沖縄の海兵隊の主力部隊である31海兵遠征部隊は2000人が沖縄本島中部のキャンプ・ハンセン基地に駐屯しているが、部隊が活動する際は、佐世保を母港としている強襲揚陸艦に乗り込む。私は何度かこの部隊に密着したことが有るが、その際は艦を沖縄県勝連町のホワイトビーチに接岸させて、そこに乗り込むことになる。

31海兵遠征部隊を取材する筆者(2015年)
31海兵遠征部隊を取材する筆者(2015年)

多くの人は、普天間基地のオスプレイが海兵隊員を洋上の強襲揚陸艦に運ぶと考えているが、それでは活動するための物資を十分に持ち込むことはできない。つまり航空部隊は強襲揚陸艦の母港である佐世保の近くに駐屯しても活動は可能なのだ。勿論、日常の訓練などを考えれば、航空部隊は海兵遠征部隊の近くにあることが望ましいとなるだろう。しかしそのための施設なら実はキャンプ・ハンセン内に設置することは可能だ。辺野古を埋め立てて滑走路を新たに作る必要はない。

前述の那覇軍港のケースを思い出して欲しい。日本政府がどこまでもアメリカ軍の主張を飲むという姿勢を維持していると、基地を抱える自治体の負担は軽減できない。要望は次から次に出てくるからだ。

普天間基地が固定化という脅し

県民投票の結果を受けて玉城知事は、「普天間基地の問題を安全保障の観点から全国民で考えて欲しい」と述べた。これはまさに、今後、本格的に県外移設を求めていくことの意思の表明だろう。

これに対して、「辺野古移設ができなければ普天間基地は固定化することになり、そうすれば困るのは知事であり、沖縄県民だ」という脅し文句が有る。それに近いことを菅官房長官は発言している。しかしこれは、実は政府自らを脅しているような発言だということに、そろそろ気が付いた方が良い。

翁長知事が病死した直後、前出の県幹部が次の様に語ったことがある。

普天間基地が固定化しても辺野古に新基地は作らせないと我々が言いだした時のことを本気で政府は考えた方が良い。そしてある日、オスプレイが落ち、場合によっては県民に犠牲者が出るかもしれない。その時、政府は、『沖縄県民の判断が事故を招いた』と言えるだろうか?逆だろう。沖縄県民の怒りは最高潮に達する。そうなれば、日米安保体制そのものが揺らぐことになる」

嘉手納基地 4000メートル級の滑走路を備えた東アジア最大のアメリカ軍基地
嘉手納基地 4000メートル級の滑走路を備えた東アジア最大のアメリカ軍基地

人間の鎖」という言葉をご存じだろうか。沖縄では昔から語り継がれている反基地闘争の手法で、人が手をつないでアメリカ軍基地の周囲を囲むというものだ。鎖が包囲すれば巨大な嘉手納基地と言えども機能麻痺に陥る。それは同時に、日米安保体制が麻痺することを意味する。

それを知っていた歴代の自民党政権は沖縄に真摯に向き合ってきた。安倍政権はどうするのか?賽は既に投げられている。

※写真の撮影は立岩陽一郎※

【この記事は、Yahoo!ニュース個人の企画支援記事です。オーサーが発案した企画について、編集部が一定の基準に基づく審査の上、取材費などを一部負担しているものです。この活動は個人の発信者をサポート・応援する目的で行っています。】

InFact編集長

InFact編集長。アメリカン大学(米ワシントンDC)フェロー。1991年一橋大学卒業。放送大学大学院修士課程修了。NHKでテヘラン特派員、社会部記者、国際放送局デスクに従事し、政府が随意契約を恣意的に使っている実態を暴き随意契約原則禁止のきっかけを作ったほか、大阪の印刷会社で化学物質を原因とした胆管癌被害が発生していることをスクープ。「パナマ文書」取材に中心的に関わった後にNHKを退職。著書に「コロナの時代を生きるためのファクトチェック」、「NHK記者がNHKを取材した」、「ファクトチェック・ニッポン」、「トランプ王国の素顔」など多数。日刊ゲンダイにコラムを連載中。

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