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それでも負けたと言わないトランプは革命家になったつもりなのか

田中良紹ジャーナリスト

フーテン老人世直し録(557)

睦月某日

 2021年1月6日に起きたトランプ支持者による米連邦議会占拠事件は、イスラム過激派の同時多発テロが米国を襲った2001年9月11日と、東日本大震災が日本を襲った2011年3月11日と並んで、かつてない衝撃をフーテンに与えた。

 この日、上院議長であるペンス副大統領が粛々と選挙結果の承認儀式を行っているところに、トランプ大統領に扇動された暴徒が乱入、議会は暴徒たちによって一時占拠された。それだけではない。騒ぎの中で1人が射殺され、合わせて5人が死亡するなど、米国の政権交代は暴力と流血にまみれた。

 民主主義の本家本元を自認する国で、政権交代に血が流れるなど予想もできなかった。信じられない思いだがこれが現実である。フーテンは冷戦が終わる頃から10年余り、議事堂近くのビルに事務所を構え、米国政治を見ていたので様々な思いが脳裏をよぎる。

 米国が英国の植民地支配から独立する時に起草された「独立宣言」は、絶対王政下のフランスに影響を与え、フランス革命を引き起こした。人間には「生命、自由、幸福」を追求する権利があるという「独立宣言」の思想は、「自由、平等、博愛」の「フランス人権宣言」を生み出し、その後の世界の民主主義を牽引した。

 そして民主主義陣営の盟主となった米国は、共産主義諸国や全体主義国家と対峙する時、「平和的な権力移行」を最大の誇りとした。共産主義は暴力革命からしか生まれないが、民主主義は「平和的な権力移行」を可能にするというのだ。

 古来、権力を握るのは力の強い者で、権力交代には暴力と流血がつきものだった。民主主義はそれを言論の力で平和的にやる。例えば英国議会で与野党党首が討論を行う時、剣と剣の切っ先が触れ合う距離を取る。かつては剣で決めたことを言論で決めると確認するためだ。

 米国の大統領選挙でも選挙結果が判明すれば、敗者は敗北を認めて勝者に協力する姿勢を示すのがルールである。次の選挙までに政策を磨き、それを言論の力で国民に訴えて権力交代を目指す。決して暴力によって権力を得ようとは考えない。そのルールをトランプ大統領は破った。

 トランプは選挙に不正があるとツイッターで国民に訴え、8千万人以上と言われるフォロワーを扇動した。目的はかつての偉大な米国を取り戻すためだという。かつての偉大な米国とは、第二次大戦からベトナム戦争までの米国を言うとフーテンは思う。

 米国は第二次大戦には勝利したが、その後の戦争では一度も勝利したことがない。朝鮮戦争は引き分け、ベトナム戦争に敗れて莫大な財政赤字を抱えた。その隙に憲法9条を盾に経済にのみ力を入れた日本が製造業で米国経済を圧倒し、「ラスト・ベルト」と呼ばれる地域に貧しい白人労働者を生み出した。

 クリントン民主党大統領は米国の製造業を見限り、米国経済はIT革命で情報産業と金融業に特化する。その結果、IT産業と製造業、都市と地方の格差が拡大した。またクリントン政権のグローバリズムによって米国には世界中から移民が入り込み、白人の比率が低下していく。追い詰められた心情の白人労働者に働きかけたのがトランプだった。

 クリントン政権がやったことはもう一つある。米国民主主義の価値観を世界に広める事だ。殺戮が横行するソマリアやコソボ内戦に「正義のため」と称して介入し、「世界の警察官」を自任した。それがイスラム過激派の反発を招き、9・11同時多発テロを生む。そしてその反撃として始めた「テロとの戦い」が米国を泥沼に引きずり込んだ。

 トランプがやろうとしたことは世界からの米軍撤退である。世界の安全保障の負担を同盟国に負わせ、米国はモンロー主義の時代に戻って自力を回復させる。40年前に日本経済に屈する以前の状態に米国を戻すことが当面の目標だとフーテンは見ていた。ところが新型コロナウイルスのパンデミックで様相が一変する。

 大統領選挙の勝利に必要なのは経済の好調を維持することである。その前提が崩壊した。そこからトランプの戦略が狂い出す。経済に固執するあまりコロナ対策を敵視するようになった。さらに黒人が警察官に殺された事件で反差別運動が起こると、白人労働者の支持を得たいがためかこれにも敵対的な行動をとった。

 この2つの行動は決して選挙にプラスには働かないとフーテンは見ていたが、トランプの獲得票はフーテンの予想を上回り7400万票を超えた。空前の大接戦で、それがトランプを後ろに下がらせなくした可能性はある。だがその後の選挙不正を煽る「陰謀論」の展開は、トランプの政治的資質のなさを満天下に晒した。

 事実を証明できれば話は別だ。しかしそれができずに扇動すれば、自分の首を絞める結果になる。実際に司法はまったくトランプの思い通りに動かなかった。最高裁判事を保守派で固めても、事実がなければ政治的に動くことをしないのが公職にある者の務めである。

 軍隊も同様で、最高司令官は大統領だが、予算は議会によって決められる。だから軍隊が大統領の言いなりに何でもやるわけではない。特に国民の信頼が何よりも大事な軍隊は、政治的に動くことを意識的に避ける。それが民主主義の仕組みである。

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ジャーナリスト

1969年TBS入社。ドキュメンタリー・ディレクターや放送記者としてロッキード事件、田中角栄、日米摩擦などを取材。90年 米国の政治専門テレビC-SPANの配給権を取得。日本に米議会情報を紹介しながら国会の映像公開を提案。98年CS放送で「国会TV」を開局。07年退職し現在はブログ執筆と政治塾を主宰■オンライン「田中塾」の次回日時:5月26日(日)午後3時から4時半まで。パソコンかスマホでご覧いただけます。世界と日本の政治の動きを講義し、皆様からの質問を受け付けます。参加ご希望の方は https://bit.ly/2WUhRgg までお申し込みください。

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