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事実より情宣?トランプ政権の広報戦略

立岩陽一郎InFact編集長
就任式後の祝賀会で夫人と踊るトランプ大統領(写真:ロイター/アフロ)

様々な問題を抱えつつトランプ新政権がスタートした米国。トランプ大統領は就任式翌日からCIAを訪れるなど執務を開始。その際、「就任式には実際にはどう見ても150万人くらい来ていた」として、マスコミが不当に数字を低く伝えていると批判した。

就任式への参加者数について米各社は90万人程度と報じているが、これは首都ワシントンの警備当局がホテルの宿泊数や交通機関の利用状況から割り出した数字に基づいている。従ってマスコミが勝手に出した数字ではないのだが、そのほかに現場で記者がツイートでもっと少ない数字の見立てを出したりしたことが我慢ならないらしい。

その不満は、ホワイトハウスのショーン・スパイサー報道官の最初の会見で更に強調された。月曜日の定例会見を待たずに行われた会見で、スパイサー報道官は次の様に語った。

「就任式の参加者を不当に低く報じるマスコミは恥ずべき行為であり誤りだ。就任式の参加者は過去にない規模だった。以上。」

その際に、次の様な根拠を示している。

「オバマ大統領の前回の就任式の時は地下鉄の利用者は31万7000人だったが、きのう(20日の就任式)では42万人が利用した」

つまり地下鉄の利用者の多かったトランプ大統領の就任式の方が、少なくとも4年前の二期目のオバマ大統領の就任式よりも参加者数は多い筈だということだ。

しかし、ここには数字の間違いがあるとCNNは指摘している。CNNが地下鉄当局に確認したところ、オバマ大統領の時の31万7000人というのは午前11時現在の数字で、その日の地下鉄の利用客数はその倍以上の78万2000人だったという。

実は、就任式の参加者数については公式な数字はない。首都の警備当局が上記のような情報から積み上げた数字が有るだけだ。8年前のオバマ大統領の時の就任式は倍の180万人だったとされる。その時、軍楽隊の一員として式に参加したトッド・ボールドウィンさんは会場前に広がるナショナル・モールの端にあるリンカーン・メモリアルまで人で埋まったと記憶している。

「凄い人の波だった。何度も式には出ているが、あんなに大勢の人で広場が埋まったことはない」

去年退役したボールドウィンさんは今回の就任式にも足を運んでいる。

「今回はその規模に遥かに及ばない。ちょうど、真ん中あたりにワシントンモニュメントが有るんだが、そこまでも人は埋まっていなかった」

スパイシー報道官のクレームを受けて各メディアが当時の写真などを検証。各社、その結果、ワシントンモニュメントより手前で人の姿は途絶えていると報じている。素直に考えれば、オバマ大統領の一期目の時の半分もいなかった可能性すら考えられる。

もっともトランプ大統領にせよ、スパイシー報道官にせよ、事実がどうかはあまり関係ないのかもしれない。

米雑誌社のベテラン記者が話す。

「彼らにとって事実よりも、重要なことはマスコミを批判し続けること。それが保守派の一部の人々には極めて有効に働くことを彼らは知っているんだよ」

事実よりも情宣。どうやらトランプ政権の広報戦術はそれに尽きるのかもしれない。

InFact編集長

InFact編集長。アメリカン大学(米ワシントンDC)フェロー。1991年一橋大学卒業。放送大学大学院修士課程修了。NHKでテヘラン特派員、社会部記者、国際放送局デスクに従事し、政府が随意契約を恣意的に使っている実態を暴き随意契約原則禁止のきっかけを作ったほか、大阪の印刷会社で化学物質を原因とした胆管癌被害が発生していることをスクープ。「パナマ文書」取材に中心的に関わった後にNHKを退職。著書に「コロナの時代を生きるためのファクトチェック」、「NHK記者がNHKを取材した」、「ファクトチェック・ニッポン」、「トランプ王国の素顔」など多数。日刊ゲンダイにコラムを連載中。

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