Yahoo!ニュース

コシミハル 細野晴臣プロデュースの名盤2作がアナログLPで復活「今の活動につながる大切な作品」

田中久勝音楽&エンタメアナリスト
写真提供/ソニー・ミュージックダイレクト

コシミハルのYENレーベル時代の細野晴臣プロデュースの2作が、アナログLPで再発売

コシミハルがYEN(エン)レーベル時代にリリースした2枚のアルバム『チュチュ』(1983年)と『パラレリズム』(1984年)が、6月12日にアナログLP(完全生産限定盤)で再発売された。この2作品は国内のみならず、海外でも80年代テクノポップの名盤として高い評価を得ており『RECORD STORE DAY JAPAN 2021“RSD Drops June”』にエントリーされている。オリジナルアナログ盤は、現在入手困難となっておりファンにとっては待望の再発となる。そこで、コシミハルにインタビューし、ポップスのフィールドからテクノポップへと向かい、細野晴臣プロデュースでこの2作を作りあげるまでの経緯、作品について、さらに現在の活動についてまでを語ってもらった。

今回のアナログ再発では、カッティングに先立つ音源のプリマスタリングを細野晴臣が担当し、ディスクカッティングには名匠エンジニア・小鐵徹を起用している。まずはこの2作が今回アナログLPで発売されるという話を聞いてどう思ったのか、そしてプリマスタリングで細野とはどんな会話があったのかを教えてもらった。

「この2作は私の今の活動につながる、スタートになった大切な作品」

「『チュチュ』と『パラレリズム』は、私の今の活動につながるまさにスタートの2枚なので、当時、特に『チュチュ』はテクノという“枠組み”で聴かれていたので、テクノ自体がまだそんなになじみがない音楽だったということもあって、『よくわからない』と言われることも多くて、孤独感もありました。だから今回レコードで復刻すると聞いて驚いて、『本当にいいんでしょうか』という気持ちでした(笑)。でも長い年月が経って、今のポップスを聴くとみんなテクノになっていて、知らないうちに音楽の中に入り込んでいます。だからこの作品も今聴くと、普通に聴いてもらえるのでは?と思います。プリマスタリングの時細野さんは『感慨深いなぁ』っておっしゃっていました」。

78年、ピアノの弾き語りスタイルでデビューするも「居場所はここではなかった」

クラシック、シャンソン、ジャズ、バレエなど多様なバックグラウンドを持つコシだが、オーディション番組で合格し、1978年に越美晴としてピアノの弾き語りスタイルでデビューした。1979年、坂本龍一や山下達郎など錚々たるミュージシャンが参加した1stアルバム『おもちゃ箱 第一幕』を発表し、高い評価を得る。しかし徐々に彼女は「居場所はここではなかった」と気づきはじめ、活動を休止。結果的にそれが、本当に輝ける場所へと向かうための準備の時間になる。

「小さい頃から家でピアノを弾きながら遊んでいて、高校生の時に作った曲でデビューしたので最初はすごく嬉しかったです。素晴らしいプレイヤーの方々の中に入って、ピアノを弾いてレコーディングできて、とても幸運でした。その後色々な芸能活動があって戸惑ってしまって。映画を観たり、本を読んだりすることが大好きで、それは曲を作る上でとても大切なことで、その時間がなくなっていって徐々に息苦しくなったというか、曲が作れなくなってしまいました。苦悩の日々が続く中、あるイベントで、エンジニアの吉野金次さんに出会いました。そこで使った新しい機材に魅了されました。それでシンセサイザーやリズムボックスなどを買って、部屋で多重録音をするようになって、それまでピアノだけで作っていたものが、一気に世界が広がって、アレンジをしながら曲を作っていくということが始まりました」。

「部屋で多重録音で作ったデモテープを細野さんに聴いてもらったら『すごく面白い!』と言ってくださって」

80年代初期はシンセサイザーによって日本の音楽が変革していく時期だった。自身のそれまでの音楽を一新させる“武器”を手に入れたコシは、次から次へと出てくるアイディアをスケッチし、デモテープ作りに没頭していった。

「その時は作品を作っているという意識がなくて、ただ夢中で、どんどんデモテープができあがりました。でも、それを周囲の人に聴いてもらっても反応が今ひとつで自信をなくしていました。そんな時に、遠藤賢司さんが細野晴臣さんのプロデュースで作品を作るので、キーボードを手伝って欲しいと声をかけてくれました。それで細野さんに初めてお会いした時に、デモテープを聴いてもらったら『すごく面白い!君はテクノだね』って言ってくださって。後日、遠藤さんから『細野さんがもう一度ちゃんと聴きたいと言っているから連絡をとって』と言われて細野さんと再会しました。そうしたら『このデモテープをそのまま表現するという形でレコーディングして、YENレーベル(細野と高橋幸宏がアルファレコード内に設立したレーベル)から出しませんか』と。

「コンピュータを使っても、ひとつひとつ全部手で弾いているので、テクノ音楽をやっているという意識がありませんでした」

当時のアルファレコードは先鋭的で実験的な音楽を、次々と発表していた。YMOが世界的に評価され、テクノが盛り上がってきて、細野がやっている音楽、関わっているアーティストに注目が集まっていた。

