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安倍政治の継承を掲げながら菅政権はそろりと独自路線に突き進む

田中良紹ジャーナリスト

フーテン老人世直し録(535)

長月某日

 第202臨時国会が召集され自民党の菅義偉氏が第99代内閣総理大臣に指名された。7年8か月という史上最長の在任期間を記録した安倍前総理が、8月末に病気を理由に突然辞任を表明し、急きょ行われた自民党総裁選挙で「安倍路線の継承」を掲げた菅氏が圧勝したため、新内閣は安倍氏の残り任期を全うするだけの短命内閣と見る向きもある。しかし党役員・内閣人事を見るとただの安倍路線継承内閣とは思えない。

 安倍路線継承と見せながら核心部分に独自カラーを忍ばせ、そろりと安倍政治からの脱却を図る構えに見える。つまり来年の9月以降も政権を続け、あるいは短命に終わることがあっても次のキングメーカーになろうとする構えである。

 安倍前総理の辞任表明は、通常の権力者の辞め方と異なる。執務が不可能なほど病気が悪化したわけではなく、「万が一の時に正常な判断ができなくなることを心配して」の辞任だから「余力を持った」辞任である。従って燃焼し尽くし後は隠遁生活を送るという一般の例とは異なる。

 安倍前総理は様々な問題で追い詰められ、この際は一時的に誰かに任せ、余力を持って次の機会を待つ構えだとフーテンは辞任表明を見て思った。従って後継者は「安倍路線の継承」でなければ困る。自民党内の派閥力学で言えば細田派(事実上の安倍派)と麻生派が組めば後継者はそれで決まる。

 これまでこの2つの派閥は岸田文雄氏を支持することで一致していた。つまり菅氏に目はなかった。唯一の頼みは自民党を牛耳る二階幹事長の支援だ。菅氏にはかねてから総理を狙う野心があったと思う。そのため一時は幹事長の座を狙ったが、二階氏と敵対するより組む方が得策と判断した。そして岸田氏を幹事長に就けようとする安倍前総理を説得して二階幹事長続投に協力する。

 菅氏にすればライバルとなる岸田氏を「禅譲」の対象から外さなければならない。昨年の参議院選挙はその絶好の機会だった。岸田派の重鎮である溝手謙正氏を嫌う安倍前総理と菅氏の思惑は溝手氏を落選させ河井案里氏を当選させることで一致する。溝手氏より10倍多い自民党の資金がつぎ込まれ、思惑通り河井案里氏が当選した。これで岸田派会長である岸田氏の評価は地に堕ちた。

 一方で「モリカケ桜」とスキャンダルが絶えない安倍前総理をかばうため黒川弘務氏を政権の守護神として使ったのも菅氏である。安倍前総理はそれに乗って黒川氏を検事総長にしようと無理な人事介入を行い、それに反発した検察が河井克之・案里夫妻の捜査を徹底する。その裁判の行方は安倍前政権を揺るがしかねないものとなった。

 一方、安倍政治は「二人羽織」だとフーテンはずっと書いてきた。顔は安倍氏だが頭も手足も経産省出身の今井尚哉秘書官兼補佐官や佐伯耕三秘書官が担っている。安倍氏は補佐官のシナリオ通りに総理の役を演じただけだ。ところが菅氏が重用したのは国土交通省出身の和泉洋人補佐官である。官邸内にはその間に微妙な対立構造があった。

 昨年9月の内閣人事は安倍主導ではない。菅主導との折衷だった。河井克之、菅原一秀、河野太郎、小泉進次郎の各氏は菅氏が内閣に押し込んだ。その時から安倍側近補佐官らの菅氏に対する凄まじい攻撃が始まる。河井、菅原両氏は週刊誌報道で辞任を余儀なくされ、和泉補佐官も週刊誌で不倫疑惑が取り沙汰された。菅氏は四面楚歌の状態に陥る。

 しかしその力関係はコロナ対策で一変した。今井、佐伯氏らが安倍前総理に振り付けた学校の全国一斉休校、アベノマスク、コラボ動画がいずれも不評で内閣支持率を下げる。今井氏ら経産官僚が持続化給付金支給や「GoToキャンペーン」に電通を仲介させたのも問題視され、その機に菅・二階コンビが主導権を奪い返した。

 電通を外して「GoToトラベル」を実施し、また一時後ろに引いていた和泉補佐官もコロナ対策の前面に出てくる。官邸内の力関係が変わった時に安倍前総理の突然の退陣表明が起きたのである。「二人羽織」の頭と手足が機能しなくなった時と辞任表明は軌を一にしている。

 従って菅内閣の人事でフーテンが最も注目したのは総理補佐官人事だ。メディアは「補佐官人事は横滑り」と書き、これまでと変わらず「安倍路線は継承される」との印象を与えているが、安倍政権の頭脳だった今井氏は内閣参与という軽職に追いやられた。経産省内閣の面影は消え、菅氏が重用した和泉補佐官は留任する。

 また安倍政権は日本の政治を中枢で担ってきた財務省を外し経産省を偏重したが、菅氏は自民党総裁選の最中に「将来の消費増税」に言及し財務省にサインを送った。官房長官に財務省出身の加藤勝信氏を起用したのも同様である。安倍政権と異なり財務省と手を組もうとしているのである。

 そして興味深いのは閣僚ポストを1つ増やし「万博担当大臣」を作ったことだ。「万博」は「五輪」と並ぶ「観光立国」の目玉である。実は「五輪」も「万博」誘致も陰で支えてきたのは菅氏だった。「五輪」は東京で「万博」は大阪で行われる予定だが、「万博」が開催されるのは2025年と5年も先である。

 今からそのための大臣ポストを作ったのは、一つに来年9月までという「短命説」を否定すること、もう一つは大阪の維新勢力との連携である。菅氏は創価学会と特別の人間関係を築いているが、それに加えて維新も巻き込み、政界再編を狙う気があると思わせる。自民党内に自らの基盤が弱いため、これと対抗するには外部の力が必要なのだ。

 さらに注目したのは自民党役員人事で幹事長代行に野田聖子氏を起用したことである。これは菅氏がキングメーカーになるカードを手にしたことを意味する。これまで幹事長代行を務めたのは安倍チルドレンの稲田朋美氏だった。稲田氏は二階幹事長に代わりNHKの「日曜討論」にしばしば出演した。

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ジャーナリスト

1969年TBS入社。ドキュメンタリー・ディレクターや放送記者としてロッキード事件、田中角栄、日米摩擦などを取材。90年 米国の政治専門テレビC-SPANの配給権を取得。日本に米議会情報を紹介しながら国会の映像公開を提案。98年CS放送で「国会TV」を開局。07年退職し現在はブログ執筆と政治塾を主宰■オンライン「田中塾」の次回日時:5月26日(日)午後3時から4時半まで。パソコンかスマホでご覧いただけます。世界と日本の政治の動きを講義し、皆様からの質問を受け付けます。参加ご希望の方は https://bit.ly/2WUhRgg までお申し込みください。

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