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bird 20年間貫く、歌手としての矜持「何かに囚われるのではなく、柔軟性を持ち続けることが大切」

田中久勝音楽&エンタメアナリスト
写真提供/ソニー・ミュージックダイレクト
ライヴPhoto/HAJIME KAMIIISAKA
ライヴPhoto/HAJIME KAMIIISAKA

心地いい空気で包んでくれ、優しく、時に強い光を当ててくれる――今年20周年を迎えたbirdの歌声の印象は、20年間変わらない。変わったのは、4月19日にBillboard Live TOKYOで観た『bird “波形” Live !』で感じた、歌に柔らかさと深みが増したことだろうか。キャリア20年が成せる業とでもいうべき説得力を纏って、言葉たちが心に浸透していく――そんなbirdのキャリアを振り返る20周年記念の、オールタイム・ベストアルバム『bird 20th Anniversary Best』が、デビュー作『bird』(1999年)の発売から20年後の同じ夏、7月24日にリリースされた。歌と、自分の声と向き合い続けた20年という“道”を振り返り、この先に見えるものを聞かせてもらった。

大沢伸一と出会い、birdが誕生。「それまでやってきた音楽を一旦置いて、今ある環境を全部吸収しなさいと言われ、最初は戸惑った」

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「こういう機会がないと、改めて過去を振り返るということもないので、いい機会になりました。今回のアルバムに収録されている曲は100数十曲ある作品の中の一部で、そんなに歌ってきたんだって思うと、充実した20年だったと感じます」。

1999年にシングル「SOULS」でデビュー。大沢伸一(MONDO GROSSO)主宰のレーベルから発売した1stアルバム『bird』は70万枚突破し、ネオソウルやUKソウル的なサウンドを歌う彼女は、一躍時の人になった。

「当時の私はバンドばかりやっていたので、大沢伸一さんと出会って、そこから新しい世界が広がっていきました。クラブミュージックも、当時流行っていた音楽も何も知らなくて、ただ「歌」だけを歌いたいという状況で、初めてのレコーディングに臨んだことを覚えています。そういう意味では、あらゆることを吸収する時期でした。音楽を始めてから4年くらいしか経っていませんでしたが、大沢さんから『今までやってきた音楽を、一旦フラットにして、今ある環境を全部吸収しなさい』と言われて。その時は『えっ?、これまでのことを捨てるってどういうことなの?』って一瞬戸惑いました。でも今振り返ると、すごくわかるって思えることが多くて。それは、色々なプロデューサーの方と作品を作るにあたって、自分がそれまで経験して得てきたものはすごく大事なんですけど、それを一回引き出しにしまうというか。捨てるわけではなく、置いておいて、また新しいことをやるという姿勢が大切だと思います。それで何かあった時に、それまでの吸収したものを出し入れするという、そんな柔軟性をいつも持っていたいと思います。何かに囚われるのではなく、せっかく誰かと一緒にやるのであれば、それを柔軟に受け入れたいという気持ちは、ずっと持ち続けているので、大沢さんに最初に言われたことが大きかったです」。

MONDO GROSSO「LIFE feat.bird」(2000年)が再び注目を集める

『bird 20th Anniversary Best』(7月24日発売)
『bird 20th Anniversary Best』(7月24日発売)

そんな大沢と作り上げた、2000年に発売され、当時、「ANA沖縄キャンペーン」CMソングで、ブラジリアンサウンドが、聴いた人全ての心を躍らせる名曲「LIFE feat.bird」が、19年の時を経て、綾瀬はるか出演の「ANA HAWAii」のCMソングでリバイバル起用され話題を集めた。新録したニューバージョン「LIFE feat. bird (Retune)/MONDO GROSSO」として甦り、今回初CD収録されている。

「自分名義の曲ではないですが、ライヴで歌って欲しいって言ってくださる方がすごく多くて、本当に愛されている曲だなって思います。今回こういうタイミングで、また歌入れをするっていう機会があったので、それは長くやってきたからこその、ご褒美のような感じがします。一度録った曲を、新録する機会、それもすごく時間が経ってからということはなかなかないので、それはすごく嬉しかったです。最初にレコーディングしてから、数えきれないほど歌った上での今回の新録でしたが、でも歌う時はいつもフレッシュな気持ちでいたいので、新しい曲を歌う時と変わらない気持ちで臨めました」。

大沢伸一、田島貴男、冨田恵一(冨田ラボ)らと作品作り。「やり方は違えど、向かうところは新しくカッコいいものを作るという部分で一致していた」

大沢伸一とのタッグの後は、田島貴男(ORIGINAL LOVE)、冨田恵一(冨田ラボ)らと音楽を作り上げていった。それぞれの音楽的な志向性や制作方法などがあるが、前述したbirdの柔軟性が大きな武器になり、それぞれの感性がぶつかり、化学反応を起こし素晴らしい音楽を作り上げてきた。

