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朝鮮戦争の終結が拉致問題の解決だと思わない「無能」な総理と「愚かな」国民

田中良紹ジャーナリスト

フーテン老人世直し録(366)

卯月某日

 27日は朝から晩までテレビに釘付けになった。33歳と若い金正恩委員長がイメージとは裏腹に巧妙且つ洗練された外交感覚の持ち主であることが分かり、その狙いが「朝鮮戦争」の終結にあることが印象づけられた。29年前に欧州で起きた「冷戦の終焉」がいよいよアジアでも始まろうとしている。

 そう思わせたのは南北首脳の和解のパフォーマンスもさることながら、米国のトランプ大統領の反応によるものである。トランプは「朝鮮戦争は終わる!」と感嘆詞を付けてツイッターに書き込み、韓国の文在寅大統領と中国の習近平国家主席の名前を挙げて今回の会談への貢献を称賛した。

 休戦状態にある朝鮮戦争を終わらせるには南北朝鮮だけでなく休戦協定の当事者である米国と中国の賛同がなければならない。そのことを意識したツイッターだと思った。6月初旬と見られる米朝首脳会談を経て朝鮮戦争の終結が実現する見通しになれば、トランプは世界史を変えた大統領として歴史に名が残る。

 かつて冷戦後初の米国大統領となったクリントンがいったんは考え、しかしその後方針転換した歴史的偉業を、クリントンとは真逆のタイプのトランプが成し遂げることになれば、歴史のめぐり合わせというのは実に皮肉で興味深い。

 クリントンはジョセフ・ナイらの進言によってアジアの冷戦を終わらせず、10万人規模の米軍をこの地域に配備することが米国の国益と考えた。しかしトランプは朝鮮戦争を終わらせてアジアの冷戦体制に終止符を打ち、ノーベル平和賞を受賞してオバマを超える大統領になることを狙っているようだ。

 そうした中で日本のメディアは北朝鮮の「非核化」に対する疑念と「拉致問題」の重要さだけを強調する姿勢が目立った。なぜ北朝鮮が核開発を行ったのか、なぜ日本人を拉致したのか、その答えは両方とも朝鮮戦争がまだ終わっておらず、米国や韓国から体制を転覆されることを恐れた北朝鮮が戦争の一環として行った行為の結果である。

 「非核化」を達成するにも「拉致問題」を解決するにも方法は二つしかない。戦争を遂行して北朝鮮の体制を転覆するか、戦争を終わらせて戦争のために行った「核保有」と「拉致」を撤回させることである。

 今回の流れは米国のトランプ大統領も韓国の文在寅大統領も中国の習近平国家主席も北朝鮮の体制転覆を現実的でないと判断したから生まれた流れである。そしてそれにはロシアも欧州も同調するはずだとフーテンは思う。

 ただ米国内には「アジアの冷戦を終わらせない方が国益になる」と考える勢力がいる。そしてその影響を受けた日本政府は北朝鮮に圧力をかけ続けて屈服させなければ「核問題」も「拉致問題」も解決しないとの立場に立つ。

 米国内の勢力が米国の国益を追求するためにそう考えるのは勝手だが、しかし日本政府が「核問題」や「拉致問題」の解決のために問題の根源である朝鮮戦争に目を向けないのは不思議だ。なぜ米国の国益に同調するのみで問題の根源と向き会おうとしないのか。

 特に憲法9条を盾に朝鮮戦争への出兵を拒み、しかしその戦争に協力することで焼け野原から高度経済成長を成し遂げた日本は、隣国の300万人が犠牲となった戦争から目を背けてはならないとフーテンは思う。

 1950年6月に朝鮮戦争が勃発した時、総理大臣吉田茂は「天祐だ」と言った。占領軍は日本を農業国にしようとしていたが、日本を戦争の兵站基地にするため追放していた軍需産業関係者を復権させ、この戦争を契機に日本は工業国としての第一歩を踏み出す。

 隣国の悲劇を「天の助け」と言った吉田は国会で批判され、また憲法9条を盾に出兵を拒んだことで米国の怒りを買うが、しかし吉田は社会党に護憲運動を促し、冷戦体制下で社会党政権が出来れば困るのは米国だと思わせる。それを竹下登は「絶妙の外交術」と言ったが、その結果日本は米国産業を打ち負かして経済大国になった。

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ジャーナリスト

1969年TBS入社。ドキュメンタリー・ディレクターや放送記者としてロッキード事件、田中角栄、日米摩擦などを取材。90年 米国の政治専門テレビC-SPANの配給権を取得。日本に米議会情報を紹介しながら国会の映像公開を提案。98年CS放送で「国会TV」を開局。07年退職し現在はブログ執筆と政治塾を主宰■オンライン「田中塾」の次回日時:5月26日(日)午後3時から4時半まで。パソコンかスマホでご覧いただけます。世界と日本の政治の動きを講義し、皆様からの質問を受け付けます。参加ご希望の方は https://bit.ly/2WUhRgg までお申し込みください。

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