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すべてはヒット作りのために――ユニバーサル ミュージック・藤倉 尚社長 情熱を胸に人を愛し、道を拓く

田中久勝音楽&エンタメアナリスト
ユニバーサル ミュージック合同会社社長兼最高経営責任者(CEO)・藤倉 尚氏

ヒット連発のユニバーサル ミュージックを率いる藤倉 尚社長のモットー=社訓は「人を愛し、音楽を愛し、感動を届ける」

先日、韓国の7人組男性グループ・BTS(防弾少年団)の3rdアルバム『LOVE YOURSELF 轉 ‘Tear’』が、K-POP史上初のアメリカ・ビルボードアルバムチャートで1位を獲得し、大きな話題となった。そのBTSが所属するのが、ユニバーサル ミュージックだ。彼らのほかにも邦楽アーティストでは、松任谷由実、松田聖子、DREAMS COME TRUE、エレファントカシマシ、福山雅治、椎名林檎、森山直太朗、Perfume、RADWIMPS、back number、GReeeeN、etc…洋楽アーティストもザ・ローリング・ストーンズからマドンナ、レディーガガ、テイラー・スウィフト、アリアナ・グランデetc…と書ききれないほどの人気アーティストが揃っている。また昨年には山崎まさよしや秦基博、竹原ピストル等を擁するマネジメント事務所・オフィス オーガスタを傘下とし、今年に入ってからもジャニーズ事務所とタッグを組み、新レーベル「Johnnys’ Universe」を設立し、その第一弾アーティストKing & Princeのデビューシングル「シンデレラガール」は、80万枚を突破(6月末現在)する大ヒットになるなど、とにかく元気だ。常に攻めの姿勢を崩さず、ヒットを追い求めるこのレコード会社を率いるのが、同社社長兼最高経営責任者(CEO)の藤倉 尚(ふじくら・なおし)氏だ。

「人を愛し、音楽を愛し、感動を届ける」――これは藤倉氏が、2014年に同社の社長に就任した際に掲げた社訓だ。就任5年目を迎えた今年、藤倉氏は大きな決断をした。それが、外資系企業としても、音楽業界でも非常に珍しい、契約社員の「正社員化」だ。4月から約330人の契約社員を正社員にし、業界の話題をさらった。「すべてはヒット作りのため」――そう考える藤倉氏の英断の裏に大きく存在するのは、“人を愛する”という理念だ。この、成果主義からの方向転換に至った経緯、そして世界中を飛び回り、各国の音楽事情に精通している藤倉氏の目に映る日本の音楽シーンについて、聞かせてもらった。

外資系企業、音楽業界では珍しい、全スタッフを「正社員化」。「会社を幸せにすることは、関わっている全ての人を幸せにすること」

外資系企業においては非常に珍しい、そして業界の誰もが驚いたスタッフの「正社員化」。就任以来、売上げ、利益とも順調に推移しているものの、企業文化の違うアメリカ本社をどのように説得したのだろうか。そして、いつ頃からこのような発想があったのだろうか?

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「正社員化にするという話は今年1月に社内でオープンにし、丁寧に説明していきました。話は遡るのですが、2014年1月からこの会社の代表を務めていますが、本国から代表就任への打診があった時、改めて考えました。それはユニバーサル ミュージックの社長になって、自分は何をすればいいのだろうか、役割は何だ、と。社員を幸せにすることなのか、それとも所属アーティストを幸せにすることなのか、得意先の皆さんを幸せにすることなのか、商品を買ってくれるお客さんを幸せにすることなのか、そう考えた時に、その全部だと気付きました。会社を幸せにするということは、関わっている全ての人を幸せにすることなんだという結論です。社長就任後、初めての社員集会を開催しました。当時、EMIミュージックジャパンと統合して、まだ2年も経っていなくて、良くも悪くも目の前にある仕事に集中している時だったので、会社として目指すことや取組むべきことを共有しようと考えました。その時、三つの事を強化すると話をしました。それはA&Rとよばれるアーティストの発掘や育成にあたるスタッフの強化、新規事業の強化、そして人事の強化です」。

