デビュー35周年を迎えた“さすらいの吟遊詩人”

デビュー35周年を迎えたシンガー・ソングライター安藤秀樹。1986年「Foolish Game」でEPICレコードからデビューし、多彩なメロディと日常の風景を描いた、夢や希望、勇気を灯す常に前向きな歌詞を、甘くも強い、芯が通った声で歌い数々の名作を生んだ。“さすらいの吟遊詩人”と称された彼の作品はオリジナルだけではなく、鈴木雅之の名曲「さよならいとしのBaby Blues」(作詞・曲)、吉川晃司「にくまれそうなNEWフェイス」「RAIN-DANCEがきこえる」、織田裕二、久宝瑠璃子等に楽曲提供し、様々なアーティストに歌われた。

未発表音源が6曲発見される。「発売済みのものと思い込んでいた」(安藤)

『Can‘t you hear me』&『All Time Best』』(7月14日発売)
『Can‘t you hear me』&『All Time Best』』(7月14日発売)

そんな安藤の、1995年~2000年にレコーディングされていた未発表音源のトラックダウンマスターが、Sony Music Studioの倉庫から6曲(「月に踊って」「愛しいよ」「夜明けの中で」「好きだよ」「愛を探して」「聞こえるかい」)が発見され、その作品と1995年以降に発表された作品とで構成した29年ぶりとなるオリジナルニューアルバム『Can‘t you hear me』と、安藤自らがセレクトした35周年記念『All Time Best』盤と合わせて、2枚組CDとして7月14日に発売され、注目を集めている。

この発見に至るまでは、当時のエピックレコードスタッフのファインプレーによるところが大きい。そのあたりの詳細は、CDに封入されているブックレット内で、安藤を囲んでのアレンジャー松本晃彦、当時のエピックレコードスタッフによる対談の中で語られているが、そこからコメントをピックアップし、安藤本人も「発売済みのものと思い込んでいた」と語っている、新たにみつかった曲達を中心に構成されたアルバム『Can‘t you hear me』を紐解きたい。

(座談会出席者:エピックレコード・ジャパン岡田宣氏、編曲家/プロデューサー・松本晃彦氏、ソニー・ミュージックエンタテイメント中村勉氏、ソニー・ミュージックダイレクト村井英樹氏)

左から村井英樹氏、岡田宣氏、安藤秀樹、松本晃彦氏、中村勉氏
左から村井英樹氏、岡田宣氏、安藤秀樹、松本晃彦氏、中村勉氏

「今回35周年記念の『ALL TIME BEST』の制作を手伝うことになって、その収録予定曲を改めて見ていた時、当時(1995~2000年)レコーディングした音源が一曲も入っていないことに気づき『おかしい…』と思いました」(村井)という気づきから、未発表曲の“発見”に繋がった。村井氏は2016年に30周年記念の時に『GOLDEN☆BEST Limited 安藤秀樹〜ダウンタウンからの贈り物』と、翌年リリースした『GOLDEN☆BEST Limited 安藤秀樹〜ダンディからの贈り物〜』とベスト盤を2作品リリースしたこともあって、今回は「通好みのいぶし銀の選曲なのか」と思ったという。しかし自身がエピック時代にレコーディングに関わっていた曲が一曲もないことに疑問を感じ、音源テープの捜索活動を開始した。

ソニー・ミュージックエンタテインメントの当時の録音部にあたるメインのスタジオにも登録情報を問い合わせ、当初は見つからなかったが、後日、発見という連絡を受ける。「今はデジタル化されているのでレコーディングしたものをいくらでも保管できますが、当時録音物(マルチとマスター)は、物理的にも全てを保管しておくのは無理で、ある程度保管期間が決められていて、それを過ぎたら破棄されます。でも当時のエピックレコードは自分達で管理していたので、今回の音源も出てきたということです」(岡田)。

今回の発見について安藤は「村井のファインプレー」と言いつつも、「個人的にはリリースしていたつもりでした(笑)。当時「交差点」(1995年)が高校野球放送中継のオープニングテーマになったり(第77回全国高等学校野球選手権大会朝日放送中継オープニングテーマソング)や、「百万の言葉より」(1998年)が「熱闘甲子園」(ABC)のテーマソングになっていて、「笑顔にBANZAI」(1995年)もラグビー中継のタイアップだったり(朝日放送系社会人ラグビー選手権大会エンディングテーマ)、そういうタイアップが続いていたので、そのカップリングか何かで出ている気がしていました。大いなる勘違いでした(笑)」と本人もその存在を忘れていたことを明かした。

「今回発表された曲もどの曲も、今のアーティスト、ミュージシャンに聴かせたいくらい贅沢な音で、今聴いてもカッコいい」(安藤)

今回は新たに発見されたその6曲に95年以降にリリースされたシングル5作品を加えて、オリジナルフルアルバム『Can‘t you hear me』としてリリースされた。「M7以降が、このアルバムの先行シングルになる」(岡田)という贅沢な内容だ。「今回発表された曲もどの曲も、今のアーティスト、ミュージシャンに聴かせたいくらい贅沢な音で、今聴いてもカッコいいよ」(安藤)。

