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自民党総裁選は安倍ー麻生連合と菅ー二階連合の最終戦争である

田中良紹ジャーナリスト

フーテン老人世直し録(605)

長月某日

 自民党総裁選の告示日まであと10日となった。メディアは連日その行方を追って過熱気味だ。すでに出馬を表明した岸田文雄氏、まもなく表明するとみられる河野太郎氏、出馬か不出馬かを明らかにしない石破茂氏、安倍前総理が支援を表明したことで出馬するとみられる高市早苗氏らにメディアの注目は集まる。

 しかしこの総裁選の基本は、これまで縷々書いてきたように安倍―麻生連合と菅―二階連合との最終戦争である。菅総理が総裁選への不出馬を表明したことは、安倍―麻生連合を相手に宣戦布告したというのがフーテンの見方である。

 無論、菅総理が意中の人物の名を言うことも、特定候補を応援することもしないだろう。しかしこれまでの行動から誰が意中の人物かは誰にでも分かる。派閥を持たない菅総理は議員個人の判断による自主投票を推奨する側に回るだろう。それが派閥の数の論理を強みとする安倍―麻生連合に対する武器になるからだ。

 7年8か月にわたる安倍政権は、解散の大義など関係なく、自民党に有利な時に解散を打って自民党の議席を増やし続けた。その恩恵を最も受けたのは細田派(事実上の安倍派)だ。自民党の4分の一を占める第一派閥に躍り出て、第二派閥の麻生派と足し合わせると自民党の4割となり、第四派閥の岸田派を加えると過半数を超える。

 安倍前総理がかつて岸田氏への「禅譲」を考えたのは、この数の論理が背景にある。「禅譲」ではなく総裁選をやっても、安倍―麻生連合が支援すれば間違いなく岸田政権が誕生する。それを総裁選ではなく「禅譲」にしようとしたのは、その方が力関係で安倍氏が優位に立つからだ。

 岸田氏が総裁選で勝利すれば、安倍氏に恩義はあっても支援者はあくまでも支援者である。しかし「禅譲」は安倍氏本人から権力を譲られるから一生頭が上がらない。安倍氏の言いなりになるしかなくなる。

 安倍前総理はなぜ「禅譲」を考えたか。それは岸田氏を傀儡にし、リベラル色の憲法改正をやらせ、国民に憲法改正を経験させたところで岸田氏を辞めさせ、自分が3度目の総理に返り咲き、自分のやりたい憲法改正に手を付けるためだ。

 これは麻生太郎氏が「ナチスを真似たらどうか」と講演で語ったナチスの手法の日本版である。ナチスは世界で最も民主的と言われるワイマール憲法下で権力を握り、民主主義の衣をまといながら憲法を無力化していった。

 そのために動員されたのがメディアである。メディアは国民大衆を扇動してナチスの権力強化に協力した。安倍―麻生連合が目指していたのはそういう政治である。

 しかしコロナ禍のためそのシナリオは崩れ、岸田氏への禅譲どころではなくなった。安倍前総理はコロナ対策と東京五輪開催という難事業から逃げ、病気を口実に退陣すると、岸田氏ではなく菅氏にワンポイント・リリーフをやらせることにした。

 ところが菅総理にワンポイント・リリーフの気はなく、本格的な政権作りに取り組み始める。気候変動問題とデジタル化を最重要課題とし、そこに河野太郎、小泉進次郎の若手を登用し、自民党の世代交代を促進する構えを見せた。それを二階幹事長が支えた。

 ここに安倍―麻生連合と菅―二階連合の戦争が始まる。安倍―麻生連合は菅総理続投の条件として、二階幹事長の交代と安倍―麻生連合の傀儡になることを要求する。安倍―麻生連合が恐れたのは、総選挙を菅―二階コンビに取り仕切られれば、第一派閥と第二派閥の地位が揺らぐ可能性があることだ。

 一方の岸田氏はいち早く安倍―麻生連合の要求を受け入れ、二階幹事長交代と憲法改正に取り組むことを表明した。しかし岸田氏は安倍前総理にとって好ましくない発言もしていた。

 河井克行・案里夫妻に自民党が支出した1億5千万円の説明責任を求めていたのである。この件では二階幹事長も「私は関係ない」と言い、安倍氏の関与をほのめかしている。安倍氏にとっては誠に都合が悪い。

 安倍―麻生連合は、本音では菅総理が要求を受け入れて続投することを望むと判断していたと思う。ところが菅総理は、二階幹事長交代を受け入れると、安倍―麻生連合が嫌う石破茂氏、河野太郎氏、小泉進次郎氏にスポットライトが当たる演出を見せつけ、安倍―麻生連合に対抗した。

 そしてついに菅総理が総裁選への不出馬を表明する究極の対抗策に出る。この一手で安倍―麻生連合の思惑は外れ、一気に世代交代の流れが自民党内に浮上する。世論調査では国民に対しても自民党支持者に対しても、次の総理にふさわしい1位は河野太郎氏、2位は石破茂氏、3位は岸田文雄氏である。

 1位も2位も安倍―麻生連合は受け入れられない。3位の岸田氏しか選択肢はない。しかし岸田氏には安倍氏の神経に触る発言がある。安倍氏は自分と考えの近い高市早苗氏支援を打ち出すしかなかった。

 「日本会議」のメンバーはそれに同調するだろうが、果たして自民党の党員・党友がどれだけ高市氏に投票するか見ものである。安倍前総理の7年8か月がどれほど党内に影響力を残しているかがこれで判定できる。

 高市氏が決選投票に残るとは思えないので、決選投票になれば安倍―麻生連合は岸田氏を支援する。派閥の数の論理では党内の5割を超える議員が投票するはずだが、それが今回はどうなるか分からない。総裁選挙が終わればすぐに総選挙の戦いが始まるからだ。否が応でも「選挙の顔」を考えざるを得ない。

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ジャーナリスト

1969年TBS入社。ドキュメンタリー・ディレクターや放送記者としてロッキード事件、田中角栄、日米摩擦などを取材。90年 米国の政治専門テレビC-SPANの配給権を取得。日本に米議会情報を紹介しながら国会の映像公開を提案。98年CS放送で「国会TV」を開局。07年退職し現在はブログ執筆と政治塾を主宰■オンライン「田中塾」の次回日時:5月26日(日)午後3時から4時半まで。パソコンかスマホでご覧いただけます。世界と日本の政治の動きを講義し、皆様からの質問を受け付けます。参加ご希望の方は https://bit.ly/2WUhRgg までお申し込みください。

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