トランプ政権誕生間近の米首都でジャーナリストの追悼式
少数者への差別的な発言やマスコミへの批判を繰り返しながらも間もなく米国の第45代大統領に就任するドナルド・トランプ氏。今、米国ではその現象をもってメディアの危機とも言われている。その米国の首都で、1人のジャーナリストを偲ぶ会が開かれた。参加者からは、その死を胸に、あらためてジャーナリストの力が試されているとの思いが語られた。
首都ワシントンにあるアメリカン大学。トランプ大統領の誕生を間近に控えた1月12日、ここに全米の著名なジャーナリストが集まった。
ワシントン・ポスト紙や公共放送PBSをはじめとする、新聞、テレビ、それにネットメディアからも含めて100人ほどが参加。何れもジャーナリストが自らの力で問題を掘り下げる調査報道をライフワークとしてきた面々だ。
彼らは、去年12月に64歳で癌のために亡くなったデビッド・ドナルド氏を偲ぶ目的で全米から集まった。
ドナルド氏は調査報道にデータ処理の技術を持ち込んで数々の成果を挙げたことで知られる。特に知られているのが、リーマンショックの震源地とされる米国の金融機関のずさんな融資の実態を調べたスクープだ。コンピューターを使って2テラバイトに及んだデータを処理して、その最も問題とされるべき金融機関を特定した。
また、去年世界中に衝撃を与えた「パナマ文書」の報道の基礎となった大量の情報を処理する方法をアドバイスしたのもドナルド氏だ。
ドナルド氏はジャーナリストとしては変わった経歴を持っていた。大学では英文学を学び、まずは英語の教師になる。しかしジャーナリズムへの思いを持ち続けていたということで、40歳になり結婚して子供を抱えた状態で教師を辞めて、大学院でジャーナリズムを学び始めたのだという。
そして地方紙で記者を始め、まだ普及して間もなかったコンピューターのデータ処理技術を取材の現場に持ち込む。最初は同僚からいぶかしがられたドナルド氏の行動だったが、徐々に成果を出し始める。その成果が発揮されたのは調査報道NPOの老舗Center for Public Integrityに移ってから。前述の金融機関など数々のスクープを連発している。
調査報道よりも当局取材が盛んな日本では、当然、彼の名前を知る人間は極めて限られているだろう。しかし、データ処理を利用して埋もれた事実を見つけ出す調査報道が活発に行われている欧米では、彼に教えを受けたジャーナリストは多い。
ワシントン・ポスト紙はドナルド氏の死を悼んで特集記事を出した。その中で、ドナルド氏を、「コンピューターを使った調査報道の伝道師」と讃えている。全米は勿論、世界各国で開かれるジャーナリストの会議に参加し、データ処理の技術を伝授し続けたドナルド氏だけに、「伝道師」の称号はふさわしい。
私自身、何度か彼のセミナーに参加したことがあるが、老若男女、国籍を問わず、多くのジャーナリストが熱心に彼の説明に聞き入っていた。私の限られた英語力とコンピューターへの理解力から、残念ながら私にはその多くが理解できなかった。しかし、調査報道が革命的に変化していることを実感させてくれた。
アメリカン大学での会に話を戻そう。出席者からは、乱れた髪に太いフレームの眼鏡という科学者のような出で立ちと赤ワインを好んだ生前のドナルド氏について心温まるエピソードが語られた。しかし、その誰もが共有していたのは、今月中にも誕生する新大統領への懸念だった。
金融機関取材の時にドナルド氏の上司だったビル・ビューゼンバーグ氏は、「こういう時期にドナルドを失うのは大きい。我々ジャーナリストは次の大統領とロシアとの関係などはしっかりと調査報道しなければならない。ジャーナリストの力が試されていると思う」と話した。
会を主催したのはアメリカン大学でドナルド氏の同僚だったチャールズ・ルイス氏。ドナルド氏の健康上の異変に最初に気付いたのはルイス氏だったという。しかし癌は既に進行しており、手の施しようがなかったという。自ら数々の調査報道を手掛けてきたルイス氏は次の様に語った。
「彼は私の親友であり、データを駆使したジャーナリストとしては彼の右に出る者はいないだろう。心から彼の死を悼みたい。彼とはまさにかつてない規模でデータ処理を実施した調査報道を手掛けようとしていた矢先で、本当に失ったものは大きい」
そして続けた。
「しかし我々はドナルドの功績、素晴らしい人柄をただ偲ぶだけでなく、彼が実践してきたものを更に前に進めていかなければならない。なぜなら我々は今、近年にない民主主義の危機的な状況にいるのだから」