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民主主義は本当に国民を幸せにするのか疑問を抱かせる米大統領選

田中良紹ジャーナリスト

 米大統領選の第一回候補者討論会は、さながら「子供の喧嘩」を思わせる「ののしり合い」に終始した。トランプ大統領が自らの「強さ」を印象づけるため、バイデン候補の発言中にいちいち口をはさみ、徹底した個人攻撃を行ったからである。

 トランプの挑発を黙認すればバイデンの「弱さ」が目立ってしまうため、バイデンも負けずに切り返し、その結果討論会は討論というより「ののしり合い」の場となった。終了後の世論調査では「バイデンの勝ち」と思った国民が多かったが、トランプ陣営は逆に自分たちの方が勝ったと主張している。

 それは国民の多数に支持されるより、強固な支持者にアピールし、強固な支持者の票を固めさえすれば、勝機をつかむことが出来ると考えているためだ。前回2016年の選挙はヒラリー・クリントンの得票数が300万票以上上回ったのに、選挙人の数でトランプに敗れ、予想を覆してトランプ大統領が誕生した。トランプ陣営はその再来を狙っているのである。

 得票数が多いのに選挙に敗れるとはどういうことか疑問に思う人が多いかもしれないが、アメリカ大統領選挙は国民が直接大統領を選ぶのではなく、選挙人を選ぶ形をとっている。多くの選挙人を獲得した候補者が選挙に勝利する。これを間接民主主義の選挙という。

 直接民主主義の選挙ならヒラリーが勝利していた。しかし国民の過半数が判断したことが正しいとは限らないことを歴史は教えている。古代ギリシャは直接民主主義だったが、民衆に嘘の情報を流して扇動する政治家(デマゴーグ)が現れ、騙された民衆が誤った判断をした結果、民主主義は衆愚政治(ポピュリズム)に陥り、国家衰亡につながった。

 近年ではナチスのヒトラーが、ワイマール共和国の直接民主制を利用して国民を扇動し、独裁政治体制を確立する。そうしたことから第二次大戦後のドイツは国民投票を認めていない。

 多くの国では国民が自分たちの代表者を選び、その代表者に政治を委任する間接民主主義の形を採っている。日本でも国民が議員を選び、議員が総理大臣を選ぶ。ただし憲法改正だけは国民投票にかけられ直接国民が決める。

 世論調査でバイデンに負けているトランプ陣営は、従って得票数で勝つことを考えていない。選挙人の数で上回ることだけを考えている。そこまでは別に不思議でもないのだが、さらにトランプ陣営は選挙結果を認めないと今から宣言している。選挙はインチキだからというのである。

 トランプを支持する国民は熱狂的な支持者である。米国民の4人に1人が信仰するキリスト教福音派がトランプを支持している。だからトランプの政策は福音派を喜ばせるものばかりだ。福音派の中にはトランプを神の再来と思っている人もいる。

 学歴のない下層の白人労働者もトランプの熱狂的支持者である。彼らは移民が増えていく米国社会の中で白人の方が被害を受けていると感じている。人種差別や女性差別をなくそうとする政治の動きは、彼らにとって逆に自分たちへの差別に見える。そのため白人至上主義を隠そうとしないトランプこそが救いの神なのだ。

 そしてトランプ支持者は選挙に熱心である。「必ず投票に行く」と言う者が多い。一方のバイデン支持者は熱狂的にバイデンを支持しているわけではない。「トランプが嫌だからバイデンに投票する」と言う者が多い。彼らはコロナ禍のため投票所に行くより郵便で投票を済ませようとする。

 郵便投票のやり方は州によってまちまちだ。11月3日の投票日に開封が間に合わない郵便票もある。すると予想されるのは、投票所に行った者の票はトランプが優勢だが、郵便投票はバイデンが多数になる。11月3日の開票ではトランプがバイデンを上回るが、郵便投票の開票が進むとバイデンが逆転する。

 トランプがいち早く勝利宣言してもバイデンに追い抜かれ、そこでトランプは「選挙はインチキだ」と騒いで選挙結果を認めない。普通は負けた方が敗北を認めることで選挙は終わるのだが、今度はそれがない可能性をみんなが指摘している。

 そして訴訟が起こり、司法の場で決着がつけられるのか、あるいは議会で大統領を決めることになるのかなど、様々な想定がなされている。いずれにしてもこれまでに例のない大統領選挙になるのである。