様々なアーティストや映画・ドラマの劇伴などを数多く手がける、安藤作品には欠かせないアレンジャー・松本晃彦がアレンジを手がけた「愛しいよ」は、アーバンな雰囲気の豊潤なサウンドは「90年代前半の音だね」(松本)と言うように、まさにシティポップスだ。「曲を明るくパリッとさせたい時は、いつもマカロニ(松本)に頼んでたね(笑)。で、『さよならいとしのBaby Blues』」みたいな渋めの曲の時は、有賀(啓雄)にお願いをしていたと思う」(安藤)と「今初めて明かされる事実(笑)」(松本)も座談会では飛び出した。

松本晃彦氏
松本晃彦氏

「安藤君はがらっぱちな感じだけど(笑)、音楽はスタイリッシュで繊細」(松本)

松本から見た、シンガー・ソングライター安藤秀樹の魅力を改めて教えてもらうと共に、二人はどんな感じで制作をしていたのかを聞いた。

「もう付き合いが長すぎて、改めてそう聞かれると難しいなぁ(笑)。一緒にやった最初の作品が『せいいっぱい』(1989年)という曲で、当時は木崎賢治さんがプロデューサーで、安藤君と僕はまだ20代でした。安藤君ってがらっぱちな感じなんだけど(笑)、音楽はスタイリッシュで繊細なんです。それと、これは元々安藤君が持っている部分でもあるし、時代性もあったかもしれないけど、絶望しない歌詞が多くて、『歌詞を見ながらアレンジしないとあかんで』と当時のEPICレコードのディレクター小林和之さんに言われて、木崎さんには『音数が多いのはダメだよ』って教えられて、ちょうどアレンジャーとして少しずつ仕事が増えてきた時期に、歌詞を軸にアレンジを考えるということを教えられました。なので二人で一緒に大きくなっていった感じがします。海外でのレコーディングで一流のミュージシャンを呼んでセッションしたこともその後の仕事に大きく役立ちました。今回安藤君の29年ぶりの一番新しいアルバムでありながら、自分の青春、過去にも会うことができました。『愛しいよ』はどんな曲だったか忘れていましたが(笑)、今聴くと、やり直しさせて欲しいと思いました(笑)」(松本)。

「発見された6曲はアルバム用ではなく、どれもシングル候補曲だった」(安藤)

今回発見された音源は、当時の国内の一流のミュージシャンが参加して、お金と手間を惜しまず、とにかく“丁寧に”作っている。だから全く色褪せることなく、どの曲も瑞々しい。

「本当に“ちゃんと”作っているよね。どこも手を抜いていないし。さっき松本君が安藤さんのことをがらっぱちだけどって言ったけど、そこが魅力で、“人間・安藤秀樹”と、曲にギャップがあるんです。曲だけ聴くとどんなに線の細い人かなって思う」(岡田)。

「自分の手で悔いなく作ったと言い切れるくらいの熱量で、どの作品にも向き合ってくれました」(安藤)。

「全員で必死で売れるものを作ろうと、切磋琢磨していました」(岡田)。

「『Can‘t~』が“前作”の『With』(92年)と違うのは、今回発見された曲はアルバム制作のために作った曲ではなく、シングル候補として作っていたものばかりだということ。いつタイアップのリクエストがきてもいいように、曲ができたらレコーディングして、その繰り返しだったこともあって、6曲のことを忘れていたのかもしれない。でもシングル用に作っていたので、今回改めて聴いて全部覚えていました。唯一『月に踊って』は、本当に忘れていて(笑)、大分後になって歌詞とアレンジを変えて、確かアイドルに提供した記憶があります(笑)」(安藤)。

「今回発見されたのは、当時、“次”の安藤秀樹をどう見せていくかというタイミングだったので、色々なタイプの曲を試していた時の6曲だったはず」(中村)

シングル候補曲ばかりだったので、どの曲も“強い”。「とにかくメロディがいいものを作るというテーマで、どんどん曲を作っていた時期だったと思う」(安藤)。

「安藤さんって“旅人”みたいなイメージがあって、アルバムでいうと『Camp』(1988年)とか『Heart Break Pierrot』(1990年)は、特にアメリカっぽい、例えばトム・ペティみたいな感じで、オルガンとアコギが入った編成が多くて、それが旅人のイメージになっているのかもしれません。でも急にイギリスっぽいサウンドになったりして、それも影響しているのかもしれない」(岡田)。

「これからも新しい曲を作り続けていきたい」(安藤)

安藤秀樹
安藤秀樹

安藤は当時のことを思い出しながら「自分は本当にスタッフに恵まれていた」と繰り返し語っていた。スタッフのものすごい熱量と、それに応えようとする安藤のエネルギーが交錯し、熱いもの=作品が生まれ、それがパッケージされているのがアルバム『Can’t you hear me』だ。

「今回発見された6 曲と先行シングルたちで構成されたDISC1『Can’t you hear me』とDISC2『ALL TIME BEST』は、一曲一曲スタッフ全員で、全身全霊で取り組みました。曲を作る時も命がけでやっていました。今はみんな歳を取って丸くなったと思うけど、当時はディレクターから厳しいことを言われたこともあったし、アーティストとしてどこまでできるんだろうということをいつも考えていた時期でした。自分の音楽が、果たして世の中に届いているのかと自信を失っていたこともあったし、でもそんな時に叱咤激励してくれたスタッフがいて、今こうして活動を続けていられるのも、そういう時代があったからだと思っています。これからも新しい曲を作り続けていたいです」(安藤)。

「otonano」安藤秀樹35周年記念特設サイト