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選挙の基本

田中良紹ジャーナリスト

民自公の3党合意がもたらした総選挙がスタートした。メディアは連日のように政党の「政策の違い」を報道しているが、おそらく国民には何が何だか分からない。相当にインチキな解説も横行しているから、分かった積りになると騙される。そこに選挙は政策を選ぶと思い込まされている日本国民の不幸がある。

政策を選ぶ選挙をやって大失敗した事を国民は忘れてしまったのだろうか。7年前、小泉総理に「改革の一丁目一番地の政策」と言われて国民は「郵政民営化」を圧倒的多数で選んだ。それが日本を改革する政策だと思い込んでいた。

ところが間もなく国民は悲鳴を上げた。都市と地方、富める者と貧しい者との格差が拡大し、そのしわ寄せが医療や福祉にまで及んだ。そして郵政民営化の背後に300兆円の郵貯資金を狙うアメリカの金融戦略がある事も分かった。

冷戦の終焉によってアメリカは「ソ連封じ込め戦略」をやめた。「ソ連封じ込め戦略」のために不可欠だった日本経済の発展に協力する必要もなくなった。むしろ日米安保にタダ乗りして経済成長のみを追求してきた日本から、蓄積された富を収奪する戦略を考えるようになった。

それを具体化したのが宮沢政権以降アメリカから突き付けられた「年次改革要望書」である。霞ヶ関官僚の最大の仕事は「年次改革要望書」に応える事になった。アメリカの要望に最も忠実だった小泉政権はその作業を後押しした。小泉政権の「改革」とはアメリカの望む日本国家の改造だったのである。

7年前に国民が圧倒的多数で選んだ「郵政民営化」はその後どうなったか。民主党政権のもとで見直された。民主党政権は政権交代後まず「年次改革要望書」を廃止し、今年の4月に「郵政民営化改革法」を可決して小泉総理が目指した完全民営化を実現させなかった。

その採決で「改革法」に反対した自民党議員はわずか3人である。あの選挙で民営化に反対した自民党議員を落選させる「刺客」となった議員までが賛成した。「郵政民営化」を訴えて国民を熱狂させた自民党議員たちはほぼ全員が手のひらを返したのである。政策を選んだ選挙の結末はかくも虚しい。

政策を並べられてもその真贋を見分けるのは簡単でない。口先で何とでも説明のつく政策には騙される事も多い。個別の政策より、その結果どのような社会を目指すのかをイメージさせる方が重要なのだが、政党が12もあるとそれも判別が難しい。それでは選挙で何を選べば良いのだろうか。

政策の次によく言われるのが個人を選ぶという事だ。ところが12日間という短期の選挙ではそれも見分けが難しい。特に新人議員の資質など分かるはずもない。結局、現職議員が圧倒的に有利になる。アメリカ大統領選挙のように長期であれば、様々な攻撃に耐える姿から実行力や人間性を見極める事ができる。しかし日本のように名前だけ連呼されても個人の資質は分からない。

ではどうするか。まずはメディアの報道など頭の中から消し去って、選挙の基本に戻る事である。基本とは、第一になぜ選挙になったのかを考える。第二に、暮らしが楽になったのか苦しくなったのかを選挙の判断基準にする事である。楽になったのなら現状の政治を続けさせる。苦しくなったなら現状を変える一票を投ずる。その一票で政権が変わらなくとも反対票が増えれば政権は政策を見直すようになる。

政権交代を繰り返す民主主義国では第二の考え方で投票するのが普通だと思う。現状に満足する国民が多ければ政権は変わらない。しかし半数以上が不満であれば政権は変わる。これが民主主義の選挙の基本である。ところが政権交代を知らないできた日本では、昔の選挙は政策抜きのサービス合戦で、次にその反動から「政策」ばかりを重視するようになり、口先で国民をだます「目くらまし」選挙が横行するようになった。

そこで基本の第一である。なぜ選挙になったのか理由は明白である。消費増税に民主、自民、公明の3党が賛成して法案を成立させたからである。社会保障との一体改革を謳ってはいるが社会保障の中身は不明のまま、増税だけを決めて国民に信を問うた。国民もずいぶん舐められたものだと思うが、それでも消費税に賛成なら民自公3党のいずれかに投票すべきである。反対ならその他の政党に投票する。これが今回の選挙の核心である。

ところが民自公3党は消費税に国民の目を向けさせないよう他の政策を並べ立て、自分たちが一体でないかのように見せかけている。これが典型的な「目くらまし」のやり方である。愚かな国民の目先を変えさせれば簡単に騙せると民自公3党は思っている。しかし違いを叫んで戦って見せても、この3党は選挙が終われば手を組む以外に政治をやれない。

そして投票に当たって大事なのは選挙後の政権の枠組みである。政策は口先でごまかせるが、政策を実現するのは数の力で、そちらが現実の政治を決める。消費増税の一点で民自公3党が手を組むことは確定している。一方でその他の案件では自民と日本維新の会が手を組む形が鮮明になってきた。従って日本維新の会を「第3極」と呼ぶのは正しくない。民自公と闘わない勢力は「第3極」ではなく「補完勢力」と呼ぶべきである。

しかしだからこそ日本維新の会は自民党との「違い」を強調する「目くらまし」をやる。それが古今東西政治というものの姿である。そういう意味で現状に満足な人間は民自公+日本維新の会のいずれかを、不満な人はそれ以外を選ぶ。

こうして現状満足か不満かの二者択一が決まったら、最後にそれぞれのグループの中から自分のフィーリングに合う政党を選ぶ。その時に並べられた政策を眺めることはする。これが選挙の基本ではないか。今回の選挙のように多くの政策に焦点を当て、違いばかりを強調していると、選挙後の政権の枠組みや消費増税という核心部分が見えなくなる。選挙に「目くらまし」は付き物だから、それに騙されぬよう、ご用心、ご用心。

ジャーナリスト

1969年TBS入社。ドキュメンタリー・ディレクターや放送記者としてロッキード事件、田中角栄、日米摩擦などを取材。90年 米国の政治専門テレビC-SPANの配給権を取得。日本に米議会情報を紹介しながら国会の映像公開を提案。98年CS放送で「国会TV」を開局。07年退職し現在はブログ執筆と政治塾を主宰■オンライン「田中塾」の次回日時:5月26日(日)午後3時から4時半まで。パソコンかスマホでご覧いただけます。世界と日本の政治の動きを講義し、皆様からの質問を受け付けます。参加ご希望の方は https://bit.ly/2WUhRgg までお申し込みください。

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「フーテン老人は定職を持たず、組織に縛られない自由人。しかし社会の裏表を取材した長い経験があります。世の中には支配する者とされる者とがおり、支配の手段は情報操作による世論誘導です。権力を取材すればするほどメディアは情報操作に操られ、メディアには日々洗脳情報が流れます。その嘘を見抜いてみんなでこの国を学び直す。そこから世直しが始まる。それがフーテン老人の願いで、これはその実録ドキュメントです」

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