ユニバーサル ミュージックは、1990年代から2000年代にかけて、ポリドール、キティ、マーキュリーなど、そして2013年にはEMIミュージックジャパンと合併し、企業合併を重ね、規模を大きくしてきた。藤倉氏は2012年に、同社の副社長兼執行役員となり、邦楽レーベルなどを統括し、指揮を執っていた。そして2014年現職に就き、施政方針の中に“人事の強化”を打ち出し、それが今回の大胆な人事改革へとつながっていく。

「A&Rの強化という点では、2015年はドリカムのアルバム『DREAMS COME TRUE THE BEST! 私のドリカム』が、全社協力態勢で取り組んだ結果、ミリオンヒットを記録し、それに続いて2016年は宇多田ヒカル、back number、RADWIMPS、去年はスピッツの作品が大ヒットになり、手応えを感じています。新規事業も、2017年の1月にオフィス オーガスタを迎え、私たちがあまり得意ではなかったライヴビジネスや、音源ビジネス以外の部分の強化も進めています。人事に関しては、当社は歴史的にどうしてもA&Rが強く、レーベルの意向が強く反映された人事が行われることが多かったことも事実です。ですが、ビジネスの形が急速に変化し、3年後、5年後を見据えた中長期的な成長のための人事が必要でした。やらなければいけないことのひとつが「労働環境の整備」で、当社は、全社員のうちの64パーセントが契約社員だったのですが、契約社員は基本的には専門職で入社してきているため、部門を越えた異動が困難でした。また、社員の中にも、旧ユニバーサル ミュージックの正社員、旧EMIの正社員、そして契約社員という、同じ社員の中にも複数のカテゴリーが存在し、労働環境の整備にあたって、待遇をひとつにする必要性を感じていました。会社を幸せにするということは、ユニバーサル ミュージックを成長させることに結びつき、そのためにはもっと人の力が必要だと強く感じた事が、正社員化の出発点です。就任からの3年間で期待された業績を達成し、改めて、2016年に新しい人事制度に関する案について本社へのプレゼンを行いました」。

新しい人事制度改革案は、米本社との交渉が難航。「若い世代の人材確保の重要性、安心して働ける必要があることの必要性を訴えました」

しかし交渉は難航する。企業風土の違い、日本のグローバル化が進み、欧米のような雇用制度を導入する企業が増えている中、本社経営陣はなかなか首を縦に振らなかったという。

「「終身雇用制度で年功序列のような形になって大丈夫なのか?」「もっと若いA&Rを入れたほうがいいのでは?」と言われました。「それはその通りです」と。だからこそ、若い人たちが安心して働ける必要があることの必要性を訴えました。今、ユニバーサル ミュージックのグローバル全体での会議は、ストリーミングの議題がメインです。日本、ドイツ、フランスのような、CDなどのパッケージの強い国以外はデジタル一色で、しかもダウンロードではなくストリーミングが中心です。アメリカでも10年前まではパッケージが全体の80%を占めていました。でも今は8割以上がデジタルで、そのうちの半分以上はストリーミングです。ビジネスが変われば市場の変化にあわせて人も採らなければいけないと思います。平均年齢が高い日本のマーケットは未だ過渡期で、パッケージ商品についても強いニーズがあることも事実ですが、中国をはじめ東南アジア各国の人口が多くて“若い”国は、非常にストリーミングサービスの伸び率が高く、音楽市場は急成長を遂げています。比較しても、若い世代の人材を確保する事は非常に重要なのです」。

元々年功序列は存在しない。人事制度そのものを変え、よりアグレッシヴに

ユニバーサル ミュージックは、新卒も中途採用も契約社員で、基本は一年契約。2002年以降正社員は採用していない。しかし外資企業特有の成功報酬の大きさが魅力のひとつになり、スタッフの仕事への熱量は高い。そんな中、「正社員」という「安心」を手に入れたスタッフの、成長努力への意欲の低下の可能性については、どのように考えたのだろうか?

