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乃木坂46 4期生が、直木賞作家・西加奈子作品に挑戦した、dTVドラマで生まれた化学反応の面白さ

田中久勝音楽&エンタメアナリスト
写真提供/dTV
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映像配信サービスdTVで独占配信中の、乃木坂46の4期生11人がドラマ初出演ということで注目を集めた『サムのこと』と『猿に会う』。まずは3月に『サムのこと』が、そして4月10日から『猿に会う』が配信され、SNS上でも話題になり視聴者が増えている。

原作は直木賞作家・西加奈子の初期の名作

このドラマの原作は直木賞作家・西加奈子の同名の初期の短編作品(『サムのこと』(2004年)、『猿に会う』(2009年))だ。若者たちの眩しいくらい瑞々しい感性が、読み手の感情を刺激してくれる。日常の中で、人生が少し変わる瞬間を感じることは誰もが経験することだ。大きな事件や変化が自分に降りかかってきたとき、それまでの考え方や価値観が変わってしまうこともだあるだろう。しかし何気ないことで、自分の中で“何か”が動いた瞬間――それまでは気づかなかったことが“更新”され、間違って理解していたことへの“修正”が、自分の中に加わった瞬間――も忘れられないし、その瞬間を共有した人のことは、一生忘れられない存在になるはずだ。そんな若者の心の機微を、鮮やかに切り取り、描いていている西加奈子の世界観を、これまで舞台演劇と映像作品で「演じる」ことを積極的に追求してきた、乃木坂46というアイドルグループが演じることで、どのような化学反応が起こるのかが、見どころだ。

『サムのこと』は森淳一監督が手がける、4期生の“これから”とどこかリンクしている群像劇

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『サムのこと』は、『Laundry』『重力ピエロ』など、数々の話題作を手掛けてきた森淳一監督が演出。5人組の元アイドルグループ「宇田川ホワイトベアーズ」のセンターを務める主人公のサム(遠藤さくら)が、「死んだ」ことから物語が始まる。遠藤さくらが演じるサムは、お節介だが鋭い観察眼を持ち「サムはみんなのことを必死に聞いていたけれど、私たちはサムのことを一つも聞いてあげなかった」存在。アリ(早川聖来)はLGBTであることを隠して生きてきた。キム(田村真佑)はアルコール依存症、モモ(掛橋沙耶香)はアイドルとして成功する妹に嫉妬、そしてスミ(金川紗耶)はオカルトマニアで、借金を抱える。サムはそんな仲間たちが抱える問題について、時に粗暴に、時に強引な行動や言動で一緒に向き合い、彼女たちに“気づかせる”きっかけを作っていく。元メンバーが集まって、サムと一緒に過ごした時間、生きた時代のことをどう思い出し、記憶へと転換していくのか。

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サム以外の4人を一話ごとに主役にし、観ている側がいつ自分に降りかかってもおかしくないと思わせる状況、更に、例えば自分より売れているアイドルを妬んでネガキャンをするという、どこかリアルな話が出てきたり、ドキドキさせられるはずだ。そしてそれぞれのサムとの思い出から、謎が多かったサムという人間の輪郭がだんだんとハッキリしてきて、ラストでそれまでの伏線が全て回収できる素晴らしい脚本にも注目だ。

原作とは設定他が大きく変わっているところがあるが、森監督の新しい解釈で、「現実は大変だけど、前を向いて歩いていける」と、冷静だが熱いメッセージがドラマに込められているようだ。まるで、乃木坂46の4期生たちの「これから」とリンクしているようで、その“重なる”部分に大きな光が当たり、引きつけられる。

『猿に会う』は、高橋栄樹監督が描くロードムービー

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『猿に会う』は、映画『僕たちの嘘と真実 Documentary of 欅坂46』を手がけた、高橋栄樹監督がメガホンをとった。どこかいけてない仲良し女子大生3人組(賀喜遥香、清宮レイ、柴田柚菜)が、温泉旅行に出かけ「あるもの」にたどり着くまでを描いたロードムービー。それぞれの先行き不透明な人生の葛藤を映し出し、彼女たちと同世代の人ならずとも、共感できる部分が大きいのではないだろうか。

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飯田まこ(賀喜遥香)は、リア充の妹にコンプレックスがあり、人の話をよく聞き逃すのは耳にあるホクロのせいではないかと思っている。蒼井きよ(清宮レイ)はしっかり者で、何でも四捨五入するクセを持つ数字フェチ。明石さつき(柴田柚菜)は今まで彼氏がいたことがないおっとりタイプで、歯の矯正の最中。川瀬涼子(北川悠里理)は、まこたちと同じ大学に通い3人の中では“イケてる”タイプ。そんな3人の会話やひとつひとつの動き、表情が、ナチュラルな生活感を感じさせてくれて、親近感を与えてくれる。

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例えばロードムービーといえばヴィム・ベンダースの数々の作品を思い出すが、その特長は風景が主役であること。この作品でももちろん3人の会話や表情に引き付けられるが、風景が大きな役割を果たして、観る者が同じように旅をしている感覚になる。日光の自然や山道、日光東照宮などの映像が印象的だ。色々な騒動が起こり、色々な感情に“まみれる”三人。例えば人間の死を恐れること、何も感じないこと、そのコントラストも面白さであり、今まで感じたことがないことに“気づく”大切さも伝えてくれる。

カッコ悪い青春時代を過ごした女子達を熱演し、掴んだ“何か”

西加奈子作品で演じたこと、そこで感じたことは、必ず彼女たちのこれからの“表現‘’に生きてくるはずだし、成長のための大きな糧になっているはずだ。このドラマも『サムのこと』も、主題歌は賀喜遥香がセンターを務める「I see...」だ。これまでの4期生の楽曲はフレッシュ感を感じる、爽やかなものが多かったが、「I see...」はカラフルで、明るく元気なナンバーだ。しかし同じ曲でも『サムのこと』で聴くこの曲は、明るさの中にどこか切なさや淋しさも感じるから不思議だ。

dTV 乃木坂46『サムのこと』『猿に会う』特設サイト

音楽&エンタメアナリスト

オリコン入社後、音楽業界誌編集、雑誌『ORICON STYLE』(オリスタ)、WEBサイト『ORICON STYLE』編集長を歴任し、音楽&エンタテインメントシーンの最前線に立つこと20余年。音楽業界、エンタメ業界の豊富な人脈を駆使して情報収集し、アーティスト、タレントの魅力や、シーンのヒット分析記事も多数執筆。現在は音楽&エンタメエディター/ライターとして多方面で執筆中。

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