Yahoo!ニュース

日本の民主主義は生き返ることが出来るか

田中良紹ジャーナリスト

第186通常国会が始まった。昨年の185臨時国会はこれまでになくひどい国会で、長年国会を見てきた私は「議会制民主主義の死」を感じてしまった。それだけにこの通常国会がどのような議論を展開するかに強い関心がある。日本の民主主義は生き返ることが出来るのか、それがこの通常国会で問われる。

昨年の臨時国会は当初「成長戦略実現国会」と位置付けられていた。アベノミクスの「第三の矢」について議論するのが国会の課題であった。ところが始まってみると、それがどこかに消え、「日本版NSC法案」と「特定秘密保護法案」を成立させる国会である事が明らかになった。

アベノミクスは当初から「第三の矢」が最も重要な意味を持つと言われてきた。しかし楽天の三木谷浩史社長が薬事法改正を巡って産業競争力会議の委員辞任を表明した事からも分かるように、民間主導になるはずの改革が結局は霞ヶ関主導になり、表の看板とは裏腹に旧来の枠を壊せない事が明らかになりつつあった。

そうした事から成長戦略をまともに議論する事を避け、「日本版NSC法案」と「特定秘密保護法案」の成立に舵を切り替えたのではと私は見ていた。それでは国家の安全保障に深くかかわる「日本版NSC法案」と「特定秘密保護法案」は十全な準備がなされていたのかと言えばそれも違う。

日本版NSCはアメリカの強い要請により第一次安倍政権の頃から検討され、民主党政権でも検討は継続されたが、今回決まった「日本版NSC」は議事録を作成しないと言うのだから、アメリカのNSCと原理が異なる。議事録を作らないというのは将来にわたって国民の目に触れさせまいという事で、それは全く民主主義に反する。

「日本版NSC法案」とセットで成立を目指すことになった「特定秘密保護法案」も民主党政権の時代に検討された経緯があり、安倍政権としては民主党も反対できないと踏んだのだろうが、内容的には問題だらけであった。誰が秘密を指定するか、それを監督するのは誰かなどで諸外国とは異なるのである。

これまでも情報を独占してきた官僚がますます権益を拡大することが容易に想像できる法案であった。さすがにそれは国民の疑念を呼ぶ。すると「日本版NSC法案」に賛成した民主党も「特定秘密保護法案」には賛成できなくなった。そして政府の答弁は国民の疑念を晴らそうとするあまりに、日替わりでころころ変わる意味不明の答弁となった。民主主義に反すると追及されると、成立させた後で施行までの間に様々な措置を講じると答弁して逃げた。そうやって強引に法案を成立させたのである。

法案を成立させた後に安倍政権は「重層的なチェック機関」と称して有識者などによる会議を複数立ち上げたが、これも官僚が得意とする官僚支配のやり方である。有識者によるチェック機関と聞かされると騙される馬鹿な国民もいるが、人選によって有識者会議はいかようにでも操ることが出来る。

私は以前から秘密情報を監視する役割は国会だと主張してきた。国民の代表が国家の中心的役割を果たす事が民主主義の民主主義たる所以だからである。その重要なポイントが臨時国会の議論の中では全く深まらなかった。

今年に入って超党派の国会議員団がドイツ、イギリス、アメリカを視察し特定秘密の指定をどう監視しているのかを調査した。そこで分かったことはどの国でも議会の役割が非常に大きいという事である。それは民主主義国であれば当たり前である。それが法案を成立させた後になって分かったというのでは笑い話にもならない。調査団を迎えた国は法案を成立させた後から勉強に来る日本の議員たちのお粗末さに呆れたに違いない。

ところが森雅子担当大臣は17日の記者会見で「特定秘密保護法案の法改正はしない」と断言した。「運用で対応する」と言うのである。これも官僚お得意のやり方だ。法律に書き込まれた事には官僚が違反することは出来ない。しかし「運用」となると「運用」をする主体は官僚であり政治家ではない。官僚の胸三寸でいかようにでもなるのである。では何のための欧米視察だったのか。そういう問題が残されている。

安倍政権はこの通常国会を「好循環実現国会」と名付けた。先の臨時国会を「成長戦略実現国会」と名付けたのと同じ戦法である。馬鹿な国民には良い経済が始まると思わせ、都合の良いデータだけを並べて見せ、その裏でせっせとアメリカに媚を売る。柳の下に土壌は二匹いると安倍政権は考えているのである。

しかしそれが通れば日本の民主主義は二度死ぬ。思えば昭和11年、日本は東京オリンピックと万博の招致に成功し、国中が湧き上がり、国民は明るかった。翌年に盧溝橋事件が起き、次いで南京が陥落すると戦争景気を期待して国民の顔はさらに明るくなった。政府は「戦線不拡大」を声高に言い続けるから誰も深刻な戦争になるとは思っていない。

それが民主主義を否定して大政翼賛会に組み込まれるのにさほどの時間はかからない。昭和14年に映画法が成立し、15年に新聞法と銀行法が成立して、国民の洗脳と企業の国家管理が始まった。大げさな事を言う気はないが、政府が明るい未来を強調する時には民主主義を弱める動きが出て来るものである。民主主義を二度殺さないために、この通常国会は「民主主義」という視点からしっかり見る必要があると私は思う。

ジャーナリスト

1969年TBS入社。ドキュメンタリー・ディレクターや放送記者としてロッキード事件、田中角栄、日米摩擦などを取材。90年 米国の政治専門テレビC-SPANの配給権を取得。日本に米議会情報を紹介しながら国会の映像公開を提案。98年CS放送で「国会TV」を開局。07年退職し現在はブログ執筆と政治塾を主宰■オンライン「田中塾」の次回日時:5月26日(日)午後3時から4時半まで。パソコンかスマホでご覧いただけます。世界と日本の政治の動きを講義し、皆様からの質問を受け付けます。参加ご希望の方は https://bit.ly/2WUhRgg までお申し込みください。

「田中良紹のフーテン老人世直し録」

税込550円/月初月無料投稿頻度:月3、4回程度(不定期)

「フーテン老人は定職を持たず、組織に縛られない自由人。しかし社会の裏表を取材した長い経験があります。世の中には支配する者とされる者とがおり、支配の手段は情報操作による世論誘導です。権力を取材すればするほどメディアは情報操作に操られ、メディアには日々洗脳情報が流れます。その嘘を見抜いてみんなでこの国を学び直す。そこから世直しが始まる。それがフーテン老人の願いで、これはその実録ドキュメントです」

※すでに購入済みの方はログインしてください。

※ご購入や初月無料の適用には条件がございます。購入についての注意事項を必ずお読みいただき、同意の上ご購入ください。欧州経済領域(EEA)およびイギリスから購入や閲覧ができませんのでご注意ください。

田中良紹の最近の記事