『チュチュ』(1983年) アートワークはCD発売時(1992年)の写真を使用した新デザイン
『チュチュ』(1983年) アートワークはCD発売時(1992年)の写真を使用した新デザイン

「レコーディングも家で作った時と同じような手順でやっていきました。それで完成したのが『チュチュ』でした。それまでやってきた音楽とは全く見え方が変わったので、戸惑ったファンの方も多かったようです。でもコンピュータを使っていてもひとつひとつ全部手で弾いているので、テクノ音楽をやっているという意識がありませんでした」。

「『パラレリズム』のジャケットは画家・金子國義さんとの出会いがとても大きかった」

先鋭的なテクノポップサウンドとポップなメロディ、コシのコケティッシュなボーカルとが相まって、新しい世界を作り上げた。彼女にとってはある意味“本当の”1stアルバムになった。続く『パラレリズム』はより耽美的で、その歌詞は美しい淫靡さや格調を失うことなく強い美意識を反映させ、虚構美の世界を構築している。それはジャケットにも表れている。

『パラレリズム』(1984年)
『パラレリズム』(1984年)

「当時は耽美的な文学や絵画などが強く惹かれていたので、それが音楽と結びついた感じです。この作品のジャケットは、画家の金子國義さんとの出会いがとても大きかったです。金子さんの作品が好きで、ジャケットをお願いしたいという思いが叶い、アートディレクターの浅葉克己さんと、写真家の久留幸子さんと共に時間をかけて作りました。その時金子さんが『あなたは古い音楽や映画が好きなのに、なんでテクノやってるの?』って聞かれて、『テクノをやめて古い音楽をやりなさい』って言われました(笑)。そこだけ一致しないのが残念でした(笑)。でもその時に教えていただいたことが、今でも心の中で色々な場面で生きています。このジャケットもそうですが、アルファミュージックは音楽とアートワークを含めてひとつの作品だという意識があって、とても恵まれ環境で音楽を作ることができました」。

「小さい頃、家では寝ても覚めてもクラシック音楽が流れていたので、父が消し忘れたラジオから流れてくるシャンソンにワクワクした」

コシは、父親がファゴット奏者、母親が声楽家という音楽一家に生まれ、家の中では常に音楽が流れているという環境で育ち、それが多様なバックグラウンドに繋がり、コシミハルという音楽家を構成している。

「家の中でずっと音楽が流れているというのは、子供の頃は苦痛でした。寝ても醒めても大音量でクラシック音楽…反抗心から他の音楽を求めている時期もあって、シャンソンに出会いました。父が消し忘れたラジオから流れてくるシャルル・トレネとか、ティノ・ロッシ、アンドレ・クラヴォーを聴いて、今までにはないウキウキする気持ちが湧いて、近所のレコード屋さんで譜面を買ったりして、弾き語りをするようになりました」。

「1930年代後半~40年代の欧米のポピュラー音楽は、リズムとメロディのバランスが絶妙」

ジャズやシャンソン、歌曲、古い映画の主題歌を愛し、積極的に歌っている。古いシャンソンをカバーした『シャンソン・ソレール』(1995年)、2003年には1930年代~40年代のジャズ、シャンソン、映画の主題歌などの楽曲を取り上げたカバーアルバム『マダム・クルーナー』を発売し、このライヴは人気を博しシリーズ化された。

「1930年代後半~40年代にかけての欧米のポピュラー音楽はリズムとメロディのバランスが絶妙で、スウィングやワルツなどのダンスのリズムが心地よく、レコードの中にだけあるノスタルジックな響きが素敵なんです。色々と音楽を聴いていくうちに、子供の頃から好きだった音楽に共通するものがクルーナー(マイクを通して甘くささやくように歌う歌手のこと)が誕生した頃だということがわかり、そこに焦点を当てたアルバムを作りました。古いビッグバンド時代のエッセンスを残して、トリオ演奏を中心としたレコーディングで『マダム・クルーナー』を作り、そこからライヴの『クルーナー』シリーズがスタートして、同じコンセプトのアルバム『MOONRAY』(2015年)につながっていきます」。

9月にニューアルバムを発売予定

コシは現在、9月に発売予定のニューアルバムを制作中だという。その内容を少しだけ教えてもらった。「半分はこれまでのように古い音楽を、半分はオリジナル作品です」。

毎日毎日新しい音楽が世の中に放たれているが「まだまだ聴かれていない、埋もれてしまっている古い音楽がたくさんあります。そんな曲を聴くと、また新しい発見があるはず」とコシは教えてくれる。

「otonao」 コシミハル『チュチュ』『パラレリズム』特設ページ

音楽&エンタメアナリスト

オリコン入社後、音楽業界誌編集、雑誌『ORICON STYLE』(オリスタ)、WEBサイト『ORICON STYLE』編集長を歴任し、音楽&エンタテインメントシーンの最前線に立つこと20余年。音楽業界、エンタメ業界の豊富な人脈を駆使して情報収集し、アーティスト、タレントの魅力や、シーンのヒット分析記事も多数執筆。現在は音楽&エンタメエディター/ライターとして多方面で執筆中。

田中久勝の最近の記事