民主主義の仮面をはぎ取った第196通常国会

 1月22日に召集された第196通常国会が明日幕を閉じる。安倍総理によって「働き方改革国会」と名付けられたこの国会は、スタート直後に裁量労働制を巡る厚生労働省の調査データに誤りのあることが発覚し、「裁量労働制の方が労働時間は短くなるデータがある」と答弁した総理が答弁を撤回して謝罪するという波乱の幕開けとなった。

 行政府が嘘のデータに基づく法案を立法府に提出しようとしていたのだから事は重大である。政府は「働き方改革関連法案」から裁量労働制の対象拡大を削除せざるを得なくなった。それだけでも「働き方改革」を通常国会の目玉にした安倍政権の失態は明らかで、野党に「並の力」があれば政権を追い詰める突破口になる話だった。

 一方で昨年来安倍総理が国民の不信を買った「森友・加計疑惑」も国会が始まると再び火がつけられた。2月9日に財務省は昨年の国会で佐川前理財局長が「廃棄した」と答弁した「森友学園との交渉記録」を国会に提出したのである。

 佐川氏が「廃棄した」と言ったものではなく、個人のパソコンに残されていたものが出てきたと財務省は弁明したが、なぜ昨年の国会に出さなかった資料を今国会に提出したのか。私は安倍官邸と麻生副総理兼財務大臣との間で「ある種の権力闘争」が始まったと思った。

 すると続いて3月2日付朝日新聞が「森友問題を巡る決裁文書の改ざん」をスクープし、財務省はその事実を認めた。近畿財務局が作成した改ざん前の文書には安倍昭恵夫人や複数の政治家が森友学園に協力している様子がはっきり記載されている。

 つまり近畿財務局の現場は森友学園の国有地取得に政治の関与があったことを決裁文書で訴えていたのだ。それは昨年の国会で安倍総理が「私も妻も事務所も関係していない。していたら総理も議員も辞める」と発言し、佐川前局長が全面的に否定したことを覆す材料となる。

 そのため本省からの指示で近畿財務局は昨年2月以降文書改ざんをさせられた。責任を負わされると思った職員は朝日報道の5日後に自殺した。この改ざん情報を朝日にリークしたのは誰か。私は2つのルートを考えた。1つは財務省内から、もう1つは大阪地検特捜部内からである。いずれにしても情報を知りうるのは官僚しかいない。

 官僚人事を私物化する安倍官邸に対する霞が関からの反撃と見られなくもないが、私には安倍政権を痛撃するよりむしろ揺さぶりをかけて省益を優先する官僚の狙いを感じた。

 例えば財務省は経産省中心の安倍政権によって「官庁の中の官庁」として常に政権運営の中枢にいた立場を奪われ、しかも念願の消費増税を2度も反故にされた。その中で「森友問題」は安倍総理に「貸し」を作る絶好のチャンスだった。

 国有地の値引きで「貸し」を作り、佐川前局長の全否定答弁でも「貸し」を作ったが、「貸し」を効果的にするにはいったん「揺さぶり」をかけて心胆を寒からしめ、その後にまた協力すれば効果は倍加する。

 一方、大阪地検特捜部は市民団体の告発を受け、佐川前局長らの文書改ざんや国有地値引きで捜査を進めていたが、行政府の一機関である特捜部が現職総理に不利な捜査をするはずはない。しかし正義感を持つ若手検事の不満を押さえるため政権に「お灸」を据えることはある。「お灸」として改ざんをリークする代わりに不起訴にするのである。

 案の定、大阪地検は告発されていた佐川前局長ら38人を全員不起訴にした。それを「司法が不起訴にしたのだから佐川前局長を国会に喚問する理由もなくなった」と主張した与党議員がいた。無知蒙昧と言うしかない。

 特捜部は行政府の機関であり司法の機関ではない。総理大臣の配下だから現職の閣僚や与党幹部を逮捕したことなどない。ロッキード事件で逮捕された田中角栄氏は総理を辞めたから逮捕された。本人はそれを悔やんでいたが、検察は現職の三木総理の指示に従い、三木総理の天敵だった角栄氏を逮捕したのである。

 「政界のドン」と呼ばれ中曽根総理ににらみを利かせた金丸信氏が逮捕されたのも議員を辞めた後である。事務所の金庫にあった30億円を個人の金と認定され、脱税容疑で逮捕されたが、それは派閥の金で中曽根事務所にも宮沢事務所にも金庫にはそれ位の金はあるはずと本人は無罪を主張していた。

 ともかく検察は警察と同じ行政機関なのに、検察の判断を「司法の判断」と言うのはやめるべきである。司法には政治からも行政からも独立しているという「三権分立」の幻想があるが、そもそも日本に「三権分立」が存在するかどうかも疑わしい。

 我々は学校で民主主義は「三権分立」で権力のバランスをとると教えられ、そして国民主権だから国民の代表が集う立法府が「国権の最高機関」と教えられた。それが本当なら「行政府の判断」より「司法府の判断」より「立法府の判断」が尊重されるべきである。

 ところがそうなってはいないことを今国会は見事なまでに国民の目にさらしてくれた。厚労省が国会に提出した「働き方改革法案」には嘘のデータがあり、「森友問題」で昨年の国会は行政府から嘘をつかれ続けた。にもかかわらず国会は行政府に対してなすすべがない。行政府を監視する機能はないに等しい。

