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総理を辞めると手が後ろに回る政治家

田中良紹ジャーナリスト

フーテン老人世直し録(510)

皐月某日

 フーテンは総理を辞めたために手が後ろに回った政治家を知っている。また総理を辞めれば手が後ろに回ることを知っていて、権謀術数の限りを尽くし逃れた政治家も知っている。

 そんな話を書く気になったのは、新型コロナウイルスへの対応が急務な時に、検察官の定年延長を可能にする検察庁法改正案を、安倍政権が今週中にも衆議院を通過させようとしているからだ。

 野党はコロナ対策のどさくさを狙った「火事場泥棒」と批判し、SNSには500万を超える抗議の声が国民から寄せられた。しかし安倍政権は公明党と日本維新の会にも賛成させ押し切る構えである。

 なぜこれほどまでに安倍政権はこの法案に固執するのか。それは安倍総理が自分の任期中に検察を思い通りにするより、総理を辞めた後のことを恐れているからだとフーテンは思う。総理を辞めたために手が後ろに回った政治家の前例があるからだ。

 その政治家とは田中角栄である。そして辞めれば手が後ろに回ることを知っていて、権謀術数の限りを尽くしたのは中曽根康弘だ。彼は見事に検察捜査を逃れた。この二人とフーテンの関係から説明する。

 フーテンは1976年のロッキード事件を社会部記者として取材した。特捜部が田中角栄を逮捕した時もその現場にいた。その後、中曽根政権時代に政治記者となり、初めは中曽根派、次に田中派を担当する。そして一審で有罪判決を受けた直後の田中角栄から私邸で定期的に話を聞く機会を得た。

 さらに冷戦末期には、ワシントンで米国政治を取材するようになり、ロッキード事件を起こした米国政治の背景も知ることが出来た。検察と田中と米国の三点からロッキード事件を見た人間はフーテン以外にはいないと思っている。事件の「真相」はメディアが報じていることとはまるで違う。

 ロッキード事件は、米国議会上院の多国籍企業小委員会の告発から始まる。委員長は民主党のフランク・チャーチで、この人はベトナム戦争に反対した政治家だ。米国では戦争は正義のためだから、民主党も共和党も党派を超えて賛成する。それにベトナム戦争は民主党のケネディ政権が推し進めた。その中で反対したのだからチャーチは特異な政治家である。

 1975年にサイゴンが陥落し米国はベトナム戦争に敗れた。共産主義を悪と信じて戦った戦争に敗れ、米国社会の価値観は大きく揺らいだ。その中でチャーチが告発したのは、米国の軍需産業ロッキード社と世界各国の反共主義者との癒着だった。

 ロッキード社は航空機を売り込むため、各国の反共主義者を秘密代理人にして資金を渡し、その国の政治家を買収した。日本では右翼の児玉誉士夫が秘密代理人だった。児玉に流れた30億円と言われる工作資金は、対潜哨戒機P3Cの売込みを目的としていた。

 ロッキード事件で外国が誰かを逮捕したという話をフーテンは聞いたことがない。ところが日本では田中の政敵三木武夫が総理だった。三木は検察官を米国に派遣し捜査開始を宣言する。三木を支える自民党幹事長は中曽根康弘、法務大臣は中曽根派の稲葉修だった。

 児玉と中曽根には特別の関係があり、同一人物を共通の秘書にしていた。また中曽根は防衛庁長官時代に対潜哨戒機の国産化を主張していた。ロッキード社が児玉を通して買収の対象にしてもおかしくない。

 ところが児玉は入院し、特捜部は児玉ルートの捜査を断念する。代わりに全日空のトライスター導入の口利きをしたとして田中が突然逮捕された。司法取引で得られたロッキード社幹部の証言が逮捕の決め手だった。

 しかし田中の死後、最高裁はこれを証拠として認めない決定をする。するとあの逮捕は何だったのか。そして2010年には米国の公文書公開により、事件発覚直後に中曽根が米国大使に事件の「モミケシ」を要請していたことが明らかにされた。

 ともかく前総理の突然の逮捕で日本中が驚いた。そしてその2年前に立花隆が月刊文芸春秋に書いた「田中金脈」と結び付けられ、「政治とカネ」の問題に批判が集中した。特捜部の現場では田中逮捕で終わらせようとする上層部に若手検事が反発した。つまりロッキード事件はフーテンにとって、世間の理解とは異なり、未解明の不思議な事件だった。

 その後中曽根派を担当した時、ロッキード事件でただ一人有罪判決を受けた佐藤孝行議員に対する中曽根派の優遇ぶりを知った。入閣推薦名簿の1位は必ず佐藤孝行だった。大臣は天皇の認証官なので、入閣すれば有罪の汚名は消える。佐藤は中曽根に貸しがあるように振る舞っていた。三木内閣を支える自民党幹事長だったために中曽根は摘発を免れたのではないかという気がした。

 その後、田中と定期的に私邸で懇談するようになると、娘の真紀子に対する憎悪の激しさに驚かされた。「あのシャモが」と言って田中は娘を罵倒する。世間では目に入れても痛くないほど可愛がっていると思われていたが全く違った。

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ジャーナリスト

1969年TBS入社。ドキュメンタリー・ディレクターや放送記者としてロッキード事件、田中角栄、日米摩擦などを取材。90年 米国の政治専門テレビC-SPANの配給権を取得。日本に米議会情報を紹介しながら国会の映像公開を提案。98年CS放送で「国会TV」を開局。07年退職し現在はブログ執筆と政治塾を主宰■オンライン「田中塾」の次回日時:5月26日(日)午後3時から4時半まで。パソコンかスマホでご覧いただけます。世界と日本の政治の動きを講義し、皆様からの質問を受け付けます。参加ご希望の方は https://bit.ly/2WUhRgg までお申し込みください。

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