「そのデメリットは十分考え、人事制度そのものを変えました。抜擢も降格、減俸、ポジションチェンジも、しっかりやるということを発表しています。もともと年功序列はありません。モチベーション、能力が高くて、リーダーシップがある、さらに実績が伴っている人の抜擢は、いい意味で我々の伝統になっているので、そこは変わりません」。

改めて、正社員化を実施すると発表した全社会議の後の懇親会では、家族に電話で報告するスタッフもいて、全員が喜んでいたという。成長を続けるユニバーサル ミュージックが、会社の財産でもある「人」をさらに愛し、「人」からヒットを生み出していく。舞台は世界。その主な戦いの場である日本の音楽マーケットの現状は、藤倉氏の目にはどう映っているのだろうか。そしてその視線の先にあるものとは?

「日本はフィジカルの市場を落とさずに、デジタル市場が成長すれば、世界の中でユニークなマーケットになる」

「海外の人は総じて、日本のマーケットはユニーク=特殊だと思っています。先ほども出ましたが、世界中のスタッフが集まる会議では、デジタルでどうやってヒットを生むかが主なテーマで、その中で、パッケージで売って、場合によってはイベントをやり、テレビに出演して、ラジオでオンエアして、という話をすると「俺たちも昔はそうだったけど、日本はそれがまだ続いているのか」という反応です。もちろん古いからダメだという反応ではありませんが、日本でもデジタルが成長していることは数字にも表れています。フィジカルの市場を落とさずに、デジタル市場が成長が実現すれば、これまで見たことない国、ユニークなマーケットになるという反応です。成長の可能性を強く感じているということです」。

アーティストと契約する際、大切にしているブレない“3つの基準”とは?

藤倉氏は新しいアーティストと契約する際、昔から明確な3つの基準を設けている。その3つの基準のうち、どれかひとつでも強くイメージできるアーティストを求めている。これは全社員に徹底されている。1.東京ドームでライヴをやっている姿が想像できる2.紅白歌合戦で歌っている姿が想像できる3.ミリオンセールスになる作品が生まれてくる想像できる、だ。

BTS(防弾少年団)
BTS(防弾少年団)

「100万枚という言葉は、今はちょっとニュアンスが違ってきているかもしれませんが、芯は変わっていません。今はメジャーデビューしなくても、サブスクリプションを使いアーティストと名乗れば、誰でもアーティストになれる時代です。メジャーと契約するというのは、大きなアーティストになってもらいたいということです。メジャーデビューする意味をしっかり伝え、理解してもらわなければいけない。BTS(防弾少年団)の日本語の作品が、日本で50万枚以上売れて、配信した日に世界60か国以上で1位になることは、今までありませんでした。世界的な展開も含めて、メジャー会社としてこういうことができるというアイデンティティがなくなると、アーティストにも、メジャーデビューって何なのって言われてしまうと思います。BTSは世界で約3000万人、日本でも1000万人を越えるSNSのフォロワーがいて、その発信力はケタ違いです。彼らの成功を見て、当然日本人アーティストにできないはずがない、いやできるという強い意志表示をしてくるアーティストもいますし、多くなっていると思います。インフラだけではなく人の力も必要です。そして若いスターを生み出したい。スターが現れると、そのブームが色々なところに波及し、影響力を持ちます。今の音楽業界には、そのスターが不足していると思います。音楽の聴き方が増えていく中で、若いスーパースターを創るのは難しいと思いますが、でもやらなければいけない」。

海外で活躍できるグループを育てるために、ジャニーズ事務所とともに新レーベルJohnnys’ Universeを設立

BTS(防弾少年団)の活躍は、やはり大きな刺激になり、同時に日本人アーティストにもチャンスがあるし、大きな可能性を感じていると藤倉氏は語ってくれた。新しいレーベル・Johnnys’ Universeの第一弾アーティストKing & Princeもその一組だ。「King & Princeは、ジャニーズ事務所さんと一緒に海外を目指すグループをやろうと立ち上げたレーベル・Johnnys’ Universeの第一弾アーティストです。メンバーも積極的に英語の勉強に取り組むなど、本気で海外を目指しています。日本でミリオンが見えてきて、まずは幸先のいいスタートが切れました」。

5年目に突入した藤倉体制。業績は好調だが、藤倉氏が最初に思い描いたレコード会社としての未来予想図はどのようなもので、現在はどこまでそこに近づいているのだろうか。いや、次の未来予想図がすでに頭の中にあるのだろうか?