 なぜなら日本の政治制度は英国と同じ議院内閣制だからである。つまり選挙で与党となった政党の党首が内閣総理大臣となり行政府を組織する。立法府の与党と行政府は一体で、与党は行政府を守ろうとするから行政府の監視が甘くなる。

 これに対し米国など大統領制の国では国民が行政府の長である大統領と立法府のメンバーである議員の両方を選ぶ。議会は内閣を監視すると同時に立法作業を行う。議員は所属する政党より選挙民の意向に従って活動するため「党議拘束」はない。こちらは議院内閣制より「三権分立」が機能する。トランプ大統領の方針を裁判所が認めないのはそのためだ。

 しかし日本の司法は国家の方針に口を挟まない。また議員は有権者の意向より政党の方針に従う「党議拘束」に縛られる。さらに立法は議員ではなく行政府の官僚が行う。つまり米国の政治とまるで違うのに日本では米国型民主主義を理想と教育される。「三権分立」を民主主義の基本と教えられるのはそのためだ。

 私は天皇制の日本は政治制度において米国より欧州の立憲君主国に近いと考えている。それは民主主義を否定するものではなく、むしろ英国が「議会制度の母」と呼ばれるように歴史に裏付けられた民主主義の知恵があり、党派対立を先鋭化させない議会運営が図られてきたと思う。

 例えば英国ではカネのかかる選挙が政治腐敗を生むことから、カネのかからない「マニフェスト選挙」を導入した。候補者を選ぶのではなくマニフェスト(政策)を選ぶ選挙である。候補者は自分を宣伝する選挙カーもポスターも事務所もない。政党のマニフェストを配るだけの選挙である。

 選挙結果は与党になった政党の政策が国民の支持を受けたことになる。それならその政策を実行すれば良いだけだから議会は不要になる。しかし政治はそれほど単純でない。国民の選択が正しい保証もない。そこで与党の政策を議会で吟味するのである。つまり民主主義の基本は多数決より少数意見の尊重にあり、議会は修正を施すために存在する。

 また国民に与野党の政策の違いを分からせ政権選択を可能にするため、日本の「党首討論」に当たる「プライムミニスター・クエスチョンタイム」を毎週1回30分行っている。大事なことは内外の変化に対応し毎週行うことである。ところが日本では「党首討論」が1年半も開かれずにいた。

 今国会で久しぶりに2度開かれたが、野党第一党の枝野代表と安倍総理の双方の口から「党首討論の歴史的使命は終わった」というセリフが出た。まだそれを言う歴史もない癖に何を言うかと思ったが、要するに一方的に言いたいことだけ発言して議論にならない現状がそれを言わせたのである。国民に代わって議論する政治家としての自覚のなさがそのセリフになって現れた。

 立憲民主党は時間の短さを問題にしているが、大事なことは短くとも毎週やることである。それがあれば米朝首脳会談や貿易摩擦問題、あるいは西日本豪雨対策など直近のあらゆる課題に政府が何を考えているか、また野党の対案も国民に示せたはずだ。

 そして行政府が立法府に嘘をついたという由々しき問題に与野党の対立を持ち込ませないためには、行政監視の議論を予算審議の予算委員会と切り離すことである。日本の国会で最も悪いのはNHKの国会中継が予算委員会に限られ、テレビ中継を意識するポピュリスト議員たちがテレビに映りたいために予算委員会で長い審議を要求することである。

 かつて「NHKの国会中継は民主主義を歪める」と米国議員からも英国議員からも言われてきたことを今の議員たちは知らないようだ。米国も英国も民主主義が堕落しないように議会のテレビ中継を禁止してきた歴史がある。現在では両国ともケーブルテレビで放送しているが、ポピュリズムに陥らないよう与野党が激論する場面などは放送しない。

 ところが日本では英米と異なりテレビを意識した野党議員が攻め立て、それに対抗するかのように安倍総理が聞かれてもいないことを延々しゃべる光景がしばしばみられる。誠に恥ずかしい国会と言わざるを得ない。

 行政府の嘘は日本政治にとって深刻な問題だが、野党もただ「けしからん」と怒ってみせたところで問題は解決しない。なぜそれが起きたかを行政府に解明させるのではなく、立法府が独自に調査を行い対応策を作るところに立法府の役割はある。それを与党を巻き込んでやることは可能だと思う。

 ただ昔の野党のように攻撃一本やりを国民に見せようとすれば党派対立が出てきて有耶無耶にされる。それがこの国会だった。しかし見方を変えればこの国会は日本人が民主主義と思い込んできた仮面をはがしてくれたかもしれない。それなら政治制度の根幹を見直す契機にすることが重要である。

1969年TBS入社。ドキュメンタリー・ディレクターや放送記者としてロッキード事件、田中角栄、日米摩擦などを取材。89年 米国の政治専門テレビC-SPANの配給権を取得。日本に米議会情報を紹介しながら国会の映像公開を提案。98年CS放送で「国会TV」を開局。07年退職し現在はブログ執筆と政治塾を主宰■「田中塾のお知らせ」 12月18日(火)19時~21時 場所:東京都大田区上池台1-21-5スナック「兎」(03-3727-2806) 東急池上線長原駅から徒歩5分■参加費:1500円 ■申込先:agoto@K6.dion.ne.jpに住所氏名明記で

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