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ウクライナ戦争は中国の存在感を高め第二次大戦後の国際秩序を一新するか?

田中良紹ジャーナリスト

 ロシア軍のウクライナ侵攻は国際社会のごうごうたる非難を浴びている。それはロシアのプーチン大統領が第二次世界大戦後に作られた国際連合を中心とする国際秩序を無視し、国連憲章に違反する行為を堂々と行ったからだ。

 従って今やプーチンは国際社会すべてを敵に回した極悪非道の人間と見られ、特に西側メディアでは連日非難の言葉が投げつけられている。ではプーチンは現代のヒトラーとも言うべき狂人なのか。

 私はプーチンの行動を支持するつもりは全くないが、しかし第二次大戦後に作られた国際秩序が果たして永遠に正しいのか、その国際秩序に歪みが生じてきていないのかを考えると、必ずしもそれが永続するとは思っていない。

 ウクライナ戦争は限定的な核使用の可能性があり、また世界経済を混乱の極みに陥らせ、脱炭素の気候変動問題など吹き飛んでしまいかねないので、1日も早く終わらせてほしいが、しかしこれは第二次大戦後に作られた米ソによる44年間の二極対立と、その後の米国による30年間の一極支配が限界に達し、次の国際秩序を求める調整過程の始まりと見ることもできる。

 プーチンの頭の中にそれがあるかどうかは分からない。しかし冷戦が終わる直前から米国議会の議論を見てきた私の経験に照らせば、ついに来るべきものが来たという気がしなくもない。

 つまり米ソ二極による「自由主義対共産主義」のイデオロギー対立が終わり、米国が唯一の超大国として米国の価値観で世界を統一しようとしたことが、世界各地に民族主義を台頭させ、ハンチントン教授の言う「文明の衝突」を生みだした。

 それに対応するため1993年に誕生したクリントン政権は、「世界の警察官」として米国の利害とは関係ないソマリア内戦やコソボ内戦にも米軍を投入し、新型兵器を駆使して米国の考える「正義」を世界に広めようとした。

 44年間にわたる二極対立の一方の当事者だったソ連は1991年に崩壊し、ロシアを中心とする独立国家共同体となった。ロシア大統領のエリツィンはロシアが米国の「従属国」であることを公言し、米国と対立しようとはしなかったが、何よりも混乱するロシアにはその力もなかった。

 また冷戦終了時に米ソ間には、ワルシャワ条約機構は解体するがNATO軍は解体しない、その条件として旧ソ連邦の国々にまでNATOは拡大しないという口約束があった。その方針を米国が変えたのは、クリントンが2期目の大統領選挙に出馬した1996年である。

 それより前の1994年の中間選挙でクリントンは大敗した。理由は夫人のヒラリーが日本の国民皆保険制度を真似てそれを米国に導入しようとしたためである。米国民の「大きな政府」を嫌う国民性を見せられ、クリントン夫妻はすぐさま共和党の新自由主義路線に宗旨替えする。

 そして迎えた1996年大統領選挙に勝つため、クリントンはカソリック信者の多いポーランド系移民の2千万票を狙い、NATOの東方拡大を約束してポーランド、チェコ、ハンガリーをNATOに加盟させた。NATOの東方拡大はネオコンの影響を強く受けた次のブッシュ(子)政権にも引き継がれた。

 そのブッシュ(子)政権は2001年、イスラム過激派の「9・11同時多発テロ」に襲われる。私はクリントン時代に「世界の警察官」となった米国が、力で米国の価値観を押しつけたことへの反発が、「同時多発テロ」となって現れたと考えたが、ブッシュ(子)大統領は、真珠湾奇襲攻撃を行った戦前の日本が、戦争に負けると米国の忠実な従属国になったことを引き合いに、中東を日本のように民主化すると言って「テロとの戦い」を宣言した。

 当時エリツィンの後継者となったプーチンはブッシュ(子)の「テロとの戦い」に協力し、第二次NATO東方拡大のバルト三国やブルガリアなどの加盟を認め、ロシアも準加盟国になると言ってNATOと敵対的ではなかった。それが変わったのは2008年である。

 ルーマニアのブカレストで開かれたNATOの会合で、東欧諸国ではなく旧ソ連邦の一員だったウクライナとジョージア(旧グルジア)の加盟をブッシュ(子)が強く働きかけた。フランスやドイツはロシアの反発を考慮して慎重姿勢を取り「将来は承認する」と事実上の先送りを決めた。

 その直後に夏の北京五輪が開会された初日、ジョージアで内戦が勃発する。ジョージア領内の南オセチアをロシアに帰属させるかどうかの紛争で、ジョージア軍は先にロシア軍が行動を起こしたと主張するが、当時のメドヴェージェフ大統領は休暇中で、プーチン首相は北京五輪の開会式に出席中であった。プーチンはすぐに帰国し裏で米国が糸を引いていると強く批判した。