「ジャンルは問わず、スーパースターを作っていきたい」

「2014年、社長就任時に強く思っていたのは、やはりスーパースターを作りたいということと、音楽を聴く人を増やしたいということでした。それは一貫して変わっていなくて、ロックやポップスのアーティストだけではなく、クラシックやジャズのアーティストにももっと可能性があると思っています。どこかで自分たちの限界を決めてしまって、「クラシックやジャズで5万枚も売れたら大ヒットですよ」という話は、一番聞きたくないです。もちろん簡単なことではないですが、ジャズ、クラシック、そして演歌、ジャンルを問わずスーパースターを作っていきたい」。

「競合他社と比較すると、良くも悪くも音楽をど真ん中に置いて、ヒットを出すということに集中している」

ユニバーサルミュージックは、他の大手レコード会社に比べると、いわゆる“本業”でのヒット、売り上げを愚直に追い求めている。もちろん音楽を軸に、様々なビジネスを展開しているが、シンプルにスーパースター、ヒット曲作りに社員一丸となって取り組んでいるように映る。

「良くも悪くもです。長所でいえば音楽をど真ん中に置いて、音楽を売る=届けるということだと思いますが、でも悪くいうと、その他のこと、分野が下手というか。競合他社は、音楽だけではなく、その周辺のことに重きを置いてビジネスを展開していますが、それはとても大事なことだと思います。ただ長所短所でいうと、我々はヒットを出すということに集中し、その積み重ねとして世界でも有数の素晴らしい作品の数々があります。そこが強みだと思います」。

「常に新しいことに取り組む姿勢が必要。社員全員が変化に対応することが最も大切」

9月には、本社社屋も現在の青山から神宮前へ移転することも決定している。引越しという大きな動きには、心機一転、空気の流れを変えるという意味も多分に含まれている。社長就任から5年目、2018年というのがやはり何か大きな“タイミング”と捉えているのだろうか。

「特に今年にこだわるということではなく、積み重ねてきたものが花開いたということが大きいです。4年連続で成長でき、そのタイミングで、今後の事業の成長に必要なオフィス環境の整備を目的とした引越しをします。引越しは物理的なモノに限らず、環境をリセットすることで気持ちも新たにスタートを切ることができます。自分の身の回りを整理整頓できないということは、心もきれいにならないということ。業務の効率化も進めながら社員同士、また外部の方とのコミュケーションを、さらに活発化させたい。常に新しいことに取り組むという姿勢が、絶対必要で、社員全員が変化に対応することが最も大切だという意思表示をしたかったんです」。

「すべてはヒット作りのために」――藤倉氏の強い意志は全社員の心に伝わり、ユニバーサル ミュージックに関わる全ての人の幸せを願い、今日もスーパースター、ヒット曲を作るために奔走している。

■Profile/ふじくら・なおし ユニバーサル ミュージック合同会社 社長兼最高経営責任者(CEO)/一般社団法人 日本レコード協会 副会長

1967年生。92年にポリドール(現ユニバーサル ミュージック合同会社)に入社。ユニバーサルミュージック邦楽レーベル、ユニバーサルシグマ宣伝本部本部長、同プロダクトマネジメント本部本部長などを経て2008年、執行役員就任。2012年に副社長兼執行役員となり、同社邦楽4レーベルなどを統括。2014年1月より現職。

ユニバーサルミュージック オフィシャルサイト

音楽&エンタメアナリスト

オリコン入社後、音楽業界誌編集、雑誌『ORICON STYLE』(オリスタ)、WEBサイト『ORICON STYLE』編集長を歴任し、音楽&エンタテインメントシーンの最前線に立つこと20余年。音楽業界、エンタメ業界の豊富な人脈を駆使して情報収集し、アーティスト、タレントの魅力や、シーンのヒット分析記事も多数執筆。現在は音楽&エンタメエディター/ライターとして多方面で執筆中。

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