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バイデン政権の拙劣外交で米国の覇権消滅は時間の問題だ

田中良紹ジャーナリスト

フーテン老人世直し録(719)

神無月某日

 ウクライナ戦争が長期化の様相を見せる中、世界の火薬庫と言われた中東で7日、イスラム組織ハマスがイスラエルに大規模な奇襲攻撃を仕掛け、中東でも戦争が勃発した。

 ハマスの目的は、米国のバイデン政権が仲介したサウジアラビアとイスラエルの国交正常化交渉に対する妨害と見られ、アラブの盟主サウジアラビアとイスラエルの和解を大統領選挙用の外交成果にしようとしたバイデン大統領の構想には狂いが出た。

 そして9日、民主党から大統領選挙に立候補を表明していたロバート・ケネディ・ジュニア氏が、民主党ではなく無所属で出馬すると表明した。これで来年の大統領選挙は民主党対共和党ではなく、三つ巴の戦いとなる。

 今月5日に行われたロイターの世論調査では、その場合ロバート・ケネディ・ジュニアが14%の支持を獲得し、バイデン候補は31%、トランプ候補が33%、投票に行かないが9%、まだ決めていないは13%になるという結果が出た。

 故ケネディ大統領の甥にあたるロバート・ケネディ・ジュニアが独立系で立候補すれば、共和党支持者より民主党支持者から多く票を集める可能性がある。バイデンにとって不利な情勢になることは間違いない。

 それでもバイデンは出馬するのだろうか。フーテンは以前からバイデンの大統領再選を疑問視してきたが、ウクライナ戦争の長期化、ハマスとイスラエルとの戦争、そしてロバート・ケネディ・ジュニアの無所属出馬を見て、その思いをますます強くした。

 今回のハマスの攻撃は、50年前の1973年に起きた第四次中東戦争に匹敵すると言われる。第四次中東戦争はイスラエルで最も神聖な日とされる10月6日にアラブ側が攻撃に踏み切り、それまで連戦連敗だったアラブ側が初めてイスラエルに一矢報いた。1日違いの7日に始まった今回のハマスの攻撃はそれを意識したものと思われる。

 ハマスはイスラエル領内に数千発のロケット弾を撃ち込み、千人近くを死亡させ、百人を超す人質を奪ったと言われる。その戦争計画を世界最強と言われるイスラエル諜報機関も同盟国の米国も事前に把握することができなかった。

 米国のウォール・ストリート・ジャーナル紙は、この計画にイランの革命防衛隊が関与したと報じたが、イランは否定し、イスラエル側もその証拠を掴んでいない。そうした中で英米仏独伊の5カ国とウクライナはイスラエル支持を表明、イランはハマスを称賛した。そして中国、ロシア、サウジアラビア、トルコは中立的立場で即時停戦を主張している。

 今年3月には中国が仲介してサウジアラビアとイランが歴史的な国交正常化に合意した。それは両国の対立が周辺国を巻き込み「代理戦争」の様相を呈してきた根本要因を取り除き、中東地域に平和と安定をもたらすと期待された。

 同時にそれが米国の知らないところで行われたことに世界は強い衝撃を受けた。米国のネオコン(新保守主義)が主導した「テロとの戦い」が、中東地域における米国の信用を完膚なきまでに失墜させた現実を思い知らされたからだ。

 そして米国に代わり中国とロシアが中東での影響力を強めている現実も知ることになった。一方でイラン敵視を続けてきたイスラエルは沈黙を守った。ネタニヤフ政権が強行しようとする司法制度改革で国内の反対運動が激化し、それどころではない状況が生まれていたからである。

 その反対運動に火をつけたのは米国のネオコンという説がある。世界を「民主主義で統一」しようとするネオコンは、「アラブの春」と呼ばれる民主化運動をアラブ世界で引き起こし、欧州ではウクライナやグルジアで「カラー革命」を展開し、現在のウクライナ戦争に至る下地を作った。

 それがイスラエルで右派のネタニヤフ政権に対する反対運動にも火をつけたというのだ。そのためバイデン政権はネタニヤフ政権に冷淡な態度を示し、対抗上ネタニヤフ首相は米国ではなく中国に接近する姿勢を見せた。

 ウクライナ戦争でゼレンスキー大統領が最も欲しがった兵器はイスラエル製の「アイアンドーム」という防空システムである。しかしイスラエルはその要求に全く答えず、ウクライナ戦争では同盟関係にある米国と一線を画した。

 一方で米国のトランプ前政権はイスラエルと良好な関係を築き、アラブ首長国連邦やバーレーンとイスラエルの国交正常化を主導した。「アブラハム合意」と呼ばれる。それは各国から「パレスチナ問題の解決にも努力する」という条件付きで歓迎された。

 トランプ前政権による「アブラハム合意」があり、ロシアのプーチン体制弱体化を狙ったウクライナ戦争が長期化の様相を見せる中で、バイデン大統領が大統領再選を狙うためには「アブラハム合意」を超える外交的成果が必要だった。それがサウジアラビアとイスラエルの国交正常化に他ならない。

 中国の仲介でイランと歴史的合意を果たしたサウジアラビアは、バイデン政権が仲介するイスラエルとの国交正常化にも前向きな姿勢を示した。しかしその条件としてサウジが要求した内容には問題がある。バイデンが本気で飲むつもりだったのかフーテンは疑問を感じた。

 要求は3つだ。1つは米国がサウジの安全を保障すること。2つ目は米国の新型兵器を提供すること。3つ目はサウジが原発を建設し、ウラン濃縮作業を米国が認めることだ。問題は3つ目である。これを米国が認めれば、イランに対して課している経済制裁と整合性がとれなくなる。

 米国はイランのウラン濃縮作業を核兵器開発とみて経済制裁の対象にした。しかしサウジのウラン濃縮を認めれば、イランを経済制裁の対象にする理屈が成り立たなくなる。あるいは米国がサウジにもイランにも核兵器開発を認めることになりかねない。

 ところが先月の国連総会演説でイスラエルのネタニヤフ首相は、サウジアラビアとの国交正常化が近づいていると表明した。パレスチナ自治政府のアッバース議長が「パレスチナ国家の誕生なしに平和の実現はあり得ない」と訴えたにもかかわらず、24年の年が明ければ正常化合意の発表が行われる見通しであることを鮮明にした。

 その矢先にハマスによる大規模奇襲攻撃が起きた。これで正常化交渉は吹き飛び、バイデン政権下で交渉が再開されることはあり得ないとフーテンは思う。そう考えて振り返れば、バイデン外交は拙劣の連続だった。

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ジャーナリスト

1969年TBS入社。ドキュメンタリー・ディレクターや放送記者としてロッキード事件、田中角栄、日米摩擦などを取材。90年 米国の政治専門テレビC-SPANの配給権を取得。日本に米議会情報を紹介しながら国会の映像公開を提案。98年CS放送で「国会TV」を開局。07年退職し現在はブログ執筆と政治塾を主宰■オンライン「田中塾」の次回日時:5月26日(日)午後3時から4時半まで。パソコンかスマホでご覧いただけます。世界と日本の政治の動きを講義し、皆様からの質問を受け付けます。参加ご希望の方は https://bit.ly/2WUhRgg までお申し込みください。

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