今後、トランプ大統領の政策は「アメリカ第一」ではなく「オレサマ第一」になるとの懸念
アメリカ中間選挙の直後、トランプ大統領は元々盟友であったセッションズ司法長官を解任した。ロシア疑惑に対するFBIの捜査を統制することを目的に、捜査を監督する立場である司法長官にセッションズ氏を選んだとみられるが、セッションズ氏自身も駐米ロシア大使と接触していたことが判明し、捜査に一切関与しないことを明言してしまっていたためだ。捜査を止めるために司法長官を変えるという手段に出たトランプ大統領。「アメリカ第一」を掲げるが、今後は保身のための、こうした「オレサマ第一」政策を強行するのではないかとの指摘も出始めた。
選挙翌日にホワイトハウス前でデモ
「トランプ大統領は法を超越した存在ではない」
中間選挙翌日の11月7日の夕方、ホワイトハウスの前に人々が集まっていた。かなりの数だ。お手製のプラカードを持った人もいる。その1つに、そう書いてあった。
「resist(抵抗)」と書いたものや、「事実は解任できない」と言った言葉が書かれたものも。はるか先の壇上で、男性がマイクを握って語った。
「我々はジェフ・セッションズの判断に何一つ、共感しなかった。人権に対する発言、移民への対応・・・」
「しかし」、と続いた。
「彼が特別検察官の捜査に関与しなかったこと。それだけは我々は評価していた」
見る見るうちに数百人規模に膨れ上がった集会は、トランプ大統領がその日に行ったセッションズ司法長官の解任に抗議するものだった。
隣にいた年配の女性に話しかけると、強い口調でこう言った。
「これは明らかな捜査妨害よ。こんなことを許したらいけない。私たちはこの大統領を止めなければいけない」
若い男性がいたので話を聞いた。ニール・ナッシュさん。大学に入ったばかりの18歳は、いささか緊張した面持ちでこう話した。
「本当にショックだ。こんなことを許していたらアメリカはもうアメリカではなくなると思う」
彼はペンシルベニアの片田舎の出身だった。
「周囲はみな、トランプの支持者です。友人も皆、トランプを支持しています。でも、みんな事実を知らないし、知ろうともしていない。空気のような支持です。議論もできません。『トランプが言っていることは正しい、ピリオッド(以上)』。そんな状況が怖い」
司法長官の解任
司法長官の解任は当然ながらアメリカ社会に衝撃を与えている。司法長官は極めて強い権限をもった閣僚だ。失礼ながら、日本の法務大臣とは格が違う。法律に絡むあらゆる社会事象に関わっている他、最強の捜査機関とも称されるFBIも指揮下に置く。
トランプ大統領がそのポストに選んだセッションズ氏はトランプ大統領を最初に支持した共和党の議員だった。言わば盟友であり、就任前からロシア疑惑を抱えていたトランプ氏にとって、このセッションズ氏を司法長官にすることは、FBIによる捜査を事実上潰すためだったことは容易に想像できた。
ところが、トランプ大統領の思惑は外れる。このセッションズ氏自身も駐米ロシア大使と接触していたことを隠していたことが明るみに出て、捜査に一切関与しないことを明言してしまったからだ。トランプ大統領はその後、FBI長官を解任するが、それが逆に更に手強いロバート・モラー特別検察官の就任を招くという誤算が続く。
集会でも、「モラー特別検察官を守れ」という言葉が飛び交っていた。モラー氏はトランプ大統領の元側近らを相次いで起訴。加えて事実上の司法取引で捜査への協力を約束させている。トランプ大統領にとっては、捜査を止める最後の手段が、特別検察官を指揮できる司法長官を挿げ替えることだった。
しかし、実際にそれが中間選挙の翌日に行われた時、首都ワシントンにいた私には、本当に街に衝撃が走ったように感じられた。
「追及は止まらない」
そのニュースが流れた時、私はホワイトハウス近くにあるオンライン・メディア「マザー・ジョーンズ」のワシントン支局にいた。ロシア疑惑の端緒をかなり早い段階で報じていたこのメディアは、一連の大統領追及報道で2017年の全米雑誌大賞を受賞している。
