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野中広務氏は「国会テレビ」にとって最強の敵であった

田中良紹ジャーナリスト

フーテン老人世直し録(351)

睦月某日

 元衆議院議員で官房長官や自民党幹事長を歴任した野中広務氏が26日午後に亡くなられた。92歳であった。被差別部落出身であることを隠さずに権力の中枢に上り詰め、一時は総理になる可能性も取りざたされた実力者である。

 自身の体験から常に弱者の側に立つ政治を志し、平和主義を掲げて社会党出身の村山総理を担ぐ一方、政治改革を主張した小沢一郎氏を「悪魔」と呼び、また新自由主義を取り入れた小泉元総理や憲法改正を訴える安倍総理を徹底的に批判する政治家であった。

 その野中氏はかつて「郵政族のドン」として日本の放送行政に絶大な力をふるった。そのため政治改革の一環として「国会テレビ」を構想したフーテンにとって、その実現を阻む側の頂点に立つ「強敵」であった。フーテンの目から見た野中広務像を回顧することで故人を偲ぶよすがとしたい。

 フーテンが初めて野中氏にお会いしたのは氏が国会議員となって1年足らずの1984年である。そのころフーテンは自民党田中派を担当するTBSの政治記者で、当時の竹下登大蔵大臣から「四人組」と呼ばれた記者の一人だった。

 「闇将軍」田中角栄氏に睨まれることを恐れて当時の田中派担当記者は竹下氏の取材を敬遠していたが、共同通信、日経新聞、産経新聞とTBSの4人だけが竹下邸の「夜回り」を欠かさず、竹下氏から「四人組」と呼ばれた。その関係で若い頃から竹下氏と親しい野中氏とも会うことになった。

 初めて会った野中氏は長年の地方政治で培った貫禄というか重みを感じさせとても1年生議員と思えなかった。その野中氏は郵政族議員として安倍派の吹田あきら、田名部匡省、宮沢派の近藤元次議員らと「郵政四羽鴉」と呼ばれた。当選年次から吹田氏が筆頭で野中氏は末席である。

 その頃からフーテンはメディアの政治報道に疑問を抱いていた。田中角栄、竹下登の両氏から日本の政治が「保守対革新」でないことを教えられていたからである。メディアは自民党を「保守」、社会党や共産党を「革新」と呼び、「保守」と「革新」が激突しているように報道したがそれは真実ではない。

 田中角栄邸に左派の労組幹部が陳情に来るのを見てフーテンが理由を尋ねると、角栄氏は「日本に野党はないんだ」と言った。そして社会党が選挙で過半数を超える候補者を擁立していないことを教えてくれた。つまり全員が当選しても政権は奪えないのだ。そして組合幹部は社会党ではなく自民党の実力者に賃上げとスト処分の撤回を陳情していたのである。

 一方で竹下氏は国会の舞台裏を教えてくれた。国会の日程はあらかじめ与野党代表の一人ずつが決める。どこで激突するか、どこで妥協するか、またどの法案を成立させ、どの法案を廃案にするかを仕分ける。取引には賃上げやスト処分問題が絡む。それは交渉当事者だけが腹に収め誰にも教えない。「ディス・イズ・ポリティックス」と竹下氏は言った。

 しかし国民は激突国会を見せられて「保守」と「革新」が激突していると思い込む。問題はそう思い込ませるメディアにある。特にNHKの国会中継が国民にそうした印象を植え付ける。そこでフーテンは各国が議会中継をどのように行っているかを調べた。すると米国も英国もテレビ中継を禁止していたことを知った。

 大衆を意識した政治家が人気取りに走るのを防ぐためである。与野党の激突を国民に見せることは民主主義を歪めると英米は考える。しかしケーブルテレビなど多チャンネルの時代になって米国にはポピュリズムを排した議会チャンネルが登場した。C-SPANという。

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ジャーナリスト

1969年TBS入社。ドキュメンタリー・ディレクターや放送記者としてロッキード事件、田中角栄、日米摩擦などを取材。90年 米国の政治専門テレビC-SPANの配給権を取得。日本に米議会情報を紹介しながら国会の映像公開を提案。98年CS放送で「国会TV」を開局。07年退職し現在はブログ執筆と政治塾を主宰■「田中塾@兎」のお知らせ 日時:4月28日(日)16時から17時半。場所:東京都大田区上池台1丁目のスナック「兎」(03-3727-2806)池上線長原駅から徒歩5分。会費:1500円。お申し込みはmaruyamase@securo-japan.com。

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