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「みなさん、向かうところは新しくカッコいいものを作ろうというところで一致していて、もちろんそこに向かうプロセスは、それぞれ違いますが、見ているところは同じでした。山登りで、頂上に向かう色々なルートがあるようなイメージです。当然ルートが違えば見える景色も変わってきます。それはすごく貴重な経験でした。例えばものすごくウキウキしながら登っていくのか、割と慎重に登っていくのか、色々な景色を見る事ができました。田島さんは歌い手でありフロントマンという共通部分があって、その部分では少し、他のプロデューサーの方とは違うやり方、作り方でした。レコーディングでスタジオに入った時に、どうすれば伸びやかに歌えるのかということをアドバイスしてもらったり、歌詞についても当時の私は抽象的な表現が多くて、でも田島さんが『サビの部分はしっかりテーマを出してもいんじゃない?』って言ってくださって、アルバム『vacation』(2004年)の時はそこに特化して書きました。もう少し具体的なものを散りばめて、より情景が浮かびやすくなるようなアプローチというか。今までやってみたことなかったけど、やってみようと思って、そこから歌詞の書き方も変わったと思います」。

「器用じゃなくて、よかった」

彼女は今回の作品の特設サイトの中で、<器用じゃなくてもよかったかなと最近思っていて、色々とできないことで、曲を作る人やアレンジをする人、楽器を弾く人やプロデュースをする人、音楽制作やライブ制作に関わる人など、この20年間たくさんの人と出会うことができました>と、20周年を迎えた今思うことを素直に綴っている。

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「なんかできたらいいなとか、そういうことできたらかっこいいんだろうなとか、できたらきっといいこともあるんだろうなって、思った時期もありました。でも色々なことをもともとできる器用な人は、それでいいんですけど、できないのに無理矢理やるのであれば、自分が一番好きな「歌」に絞って、そこを一生懸命やるのが、自分には合っていると思うようになりました。色々なことに手を出すと全部ダメになってしまう気がして。だったら「歌」と、自分が歌うために必要なものとして言葉=歌詞の部分を頑張ろう、と」。

歌い続けてきた中で、プライベートでは母親にもなり、この大きな出来事は、歌への向き合い方、音楽への向き合い方に影響があったのだろうか。

「もの作りに関していうと、そんなに変わらないと思いますが、子供達の成長とともに一緒にその世界を体感できるので、結構見えている世界が違うんだなと思って、そこは面白い。同じ景色を見ていても、違うところを見ているので、歌詞に組み込んでみたりしています」。

「大沢さんの元から巣立って、不安やワクワク感、色々な感情が絡まる中で作った『flow』があったからこそ、今に繋がっている」

今回収録されている28曲の中で、この曲を機に何かが変わった、そんなターニングポイントになった一曲とは?

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「一曲一曲色々な思い出がありますが、「flow」(2001年)の存在は大きいです。純粋に音楽をやっているからこそ、色々な人とやってみたいという気持ちが強くなって、大沢さんの元から巣立って作った最初の曲なんです。もちろん不安もありました。でもその中で、どういうものを作るのかという状況で、ワクワク感や、色々な感情が湧き出て、絡まる中で作りあげていきました。ここからアルバム『極上ハイブリッド』ができあがっていって、冨田恵一さんや田島さんとの出会いがあって、この曲、そして『極上ハイブリッド』がなかったら、この後どうなっていたんだろうって思います」。

20周年を迎えた今年、デビュー記念日でもある3月20日には、4年ぶり11枚目のオリジナルアルバム『波形』を発売した。前作の『Lush』(2015年)に続き、プロデュースとサウンドメイキングは、盟友・冨田ラボ(冨田恵一)が手がけ、注目を集めた。「声という部分では一番新しい部分を今年出しているので、そこも聴いてもらって、懐かしいものと聴き比べてもらえるのは、面白いと思います」と語るbirdは、ここから次の10年、20年を目指して、どのような心持ちで活動を続けていこうとしているのだろうか。

「頑張れるだけ頑張って、後は海辺でボーッとするのが理想(笑)」

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「ありがたいことに一年中ジャンル関係なく、色々なライヴやイベントに呼んでもらえているので、そこは自分が一番好きなところでもあるので、いけるところまで続けていきたい。もちろん新しい作品も、今まで通り定期的に出せるところまで出す、頑張れるだけ頑張って、後は海辺とかでボーッとするのが理想です(笑)。でも歌っていることで、生活のバランスが取れている部分もあるので、歌を辞めたら、毎日お酒を飲んで、体も鍛えないで、ダラダラしてしまいそうなので(笑)、歌っている方が健康的だと思います(笑)。今は休むのが怖いです。練習量も昔と比べると格段に増えましたし、余裕があれば、毎日練習するようになりました。喉のケアも丁寧にやるようになりました。ライヴで楽しく皆さんと過ごすためには、なるべく囚われたくないというか、そのためには土台が必要だし、それがしっかりあれば、どんなことになっても、楽しくできるんじゃないかなと思っています」。

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10月30日(水)、11月11日(月)には東京と大阪のビルボードライブで、『bird “20th Anniversary Best” Live !』を行う。birdのこれまでと、そして“これから”を大いにを感じる事ができるライヴになりそうだ。

otonano『bird 20th Anniversary Best』特設サイト

音楽&エンタメアナリスト

オリコン入社後、音楽業界誌編集、雑誌『ORICON STYLE』(オリスタ)、WEBサイト『ORICON STYLE』編集長を歴任し、音楽&エンタテインメントシーンの最前線に立つこと20余年。音楽業界、エンタメ業界の豊富な人脈を駆使して情報収集し、アーティスト、タレントの魅力や、シーンのヒット分析記事も多数執筆。現在は音楽&エンタメエディター/ライターとして多方面で執筆中。

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