その陣頭指揮に立つワシントン支局のデビッド・コーン支局長は、衝撃を押し殺すように言った。
「司法長官を辞めさせたところで、追及は止まらない」
40年以上、アメリカの政界の裏事情を取材してきたコーン支局長は、一息ついた後、次のように話した。
「モラー特別検察官は何も語らない。我々にも何も語っていない。だからトランプは恐れているわけだ」
そして、今回の選挙結果が大きいと話した。
「今度の選挙で下院の委員会は民主党がおさえることになった。下院は、行政府に対して、トランプとその一族に関わる疑惑について関係書類の提出を求めることができる。また、関係者の証人喚問もできる。それは、これまでのような『お願いベース』ではもうない。委員会から指示が出せる。これは大きい」
その際、焦点になる書類がある。
「焦点は、トランプが頑なに開示を拒否しているタックスリターンだ。民主党は、これの提出をIRS=内国歳入庁に求める。」
焦点となるタックスリターン
タックスリターンとは日本で言う納税書類だ。規則ではないが、歴代の大統領は自ら開示してきている。コーン氏の言ったIRSとは、日本の国税庁にあたる。ところがトランプは開示を頑なに拒否している。記者会見で記者に問われると、「そんなものに関心があるのは記者くらいだ」と言い放っている。その後、世論調査でも多くの人が開示を求めているとなると、「現在、IRSの調査を受けているので開示できない」と言って拒否している。しかし、実際にはそうした調査は行われていないようだ。
なぜこのタックスリターンが焦点なのか。それは、この書類にトランプ大統領の所得や資産内容が記載されているからだ。特に注目されているのが借入だと言われている。
これは、コーン支局長の片腕のラス・チョーマ記者が語ってくれた。
「例えば、トランプ大統領は過去、何度もビジネスに失敗している。事業の倒産は6度を数える。実際に、トランプはあまりビジネスで成功していない。ところが、ホテルをオープンさせ、ゴルフ場を買収するなど、常に新たな事業に着手している。当然、誰が支援しているのかが、我々の関心はそこに行く」
私自身、ワシントンDCにいた時、ホワイトハウスの近くにトランプ氏がオープンしたトランプ・インターナショナル・ホテルを調べたことがある。情報開示を求めて得た資料を読むと、このホテルのオープンにかかる費用は全てドイツ銀行からの融資で賄われていることがわかった。60年間で返済する契約で、返済が滞ればドイツ銀行のものとなることになっている。
実は、トランプ大統領は多くの事業でこのドイツ銀行から融資を受けていることが指摘されている。問題は、事業の成功例の乏しいトランプ氏に、なぜドイツ銀行が多額の融資を行えたのかという点だ。
チョーマ記者は、次のように話した。
「トランプが大統領になるだろうとの見立てで融資していたとしたら、それはそれで問題だが、ドイツ銀行が、トランプが大統領になると思って先行投資をしていたとは思えない。私は、どこかの国や機関が融資の際の信用保証を行った可能性が高いと見ている」
それは国なのか、国の機関なのか、それとも、ある国の有力者なのか。チョーマ記者は「これ以上は憶測なので言えない」と話しつつ、「そこがトランプ大統領の疑惑の核心だ」と話した。
因みに、ドイツ銀行は不正融資などの疑いで現在、アメリカの司法省の調査を受けている。言うまでもなく、大統領がこの調査に介入するような動きがあれば、それもまた新たな問題となる。
「悪いが、話すと命が危なくなる」
このタックスリターンの話をきく中で、妙な話を耳にした。昔から付き合いのあるアメリカの公共放送NPRの記者とレストランで話をしていた時のことだ。
「トランプ大統領のタックスリターンの中には、サウジアラビアの関係も出てくるんじゃないか?」
そう水を向けた時のことだ。冷静な彼が、両腕で声のトーンを抑えるよう示していった。
「サウジの話は今、ワシントンの記者の間ではしないことになっている」
