大江千里 新作が好調「SENRI JAZZをやっているという覚悟と決意が、トリオに向かわせた」
6thアルバム『Hmmm』が好調
ジャズピアニスト大江千里の6作目となるアルバム『Hmmm』が9月4日にリリースされ、好調だ。これまでクインテット、ソロ、ボーカル・フィーチャリング、トリオ(ドラムレス)など様々なスタイルを提示し、前作『Boys&Girls』(2018年)では35周年という節目に、自身のポップス時代の代表曲をセルフカヴァーし、JAZZの地点からポップスを見つめ直した。そして“次”に進むべく大江が求めたのはトリオでの“SENRI JAZZ”だ。今年5月ブルーノート東京でライヴを行った「大江千里トリオ」、ニューヨークのジャズシーンでも屈指の名ドラマー、アリ・ホーニグと、オーストラリア出身でニューヨークで活躍しているベーシスト、マット・クロージーと共に、ライヴ後にニューヨークでレコーディングを行った。今なぜトリオを突きつめようと決めたのか、まずはその“覚悟”から聞いた。
「“SENRI JAZZ”というものをやっているんだという決意と覚悟ができた。トリオをやるのは今しかないと思った」
「ニューヨークのジャズシーンでは、ピアノトリオが一番多くて、今まではみんなが勝負している土俵に乗らないで、あえて避けていた部分もありますが、ジャズコンポーザー、ジャズピアニストとしてのスタイルが見えてきたときに、自分はメロディックなもの、言い切ってしまえば“SENRI JAZZ”というものをやっているんだという決意と覚悟ができた時、トリオをやるのは今しかないと思ったし、トリオは突きつめたいと思いました。ポップス時代から36年間活動してきて、“ケミストリー”が起きる瞬間は、自分の中にインプットされていて、だから今は理屈をつけるより、本能のまま突き進む時期なんだろうなって、自分で自分を走らせている感じです。ベースのマット・クロージー、ドラムのアリ・ホーニグとブルーノートツアーをやって、信頼関係が生まれてきて、ライヴだけで終わらせるのはもったないと思い、すぐに声を掛けてレコーディングに入りました。それが6月21日でした」。
ブルーノートでも披露した人気のオリジナル曲「Indoor Voices」「Bikini」「Orange Desert」の3曲に、新曲を6曲プラスして作り上げたのが『Hmmm』だ。どの曲にも共通しているのは、メロディがどこまでもポップで、大江のピアノは歌っているかのようだ。ドラムも大江のピアノと一緒に歌っているかような多彩なプレイで、メロディの輪郭をさらに際立たせている。マット・クロージーの、絶対的中心といえる、太く安定したベースの存在こそが、大江とアリの音が縦横無尽に走る回ることで生まれる、自由かつ強固なバンドアンサンブルを作り出す大きな力になっている。まさに極上の“ケミストリー”だ。
「メリハリ、コントラスト、光と影のようなものをバランスよく出せた」
「『Re:Vision』は、大和メロディ的な風情があって、『The Look』はコントラストが激しくて、アリだけではなく、マットも思った以上にやんちゃで、ものすごく豊かなフレージングで、二人やんちゃがいるような感じ。3人がスパークする時もあれば、静謐というか、スペースをしっかり作れる技術も持っているし、メリハリ、コントラスト、光と影のようなものを、バランスよく出せたと思う。曲は、それこそ「Rain」や「GLORY DAYS」を書いた時は、感情の赴くままに、殴り書きのように書いていましたが、今はそういう時もありますが、冷静に譜面にメロディを書きながら、日本語詞も書いて、そこにジャズの理論を反映させていきます。理論を使いながら、でもちゃんと命のあるメロディ、歌詞を活かしながら作っていきます。『The Look』は、ローレン・バコールという女優の記事を読んで、イマジネーションを膨らませて書きました。彼女は雑誌『VOGUE』などのモデルからスタートして、ハリウッドスターにまで上りつめたけど、本当は小心者でモデル時代の最初の頃は、なかなか思うようにポーズが取れなかったような少女が、大女優になったというヒストリーに触れた時、メロディが浮かんで、歌詞を書きながら曲にしていきました。メロディックなサウンドの向こう側には、必ず歌詞が存在していて、それに引っ張られてメロディが出てくるので、『誰かが歌っているようだ』という声ももらって、僕が『じゃあ詞を乗せて、レディー・ガガが歌うといいかも』というと、アリは『could be』と言ってくれました(笑)」。