 その年の米国大統領選挙で、民主党のオバマと戦っていた共和党のマケインを勝たせるため、ブッシュ(子)が対ロ強硬派のマケインに有利な状況を作り出そうとしたとプーチンは批判したのである。

 結局、戦争はフランスの仲介で休戦となりロシア軍は撤退するが、国際的にはジョージア領とされる南オセチアとアブハジアの独立をロシアは承認し、「軍事中立地帯」としてロシア軍は残った。軍事的緊張状態は今も続いている。

 私はこの2008年の出来事がプーチンの反米姿勢を強めさせるきっかけで、それ以降の積もり積もった不満が今回の予想を超える行動に繋がったと考えている。

 一方で米ソ二極対立の終焉は中国の台頭を加速させた。主要な敵であるソ連が崩壊したことで、米国は次なる敵である日本経済との戦いに力を入れた。クリントン政権は日本の経済構造を変えさせる目的で「年次改革要望書」を日本に突きつける一方、日本をけん制するため中国と戦略的パートナーシップを結び、2001年に中国をWTO(世界貿易機関)に加盟させて中国を「世界の工場」にした。

 経済的に豊かになれば中国は民主化されるというのがクリントンの考えだったが、中国の経済力は米国の予想を上回り、また共産党の独裁権力が維持されたまま、2028年には米国を抜いて世界最大の経済大国になると見られるところにまできた。

 その一方でブッシュ(子)政権が引き起こした「テロとの戦い」は、米国を史上最長の泥沼の戦争に引きずり込み、米国にとって経済的にも軍事的にも過大な負担となる。アフガンでもイラクでも最新鋭の兵器で米国は相手を圧倒したが、そうして作られた傀儡政権に国民が従うことはなく、日本のように忠実な従属国になることなどありえない話だった。

 むしろイスラム内部の対立を激化させ、さらに過激な思想集団を生み出し、米国の中東政策は破綻していく。その過程で中東に影響力を強めたのはロシアと中国である。特にシリア内戦に介入したロシア軍は「イスラム国」掃討に力を発揮し、米国の中東に於ける影響力の弱体化とは対照的に存在感を強めた。

 軍事力の増強こそが政治力の回復につながるとプーチンが考えたとしても不思議でない。ロシアは新型兵器の開発に力を入れ、それを実戦配備するところにきた。かつて米ソ対立の時代は、欧州でも中東でもアジアでも世界は二分されていたが、米国一極支配の30年間で米国の中東に於ける影響力は失われ、一方でアジアに中国という巨大な競争相手を出現させた。

 米国は「世界の警察官」をやめざるを得ないところに追い込まれた。中東からの米軍撤退を公約に掲げて当選したオバマ大統領は、それを実践しようとしたが果たせず、それを別のやり方で実現しようとしたのが異形の大統領トランプである。

 トランプがやろうとしたことを私なりに解釈すれば、一つは主要な競争相手を中国に絞り、そのためロシアと敵対しない戦略である。かつてニクソン大統領がベトナム戦争を終わらせるため、共産中国と歴史的和解を果たして共産主義陣営に楔を打ち込んだように、トランプはプーチンと手を組もうとした。そしてその先にあるのは米、中、露の三極構造ではないかと私は考えていた。

 ところが2016年の米国大統領選挙でヒラリーを敗北させるため、ロシアのプーチン政権がトランプ陣営と組んで米民主党にサイバー攻撃を行ったというスキャンダルが明るみに出る。この「ロシアゲート」の発覚でトランプの戦略は効果を発揮することができなかった。

 トランプのもう一つの戦略は「モンロー主義への回帰」だ。「モンロー主義」とは第5代大統領ジェームズ・モンローが欧州各国に対し、相互不干渉を宣言したことを言う。スペインからの独立運動が活発になったラテン・アメリカに欧州各国が介入しようとするのを防ぎ、その代わり米国も欧州の紛争には手を出さない。つまりアメリカ大陸は米国の縄張りだと宣言したのである。

 トランプが「アメリカ第一」を叫んだ意味はそこにある。つまりこれまでのように米国は米国の価値観を世界に広めたり、軍事力で干渉したりしないが、その代わりアメリカ大陸は米国のやり方で統治する。米国はアメリカ大陸に引っ込んで力を蓄える。それには手を出すなという意味だ。

 トランプはオバマが決めたキューバとの国交正常化を反故にし、また南米の反米国家ベネズエラへの経済制裁を強めて政権転覆を図った。この時プーチンは最新鋭の軍用機をベネズエラに派遣して米国と対峙した。