私が怪訝そうな顔で彼の顔を見ると、次のように言った。
「悪いが、話すと命が危なくなるからだ」
その表情は真剣だった。私は状況を察して話題をロシアの疑惑に戻した。
今後について希望を見出す要素はない
ワシントンDCでの取材最後の日となった11月9日、ワシントン・ポスト社を訪ねた。大ベテランのロバート・バーンズ記者に会うためだ。
40年余りの記者生活のほとんどをワシントン・ポスト紙の記者として、この国の首都を見続けてきた。オバマ大統領時代には政治担当のデスクだった。今は本人の希望で、記者として現場に復帰している。ワシントン・ポスト紙に数人しかいない定年の無い名物記者の1人だ。
常に冷静なバーンズ記者は、トランプ大統領の就任直後の2017年2月に話をきいた際、「大統領が交代する時はいつも多少の混乱が有るものだ」と話し、トランプ政権の混乱した状況に一定の理解を示していた。しかし、それから2年が経って、バーンズ記者の見方は厳しいものになっていた。
「この政権はやはり異常です。特に、国民の間に分断を煽っている点が問題でしょう。大統領は支持者だけの大統領ではない。その点で、この政権はこれまでのどの政権とも異なると感じています」
この選挙でも、トランプ大統領は分断を煽るような発言に終始した。選挙後に国民に融和を呼び掛けることもなかった。バーンズ記者に、今後のアメリカに対して、楽観視できる点はあるのか尋ねてみた。
「残念ながら、今後について希望を見出す要素を見つけることはできません。将来、そういう時期を持たねばなりませんが、この大統領では難しいでしょう」
「アメリカ第一」から「オレサマ第一」へ
大統領制度の問題などについての著書が多数あるアメリカン大学のチャールズ・ルイス教授は、アメリカの歴史に残る過去の事件との類似性を語った。
「状況がウォーターゲート事件の時に似てきました」
1974年にニクソン大統領が辞任したきっかけとなったウォーターゲート事件だ。この時、当時のニクソン大統領は司法長官と、事件を捜査していた独立検察官(モラー特別検察官とは異なる)を解任している。これが週末に一気に行われたので、今でも「土曜の惨劇」としてアメリカの人々に記憶されている。
「捜査の責任者を解任して更に司法長官を解任する。こうしたことが、大統領の辞任につながった過去を思い知るべきです」
そしてこう加えた。
「ニクソンは多くの批判を受けて辞任しましたが、彼には政策が有った・・・勿論、その是非はともかくですが。しかしトランプ大統領には政策が有るのか?それも疑わしい」
今後のトランプ政権の政策は、保身のためのものになると断じた。
「大統領に対する捜査に加えて、下院でも大統領の疑惑への調査が始まります。トランプ大統領の頭からは、常にこのことが離れないでしょう。つまり、大統領は他のどの政策よりも自分を守ることに力を注ぐことになる。そういう政権の政策が何をもたらすのか。懸念せざるを得ません」
そしてルイスは、「America First」ではなく、「Me First」になるだろうと言った。「アメリカ第一」ではなく、「オレサマ第一」ということだ。それが今後のトランプの政策になるという。
1974年、ニクソン大統領は、議会が弾劾の手続きに入る構えを見せた段階で潔く大統領職を離れた。
「トランプ大統領にもそれを期待したい。これ以上、アメリカ、世界を混乱させるのはやめてもらいたい」
共和党支持者の子供として育ったルイス教授は厳しい表情でそう言った。
わが身を守ることに汲々とする大統領。そこから出てくる政策はルイス教授の言葉を借りれば、「予測不可能」だ。既に欧州の各国は、この大統領に対して是々非々の対応をとっているよう見える。トランプ政権との密接さを「売り」にしている日本は、そろそろ本気で立ち位置を考え直すべきだろう。
(写真撮影:立岩陽一郎)
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