歌が見えてくるジャズが、“SENRI JAZZ”なのだ。大江は実はこのアルバムの制作直前に、父親を亡くしている。トリオを突きつめるという思いを強くしたと同時に、父親の死という悲しい事実に直面し、色々な思いが交錯する中で、この『Hmmm』という言葉が浮かんできたという。
「父の死を乗り越えることをポジティブと捉え、父の存在と後押しがあって今回の作品を作ることができた」
「人生はタフだし、動き続けなければいけないけど、一瞬立ち止まると、嬉しいこと悲しいこと、光と影、両方あるのが人生なんだって思えてきます。父の死を乗り越えることをポジティブに捉えて、父の存在と後押しがあって、今回の作品を作ることができたと思う。覚悟を決めたら、緊張とか間違えるということも飛んでいってしまって、芸術にひたすら直進するという姿勢で、ものを作ることができた。一瞬の“Hmmm”、つまり、どうしよう、そうすべきか、こうあるべきかという「,」(コンマ)こそが、人生のツキを作る大きなカギになりました」。
「“鮮度”をしっかり管理しながら、少しでも長い間ピアノを弾いていたい」
大江は来年還暦を迎える。ジャズピアニストと年齢の関係性をどう捉えているのだろうか?
「アスリートと同じです。ライヴツアー中は、ステージが終わると氷水で指を冷やして、クールダウンさせ、リハビリをして、翌日起きたら整体に行って、という繰り返しでした。スポーツ選手やアスリートと同じように、もう一試合、もう1ステージやりたいという思いだけです。トゥーマッチにやると、必ず反動がくるので、体って繊細だなって思います。だから自分の体と心で会話しながら、日々調整しています。若い頃は人の100倍練習すればうまくなれると信じていましたが、今はそうじゃなくて、ダメな部分も受け入れながら、どうやって自分がサヴァイヴしていくかということを、自分に赦せる、ある意味細かくチェックできるようになったというのが、年齢的な部分だと思う。2010年に亡くなった、敬愛するピアニスト・ハンク・ジョーンズに会う機会があって、その時に自分のことを話したら『そうか、ポップスをやめてこっちに来たの?今49歳?いいね、若いね。僕は今82歳だけど、200歳まで弾くから、まだBABYなんだよ』って言われて、ハッとしました。「点」を「線」にして、あの年齢まで弾きたいと、心から思いました。だから体のチェックは怠りません。色々なアイディアがあって、ワクワクしていて、それを日本のずっと応援してくれているファンに伝えたいんです。みんな僕と同じように年を重ねているんだけど、僕のライヴに来てくれている人の顔を見ると、男性も女性もあの頃のままキラキラしていて。だからもっとキラキラさせてあげたい。僕は昔、1位を獲ったこともあるけど、落ちた経験もあります。プライド以上に、自分が作るものが、なかなか次のドアを開けることができないとき、なんだろう?って考え込んでしまって。年齢なのか、コンセプトなのか、何が原因なのか見えない時がありました。でも今俯瞰して見えるのは「鮮度」なんです。鮮度って例えば野菜自身にはわからなくて、周りに野菜マスターのように品質管理してくれる人がちゃんといて、鮮度が保てます。自分自身が「個」としての強さをしっかり持てて、「核」を決めているから、僕も色々な人とつながることができました。そういう人たちに協力してもらい、「鮮度」を大切に管理しながら、これからもいい作品を作り続けたい」。