 話をウクライナに戻せば、オバマ政権時代の2014年にロシアのソチで冬季五輪が開催された。それを見計らったかのようにウクライナでクーデターが起き、当時の親露派政権は打倒された。

 五輪が終わるまで身動きの取れなかったプーチンは、五輪が終わるや黒海艦隊の拠点があるクリミア半島を武力制圧し、住民投票で独立を承認させる。これは国際社会の反発を呼び、ロシアは経済制裁の対象となった。

 この時、親露派の武装集団が支配する東部地域も住民投票で独立を一方的に決めたが、その問題はフランスとドイツが中心となり、東部地域に「特別な地位」を与える条件で停戦を図る「ミンスク合意」が締結された。

 これにウクライナは不満だった。ゼレンスキー大統領は「ミンスク合意」を反故にするため米国政府に働きかけたがうまくいかず、そのための挑発なのか、昨年4月にトルコから輸入したドローンを東部地域の親露派武装勢力の偵察に使い、また爆発させるなどしてプーチン大統領を激怒させた。

 それがウクライナ国境周辺にロシア軍を集結させるきっかけになったと言われる。それを捉えてバイデン政権はプーチンが戦争を起こそうとしていると非難し、それに便乗してプーチンもかねてからの主張であるNATOの東方拡大停止を米国に要求した。

 しかしアフガン撤退で支持率を低下させたバイデンにとってロシアの要求を呑めば外交的敗北となる。また中国の台頭を抑えるためにあらゆる力を振り向けるとしてアフガン撤退を強行したバイデン政権が、軍事力を行使して戦争を抑止することもできない。

 西側世界も痛みを伴うが、経済制裁を強めて抑止する以外の方法はなくなった。問題は果たして経済制裁に効果はあるのかだが、イランも北朝鮮もあるいは南米ベネズエラも厳しい経済制裁を受けているが、それでも生き延びている。そしてそうなれば注目されるのが中国の存在だ。

 そもそも中国とロシアは仲が良いわけではない。しかし米国から最大の競争相手とされ、様々な攻撃を仕掛けられていることから中露は接近せざるを得なくなった。その一方で「一帯一路」を掲げ中国の夢を追う習近平政権にとって、NATO各国は重要な連携相手でもある。その天秤の具合を図りながら、中国は現在「台湾有事」の時の様々なシミュレーションを行っている可能性がある。

 従って積極的な立場を決して表明することなく、つまりどことも敵対的な姿勢を見せることなく、じっと情勢を窺っているように見える。そして妙な話だが中国を最大の競争相手と見る米国が、中露の提携を強化させないよう中国に頼み込まなければならない事態が到来するかもしれない。

 厳しい経済制裁が人民元を国際通貨とする経済体制の構築に繋がるかもしれず、それが専制主義世界を強化することにでもなれば、バイデンが目指す世界秩序にマイナスに作用する。

 トランプは「私が大統領だったら、戦争にはならなかった」と言ってバイデンを批判している。トランプは「民主主義対専制主義」という二極対立ではなく、米、中、露の三極構造を考えていた。二極対立は最後はどちらかが勝利して一極支配になるが、それは長く続かないことを30年間の米国一極支配が示している。

 それよりも三極ならば対立が先鋭化せず、安定した世界の構築ができる。トランプがそう考えたかどうか分からないが、パワーバランスを考えれば二極より三極が望ましい。

 バイデンは「民主主義対専制主義」を主張し、世界を二極対立と見ているが、私はロシアを徹底的に叩いても中国の台頭を許すだけで、再び二極対立が生まれると考える。それより第二次大戦後の国際秩序を見直して、ウクライナ戦争を機に三極構造を作ることが将来の世界を安定させる道ではないだろうか。

ジャーナリスト

1969年TBS入社。ドキュメンタリー・ディレクターや放送記者としてロッキード事件、田中角栄、日米摩擦などを取材。90年 米国の政治専門テレビC-SPANの配給権を取得。日本に米議会情報を紹介しながら国会の映像公開を提案。98年CS放送で「国会TV」を開局。07年退職し現在はブログ執筆と政治塾を主宰■オンライン「田中塾」の次回日時:5月26日(日)午後3時から4時半まで。パソコンかスマホでご覧いただけます。世界と日本の政治の動きを講義し、皆様からの質問を受け付けます。参加ご希望の方は https://bit.ly/2WUhRgg までお申し込みください。

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「フーテン老人は定職を持たず、組織に縛られない自由人。しかし社会の裏表を取材した長い経験があります。世の中には支配する者とされる者とがおり、支配の手段は情報操作による世論誘導です。権力を取材すればするほどメディアは情報操作に操られ、メディアには日々洗脳情報が流れます。その嘘を見抜いてみんなでこの国を学び直す。そこから世直しが始まる。それがフーテン老人の願いで、これはその実録ドキュメントです」

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