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「ネオコン」と「英米本位の平和主義」と「経済制裁」が浮き彫りにする世界

田中良紹ジャーナリスト

フーテン老人世直し録(644)

卯月某日

 フーテンは4月21日に「ウクライナ戦争はプーチンとウクライナの戦いではなく、プーチンとネオコンの戦いではないか」というブログを書いた。すると24日に書かれた遠藤誉筑波大学名誉教授のブログの中に「アメリカのネオコンたちがロシアを強烈な敵に仕上げていった」という記述を目にした。フーテンと同様の見方である。

 遠藤氏は、ウクライナ戦争の停戦仲介国トルコのチャヴシュオール外相が20日にCNNのインタビューに答え、「4月7日に行われたNATO外相会談でいくつかのNATO加盟国が戦争を長引かせてロシアを弱体化させることを望んでいる印象を受けた」と発言したことをブログに書いた。

 「いくつかのNATO加盟国」を遠藤氏は、米国と明示したくないため複数形にしたか、あるいは米国と英国の2カ国と見ているが、かねてから「アメリカはウクライナ戦争を終わらせたくない」と主張してきた遠藤氏は、その理由を次のように述べる。

 そもそもNATOは東西冷戦によって旧ソ連に対抗するために作られた。旧ソ連が崩壊した後は不要のはずだが、NATOはひたすら「東方拡大」の方向にしか動いていない。トランプ前大統領は「NATOは要らない」と選挙中から主張しNATOを解散させようとしたが、バイデン大統領はなんとしてもNATOを拡大したい強烈な意志を持つ。

 NATOがなければ欧州における米国の存在価値がなくなるからだ。NATOを強大化するにはNATOが共通に脅威を感じる敵がいなければならない。米国のネオコンたちはロシアを強烈な敵に仕上げていった。

 もともと中立化を望んでいたウクライナ国民に、「NATO加盟」を呼びかけ煽っていたのが副大統領時代のバイデンだ。実はウクライナ国民は2008年にブッシュ(子)大統領がウクライナを訪問しNATO加盟を奨励した時には抗議のデモを起こしていた。

 しかし2014年に起きた親露派政権打倒クーデターは、米国がやらせたことをオバマ大統領が認めているように、ネオコンはウクライナにロシア離れを起こさせることに成功した。そしてバイデンは副大統領時代に6回もウクライナを訪れ、米国の言いなりになる政権を樹立したのである。

 さらにプーチンにウクライナ攻撃をさせるべく、バイデンはウクライナに「NATO加盟」を働きかけ、その結果、ついにロシアの軍事侵攻が始まった。こうしてウクライナ国民は悲惨な状況に追い込まれることになった。

 中国の習近平国家主席は侵攻の翌日にプーチンに電話をかけ、話し合いでの解決を直接要望した。ところがその日に米国務省のプライス報道官は、「ロシア軍の完全撤退がない限り停戦交渉は現実的でない」と言って停戦交渉を阻止した。それでもトルコは停戦の仲介役を買って出たが、外相が言うように米国は戦争を長引かせようとしている。

 ウクライナの悲劇を終わらせるには、一刻も早い停戦を実現させることだが、米国が長引かせようとしているとなると、戦争がないと困る米国の戦争ビジネスを支える軍産複合体に、日本の一般庶民も目を向ける必要があると遠藤氏はブログを結んでいる。

 しかし日本の新聞・テレビが米英発の情報、それもネオコンの影響下に置かれた情報で埋め尽くされている現状では、それはなかなか難しい。ネオコンは軍事力を使って民主主義を世界に広めることを使命と考える思想集団だから、戦争を「善と悪」の二項対立にする。

 そして善を助けて悪を打倒するには、ヒューマニズムに訴える手法を使う。そのため罪もない子供や女性、年寄り、動物などが虐待されている映像を発信して庶民の感情に訴え、悪を倒す戦争を必要と思わせ、その背後に戦争ビジネスがあることを見えなくする。

 そのヒューマニズムに訴える情報が、実は「やらせ」だったり「捏造」であることが戦争終了後に暴露されるのだが、戦争中には誰もそれを暴露することができない。暴露すれば悪の味方として抹殺される。それをフーテンは湾岸戦争、アフガン戦争、イラク戦争で見てきた。

 『週刊新潮』でコラムを執筆している片山杜秀氏は、今週号に第一次世界大戦直後の大正7年に近衛文麿(後の首相)が書いた「英米本位の平和主義を排す」という時論を紹介している。

 近衛は言う。「勝利者の英米は講和会議を前にいつものお題目を唱えている。民主主義と人道主義と平和主義。あるいは自由と平等だ。それらは人類普遍の諸原則。守護神は英米。彼らはそう主張してやまない。

 ところがそこに野蛮国が挑戦した。ドイツである。専制主義と軍国主義を奉じ、実力による国際秩序の変更を厭わず、毒ガスを使い、一般市民までも殺戮し、潜水艦で貨客船さえ沈める。今度の大戦は明らかに善と悪との戦い。ドイツは人類の敵。犯罪者だ!

 確かに民主や平和は尊い。だが、英米は本当にその象徴なのか。英国は世界の海を制し、広大な植民地を食い物にして、余裕ある本国の暮らしを実現してきた。米国はというと、新大陸を占拠し、豊富な天然資源と移民による十二分の人口を得て、旧世界を生産力・資本力で圧倒しようとしている。

 英米はいずれも圧倒的な勝ち組だ。彼らは自国の版図については既に足るものを有しているので現状の変更を望まず、一方、市場については一層の拡大を望んでいる。その欲望を『平和的』な手段で追及できるアドバンテージを英米はたっぷりと有している。英米人の平和は自己に都合よき現状維持にして之に人道の美名を冠したるもの」。

 片山氏は、「英米本位の平和主義を排す」を書いた近衛が後に首相になって、英米と戦争を起こす当事者になったことには意味があると言い、第一次大戦のドイツ以上の敗北を喫した日本は、その経験から今回の戦争についても、平和のための発信があって然るべきではないかと主張する。

 しかしバイデン政権につき従うしか選択肢のない岸田政権にとって、米国が戦争を終わらせたくないのなら、平和に向けた発信など期待すべくもない。しかも今回の戦争が浮き彫りにしたのは世界の中で優位の地位にある英米の姿ではない。

 確かに英米は民主主義と自由主義の盟主を標榜し、野蛮なやり方で力による現状変更を行うロシアのプーチンを戦争犯罪者と糾弾している。ところがロシアを攻撃するための「経済制裁」に世界の多数国家は背を向けている。そして中国の影響力が改めて認識されてきたのである。

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ジャーナリスト

1969年TBS入社。ドキュメンタリー・ディレクターや放送記者としてロッキード事件、田中角栄、日米摩擦などを取材。90年 米国の政治専門テレビC-SPANの配給権を取得。日本に米議会情報を紹介しながら国会の映像公開を提案。98年CS放送で「国会TV」を開局。07年退職し現在はブログ執筆と政治塾を主宰■オンライン「田中塾」の次回日時:5月26日(日)午後3時から4時半まで。パソコンかスマホでご覧いただけます。世界と日本の政治の動きを講義し、皆様からの質問を受け付けます。参加ご希望の方は https://bit.ly/2WUhRgg までお申し込みください。

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