 我々は民主主義を正しいもの、間違いのないものと信じてきたが、民主主義の本家である米国で起きている混乱を見ると、果たして民主主義は国民を幸せにする制度なのかが疑問になる。

 前回の2016年の大統領選挙では、トランプを勝たせたいロシアが、サイバー攻撃を行って大統領選挙に介入した疑惑が取りざたされた。クリントン陣営にサイバー攻撃をかけたという。そしてトランプ大統領周辺がロシア側と接触していた事実が次々に明るみに出た。

 FBIが捜査に乗り出すとトランプ大統領はコミーFBI長官を突然解任した。このため司法省はモラー特別検察官に「ロシア疑惑」の捜査を命ずる。モラー特別検察官はトランプ選挙対策本部の幹部やトランプの元顧問弁護士などから証言を得て、ロシアの諜報機関員12人を起訴するが、トランプの選挙陣営とロシア政府が共謀したことは証明できなかった。

 そしてモラー氏は「現職の大統領は訴追できない」との認識を示し、大統領を辞めさせるのは司法ではなく議会の弾劾制度によるべきだとした。民主党が多数を占める下院は弾劾訴追を決めたが、上院の多数を占める共和党によって弾劾は阻止された。

 サイバー攻撃は目には見えないもので、どこで誰がどうやって攻撃しているかを知ることは難しい。安倍前総理はトランプとゴルフをした際に、イージス・アショアを買わされたと言われ、後に日本政府はイージス・アショア導入を断念すると発表したが、ミサイル発射を阻止するには、ミサイル防衛兵器を購入するより、サイバー攻撃で相手国のコンピューターを破壊する方が有効だという説がある。

 従って各国ともサイバー部隊の攻撃訓練に力を入れているという。そうした中で行われる選挙に、それが使われる可能性は高くなると考えられる。つまり人間を殺傷し物を破壊する戦争ではなく、相手国の選挙に介入して都合の良い人物を政治リーダーに担ぐのである。

 今回の選挙でもロシアの介入とか中国の介入とかが噂されている。サイバー攻撃で米国民の意識に影響を与えるのだ。そういう時代になると、選挙という方法で成り立つ民主主義を信じて良いのかどうかが分からなくなる。

 日本に議会が誕生したのは130年前の明治23年である。坂本龍馬が慶応3年に書いた「船中八策」に「上下議政局を設け、議員を置きて万機を参賛せしめ、万機宜しく公儀に決すべき」とあるのが、明治天皇の五箇条の御誓文に「広く会議を興し万機公論に決すべし」と取り入れられた。それが議会を誕生させたのである。

 その坂本龍馬は「船中八策」と同じ慶応3年に「藩論」という口述筆記の書を残している。そこにはこれからの藩は世襲で藩主を決めるのではなく、「札入れ」によって藩主を決めるべきだと書いてある。「札入れ」とは選挙のことだ。それも年齢や性別、職業、財産などと関係なく誰でもが参加しての「札入れ」だ。

 女性選挙権の最初は1869年の米国ワイオミング州と言われるが、それ以前に龍馬は女性の選挙権を認めていたことになる。そして龍馬は一度の選挙では間違いが起きやすいから選挙を二度繰り返すべきだと書いている。おそらく米国の大統領選挙の間接民主主義の仕組みを誰かから教えられ、それが新時代の日本の政治の在り方だと考えたのだろう。

 しかし現在の日本政治は随所にデマゴーグとポピュリズムが見られ、世襲の政治家が目立つようになった。そして民主主義の本家本元の米国大統領選挙は「ののしり合い」を国民に見せて選ばせるというレベルに成り下がった。民主主義は本当に国民を幸せにするのだろうか。

ジャーナリスト

1969年TBS入社。ドキュメンタリー・ディレクターや放送記者としてロッキード事件、田中角栄、日米摩擦などを取材。90年 米国の政治専門テレビC-SPANの配給権を取得。日本に米議会情報を紹介しながら国会の映像公開を提案。98年CS放送で「国会TV」を開局。07年退職し現在はブログ執筆と政治塾を主宰■オンライン「田中塾」の次回日時:5月26日(日)午後3時から4時半まで。パソコンかスマホでご覧いただけます。世界と日本の政治の動きを講義し、皆様からの質問を受け付けます。参加ご希望の方は https://bit.ly/2WUhRgg までお申し込みください。

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