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東京五輪不参加と北京冬季五輪ボイコット言及から見えてくる世界

田中良紹ジャーナリスト

フーテン老人世直し録(574)

卯月某日

 北朝鮮がこの夏の東京五輪に不参加の方針を表明した。「悪性ウイルス感染症のための世界的な保険危機の状況から選手たちを保護するため」だという。

 方針が決まったのは、3月25日に平壌で開かれたオンライン方式での五輪委総会だと言うが、内容が明らかにされたのは4月5日である。翌6日にそれがニュースになると、北朝鮮に対する独自制裁を日本政府が2年延長するニュースと重なった。

 その同じ6日に、米国務省のプライス報道官は来年行われる予定の北京冬季五輪を、ウイグル人に対する「ジェノサイド(大量虐殺)」を理由にボイコットする可能性に言及した。それを聞いてフーテンは「五輪は価値観を同じくする者同士でしか開けないということか」と思った。多様な民族と異なる思想信条を持つ人間の参加が五輪精神ではなかったのか。

 来週ワシントンで行われる日米首脳会談を前に、今年夏の東京五輪と来年冬の北京五輪が政治の影響を色濃く受けようとしている。それはバイデン政権が安全保障戦略の柱に人権外交を掲げ、世界を民主主義対専制主義の2極対立と見ていることによる。

 北朝鮮はトランプ大統領との米朝首脳会談が失敗に終わり、いよいよ中国を後ろ盾とするしかなくなった。その北朝鮮が東京五輪への不参加を表明、一方でバイデン政権は中国との対立をアピールするため北京五輪ボイコットに言及する。30年前に終わった冷戦時代が再び蘇ってきたようだ。

 菅政権は総務省接待問題やコロナ対策の影響で内閣支持率は高まらない。秋までに行われる解散・総選挙を考えれば、ここは外交で得点を稼ぐしかない。その足元を見るように、バイデン大統領は最初の対面での首脳会談の相手に日本の菅総理を選んだ。それが菅総理にとって吉と出るのか凶と出るのか。さらにはバイデン大統領の戦略が功を奏するのかどうかを考える。

 菅総理は拉致問題解決のため、条件を付けずに金正恩朝鮮労働党総書記との会談を目指している。しかしその実現は見通せていない。そこで菅総理は東京五輪に妹の金与正氏を招き、3年前の平昌五輪に金与正氏が韓国入りしたことで、後にトランプ大統領との米朝首脳会談が実現したように、歴史的な展開を目論んでいたという。

 しかし北朝鮮の不参加表明でそれは頓挫した。ただ平昌五輪の時も北朝鮮は事前には不参加を表明していたが、一転して参加することになり、劇的な和解を世界の前で演出した。そのため菅総理はまだ諦めてはいないと言われる。

 一方、二階自民党幹事長は超党派の議員団を引き連れて北朝鮮を訪問する構えだ。3月10日に「日朝国交正常化推進議員連盟」の会合を3年ぶりに開き、日米首脳会談でバイデン政権に拉致問題解決への協力を働きかけるよう決議したがそれは表向きの話、二階氏は政府の対応を批判し、「訪朝も考えてみなければならない」と金正恩との直接会談に意欲を見せた。

 二階氏は親中派の筆頭である。その二階氏が訪朝に意欲を見せるのは、中国政府が北朝鮮との橋渡し役を買って出ているからではないかとの見方がある。そして中国はいまバイデン政権と激しい対立劇を演じている。アラスカで行われた米中外交トップの会談では、人権問題を巡って米中双方が一歩も引かない緊迫した場面を世界に見せつけた。

 米中は緊張関係を演出することで、双方の陣営に各国を取り込もうとしている。前のトランプ大統領は経済で米国を追い抜こうとする中国に対し、ロシアと手を組むことで中露の連携に楔を打とうとした。軍事力を見れば、中露が連携することは米国にとってかなりの脅威となるからだ。

 ところがバイデンのリベラル思考は、世界を民主主義と専制主義の2つに分け、米国は民主主義の国々と協力して専制主義の国々を打ち負かす方向に向かう。そのためバイデンはロシアのプーチン大統領を「殺人者」と批判し、中露を連携させる方向に押しやった。当然ながら北朝鮮も中露との連携を強化する。

 そしてバイデンは、新疆ウイグル自治区のウイグル人に対する弾圧を「ジェノサイド」と呼ぶことで、「一帯一路」のゴールである欧州を中国から引きはがそうとしている。英国やフランスは同調する動きを見せた。すると中国は米国が批判するサウジアラビアのムハンマド皇太子やイラン政府に急接近し、協力関係を強化した。

 バイデン政権誕生とともに始まった世界は、第二次大戦後の東西対立を思い出させる「2極対立」の世界である。民主主義陣営と専制主義陣営を対立させ、米国は民主主義陣営の勝利を目指す。

 そうした中で北朝鮮による今年夏の東京五輪不参加と、米国の北京冬季五輪ボイコットの可能性が示唆された。新型コロナウイルスを理由に東京五輪不参加を表明した北朝鮮は、実は背後に様々な政治的思惑を秘めていて、状況次第では復帰する道を残しているようにフーテンには見える。

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ジャーナリスト

1969年TBS入社。ドキュメンタリー・ディレクターや放送記者としてロッキード事件、田中角栄、日米摩擦などを取材。90年 米国の政治専門テレビC-SPANの配給権を取得。日本に米議会情報を紹介しながら国会の映像公開を提案。98年CS放送で「国会TV」を開局。07年退職し現在はブログ執筆と政治塾を主宰■オンライン「田中塾」の次回日時:5月26日(日)午後3時から4時半まで。パソコンかスマホでご覧いただけます。世界と日本の政治の動きを講義し、皆様からの質問を受け付けます。参加ご希望の方は https://bit.ly/2WUhRgg までお申し込みください。

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