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日本人はなぜかくも騙されやすいのか

田中良紹ジャーナリスト

フーテン老人世直し録(522)

文月某日

 小池百合子氏が圧勝した東京都知事選挙の結果を見て、フーテンはどうしてこれほど日本人は騙されやすいのかと思った。宇都宮健児候補を推薦した共産党支持者の2割、立憲民主党支持者の4割が小池氏に投票したと言われるが、それがなぜかを考えると小池氏の巧妙な選挙戦術に騙されたとしか思えない。

 巧妙な選挙戦術とは、今回の都知事選挙を選挙でなくしてしまう戦術である。新型コロナを口実に小池氏は立候補者としての姿をただの一度も見せなかった。選挙用のタスキをかけることも街頭演説をすることもなく、常に防災服姿でコロナに立ち向かっている姿を見せつけた。

 そのためには東京都のコロナ感染状況が危機的でなければ困る。フーテンは投票日の直前には感染者数を増大させる計画があるだろうと思っていた。以前から何度も書いてきたが、感染者数とはまったく意味のない数字である。検査数を増やせば増えるし、減らせば減るだけだから、権力者がその気になればいくらでも調節できる。

 投票日から逆算して警戒を緩める日を設け、投票日の直前に検査数を増やせば、感染者数増大の条件は整う。それぐらいの戦術は小池氏でなくとも誰だって考える。ところがそれが都民には分からない。感染者数急増を大騒ぎするメディアがあり、その数字だけを見せられ騙されてしまうのだ。そして都民にはコロナと戦う現職知事しか見えなくなる。

 現職知事が再選を果たそうとして行われる選挙は、それまでの実績を有権者が評価して続投させるかどうかを決める選挙である。そのためには現職知事とそれに挑む候補者との間で、丁々発止の討論が行われる必要がある。それをメディアが伝えなければ有権者は判断ができない。

 ところが今回の選挙はそれが皆無だった。そしてメディアは選挙の間中も感染者数の増減だけに一喜一憂していた。メディアの使命は当局が発表する数字が正しいかどうかをチェックすることである。そして国民に感染状況を正しく判断させるには、必ず検査数と感染者数を連動させて発表する必要がある。それが日本では最初からなかった。

 なぜテレビ局や新聞社の社内に「感染者数だけの発表は国民を騙す」と言って反対する声がなかったのか不思議である。同時にテレビ番組を作ってきたフーテンには、新型コロナが視聴率を稼ぐ格好の材料であることもよく分かる。

 「未知のウイルス」というのが視聴率向きである。そして未知の恐怖を煽れば煽るほど視聴率は取れるとテレビ人間なら考える。新聞も恐怖を煽れば部数が伸びると考えたはずだ。そして「命を守れ」という立場に立てば、どこからも批判されることはない。メディアにとっては、正義派ぶって恐怖を煽るのが、最も金儲けになるおいしい話だ。

 厚労省の「統計不正」や財務省の「公文書改ざん」を追及していたメディアが、なぜコロナの感染状況だけは当局が発表する数字を鵜呑みにし、しかも意味のない感染者数に国民の目をくぎ付けにさせたのか。フーテンにとって日本のコロナ報道は反吐が出るほど異常だった。

 都知事選で小池氏はその異常なメディアを最大限に利用し、選挙を選挙にしなかった。そのことをメディアは指摘もせず、小池氏の戦術にまんまと乗せられて、小池氏を圧勝に導いた。

 異常な報道に国民が騙された例は他にいくつもあるが、2004年の年金法改正案はその典型だ。小泉政権は「負担が増え、給付が減る」年金法改正案を通常国会で成立させる予定だった。国民の反対が必至の法案である。どうやって成立させるかを見ていると、審議が始まった途端、小泉政権の3人の大臣の年金未納が報道された。

 するとテレビと新聞は「他にもいないか」という1点に集中する。そして一人また一人と未納政治家の名前が出てくる。メディアの批判と国民の怒りは未納政治家に向かい、肝心の年金法改正案に関心が向かわなくなった。

 フーテンは年金法改正案を成立させるための策略と考えた。年金未納を知っているのは政府内の人間だけで、メディアが独自に入手することはありえない。また未納者は年金を受け取れないから国民に被害は生じず、道義的に「けしからん」というだけの話だ。

 ところが連日の報道は過熱し、国民の怒りも沸騰する。当時の民主党代表菅直人氏は「未納三兄弟」と言って小泉政権を激しく攻撃した。すると菅氏にも未納が見つかる。菅氏は代表を辞任せざるを得なくなる。菅氏が辞任すると国民の怒りは和らぎ、それを見届けるように小泉総理の未納も明らかにされた。

 100人以上の政治家の年金未納をメディアは大々的に報道し、国民の目が未納にくぎ付けされたため、国民の負担が増える年金法改正案は無事に成立した。正義派ぶって未納政治家を批判したメディアの役割は一体何だったのだろうか。

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ジャーナリスト

1969年TBS入社。ドキュメンタリー・ディレクターや放送記者としてロッキード事件、田中角栄、日米摩擦などを取材。90年 米国の政治専門テレビC-SPANの配給権を取得。日本に米議会情報を紹介しながら国会の映像公開を提案。98年CS放送で「国会TV」を開局。07年退職し現在はブログ執筆と政治塾を主宰■オンライン「田中塾」の次回日時:5月26日(日)午後3時から4時半まで。パソコンかスマホでご覧いただけます。世界と日本の政治の動きを講義し、皆様からの質問を受け付けます。参加ご希望の方は https://bit.ly/2WUhRgg までお申し込みください。

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