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「平和ボケ」同士の「ボケボケ」党首討論

田中良紹ジャーナリスト

戦争は地震や津波のように「やってくる」ものではない。人間が作り出すものである。人間が作るものなら人間が変えることもできる。それを日本人は地震や津波と同じように考え、「やってきたら」と怖れる。為政者はそこに付け込み恐怖心を煽って国民を操る。

戦争は人間が積み重ねた論理と構造によって引き起こされる。偶発的に起きたように見えても必ず背景には論理と構造があり、起こるべくして起こっている。「戦争が起こったらどうしよう」などと考えてはいけない。その前に考えるべき事がある。第一に我が国に戦争に至らざるを得ない状況があるのかを考える。

第二になぜそのような状況が生まれたか原因を考える。第三に回避する方法がないかを考え、あれば回避した効果を増大させるようにする。第四に回避できなければどのような危険が及ぶかを考え、ダメージを最小にするよう備える。それが戦争と向き合う時のごく当たり前の対応である。

今国会初めての党首討論は集団的自衛権の行使容認をテーマとしたが、実に内容のない議論だった。安倍総理も追及した民主党の海江田代表も戦争を真面目に論じていない。安倍総理は「戦争が起こったら・・国民の生命を守る」と繰り返し、海江田代表は「戦争が起こったら・・自衛隊員の血が流れる」と応酬する。二人とも「戦争が起こったら・・どうしよう」と考える庶民レベルの発想である。これが政治家同士の議論なのか。

安倍総理も海江田代表も我が国を取り巻く東アジア情勢が厳しさを増しているという認識で一致している。中国と北朝鮮の存在がそうさせていると考えている。そこで先に述べた問題である。果たして戦争に至るのか。至るとすれば原因は何か。回避する方法はないか。なければどこに危険が及ぶか。そのための備えは何か。そうした思考回路を経て我が国の安全保障を考えているようには思えない議論の応酬であった。

戦争を起こすも起こさないも人間次第、とりわけ政治家次第である。その当事者がなんとまあ真剣味のない議論をするのかと思ってテレビを見ると、安倍総理の背後に口を開け手を叩いて喜ぶ自民党議員の顔が見え、それがバカ面に見えて仕方がなかった。

私は湾岸戦争を準備する頃から、コソボ紛争、そしてアフガン戦争へとおよそ10年間にわたるアメリカ議会の議論を見てきた。専門家を集めて戦争の是非を議論する公聴会、議員たちが戦争を承認する本会議の議論、いずれも戦争を巡る議論では与野党が対立していても大口を開け手を叩いて野次を飛ばすような議員は一人もいない。一般の議員にとってそこでの発言は自らの政治生命を左右する。それに比べ日本ではあまりにも軽い、中身の薄い議論ばかりが見せつけられる。

安倍総理の主張を聞くと、北朝鮮や中国との戦争は避けられないと考えているようだ。そうでなければ集団的自衛権行使容認を急ぐ説明にならない。この総理は回避の努力を通り越して戦争になったらどうしようとそれだけを考えている。その一方で集団的自衛権が戦争を起こさせない「抑止力」になるとも発言した。ただなぜ「抑止力」になるかを説明しない。「同盟強化は抑止力」という子供じみた論理を言っているに過ぎない。

何度も書いてきたように、同盟関係を強化してもしなくとも、アメリカはアメリカの利益になれば助けるが、利益にならなければ助けない。当たり前の常識である。アメリカは自国の利益のためにのみ戦争をする。利益にならないのに戦争することなど論理的にありえない。

その認識が私と安倍総理とでは180度異なる。今日の敵は明日の友、今日の友は明日の敵というのが国際社会の常識である。私が見てきたアメリカは敵を徹底的に叩くが、叩いても崩れない敵には敬意を抱く。かつて日本経済がアメリカを上回った時、アメリカ議会に「日本にはもう一度原爆を落とさなければならない」と過激な発言が飛び出した。しかし言葉とは裏腹に当時のアメリカは日本に畏敬の念を抱いていた。

バッシングされている時が花である。アメリカは日本叩きに中国と北朝鮮を利用した。中国とは戦略的パートナーシップを結び、一方で北朝鮮のミサイル発射を利用しておびえる日本に兵器を売りつける。そして日米同盟強化を売り込んできた。それはアメリカにとって商売になるからである。ところが中国経済が成長して日本を追い抜くと、アメリカは中国バッシングを始めた。今度はそれに日本が利用される。

中国の軍事力を脅威だと煽ると、「平和ボケ」した日本はおびえ、様々な資源をアメリカに提供するようになる。しかしアメリカの本音は何でも言う事を聞く国より、聞かない国の方が魅力的で、しかも中国は世界最大の市場を持つのだから魅力は半端でない。日本がアメリカに膝を屈してバッシングがやんだ時から日本はただの道具になった。中国との関係次第でこの道具はいつでも捨てることが出来る。

党首討論で安倍総理は尖閣防衛のためアメリカ人兵士が血を流すと言った。よく平気で嘘が言えると思ったが、アメリカが血を流す事はありえない。尖閣防衛の利益と損失を入念に計算すれば、中国と戦争するメリットなど考えられない。また安倍総理は日本の自衛隊が湾岸戦争やイラク戦争に参加する事はないと断言したが、これも根拠がない。

石原慎太郎日本維新の会の代表がぼそぼそと湾岸戦争の裏話をしたが、いかにアメリカの要求が横暴で、日本は断ろうとしたが断れなかったという話である。アメリカの横暴を抑えることが出来るのは、野党との議席差が接近し、政権交代の危険があると言ってアメリカを脅せる時だけである。

岸元総理をはじめ、かつての自民党の指導者たちは、野党の議席数を減らさずに、社会主義政権が誕生するとアメリカを脅し、アメリカから譲歩を引き出した。アメリカを手のひらに載せて操ったのは日本の方である。それが今やオツムの悪い孫の世代が大口開けて野党を笑い、かつての自民党が駆使してアメリカに一目置かせた外交術を消滅させ、アメリカから良いように操られるだけでなく、腹の中で馬鹿にされ笑われているのである。

ジャーナリスト

1969年TBS入社。ドキュメンタリー・ディレクターや放送記者としてロッキード事件、田中角栄、日米摩擦などを取材。90年 米国の政治専門テレビC-SPANの配給権を取得。日本に米議会情報を紹介しながら国会の映像公開を提案。98年CS放送で「国会TV」を開局。07年退職し現在はブログ執筆と政治塾を主宰■オンライン「田中塾」の次回日時:5月26日(日)午後3時から4時半まで。パソコンかスマホでご覧いただけます。世界と日本の政治の動きを講義し、皆様からの質問を受け付けます。参加ご希望の方は https://bit.ly/2WUhRgg までお申し込みください。

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