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桑田佳祐 駆け抜けた2017年、残した"希望”という名の轍

田中久勝音楽&エンタメアナリスト
12月31日横浜アリーナ(Photo/西槙太一)

初めてNHKの連ドラに楽曲=「若い広場」を提供、600人ライヴ、夏フェス、ニューアルバム、40万人動員ツアー、紅白歌合戦での熱唱&熱演――躍動した2017年

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12月30日、横浜アリーナのステージの上で、桑田佳祐は全身を使い、14,000人で埋まった客席と、その向こう側にいる全てのファンに歌を届けよう、想いを伝えようとしていた。一人ひとりが日々感じ、そして抱えている哀しみや不安、虚しさに寄り添って、肩を抱きしめ勇気を与えてくれるのが、桑田の歌なのだ。時にコミカルかつシニカル、時にせつなく、誰よりも繊細な歌を届けてくれるのが桑田佳祐だ――――。

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2017年にソロ活動30周年を迎えた桑田佳祐が、10月から新潟県・朱鷺メッセを皮切りに10か所18公演で40万人を動員した、全国アリーナ&ドームツアー『桑田佳祐 LIVE TOUR 2017「がらくた」』のセミファイナル、横浜アリーナ公演を観た。11月に東京ドーム公演も観たが、また違った感動を与えてくれた。思えば2017年は桑田佳祐の姿を多く目撃する事ができた。その度に、エンターテイナーとは大衆に夢と規模を与える存在である、という事を教えられた気がした。同時に、スーパースターが今もなお音楽シーンの最前線で走り続けている事を目の当たりにして、改めてその存在の大きさ、なぜ桑田佳祐が人々から求め続けられているのかも、再確認できた。

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2017年の桑田佳祐はまさに躍動していた。ソロ30周年の節目の年の幕開けは、4月3日からスタートしたNHK連続テレビ小説『ひよっこ』(主演:有村架純)の主題歌、「若い広場」を手がけた事だった。桑田がNHKのドラマに楽曲提供するのはこれが初めてであり、桑田の2017年は「若い広場」に始まり、「若い広場」で幕を閉じたといっても過言ではないほど、今年を象徴する一曲となった。

ライヴハウスでもドームでも、変わらない距離感でファンと向き合い、歌を届ける

まず7月10,11日には初となるビルボードライブ東京でのライヴ「桑田佳祐 この夏、大人の夜遊び in 日本で一番垢抜けた場所!!」を行った。2日間でわずか600人しか観る事ができない、まさにプレミアライヴだ。幸運にも参戦する事ができ、その距離の近さに興奮してしまったが、今思い返してみると、ビルボードライブ東京でも東京ドームでも、横浜アリーナでも、桑田はファンと同じ距離感で向き合い、同じように歌い、同じように想いを伝えていた。会場が大きくなれば自ずとステージセットも大きくなり、大型スクリーンが桑田を映し出し、演出も派手になるのは当たり前だが、でもメロディと言葉の強さの“浸透力”、溢れるサービス精神が、会場の大きさは関係ない事を証明していた。

8月6日には15年ぶりに『ROCK IN JAPAN FESTIVAL 2017」に出演し、600人の次は6万人を熱狂させた。この“メリハリ”の大きさも桑田ならではだ。そして8月23日に待望のアルバム『がらくた』をリリース。各音楽ランキングの1位を総ナメにしたこのアルバムを引っ提げ、10月から先述したツアーをスタートさせた。

『ひよっこ』紅白特別編内で、桑田が浜口庫之助を演じたのは、桑田自身のアイディアから

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そして締めくくりは12月31日の横浜アリーナでのカウントダウンライヴと、そこから中継での『第68回NHK紅白歌合戦』への出場だった。番組内では、紅組司会の有村架純が主演を務めたドラマ『ひよっこ』の紅白特別編が放送され、そこに桑田も出演するというサプライズがあった。特別編は21時45分に一回目が放送され、舞台は最終回から3か月後の1968年(昭和43年)の大晦日。みね子(有村)が働く赤坂の洋食店「すずふり亭」に、あかね荘やあかね坂商店街の面々など、懐かしい仲間が集まっている。そこに黒縁眼鏡に七三分け姿の“謎の男”桑田が登場したが、ここではその正体は明かされなかった。そして22時48分頃から2回目がスタートし、謎の男が「たまたま表を通りかかったらね、皆さんが楽しそうにしているから、ついフラフラと入ってきちゃった」と言い、みね子が新婚だと知ると「じゃあね、1曲いいですか?」とギターを持ち、「あたし、浜口庫之助(くらのすけ)という者でございます。」と正体を明かした。すると省吾(佐々木蔵之介)が「浜口庫之助?」と気付き、一同がビックリ。そして1965年のヒット曲で、ドラマの最終回でみね子一家が、「家族みんなで歌自慢」に出場した時に歌った、思い出の曲「涙くんさよなら」を弾き語りし、全員で合唱した。

浜口庫之助(1917~1990)は、“ハマクラ”の愛称で親しまれたソングライターで、「涙くんさよなら」「愛して愛して愛しちゃったのよ」「バラが咲いた」「星のフラメンコ」「夜霧よ今夜もありがとう」他、多くのヒット曲を残した、昭和の日本ポピュラー音楽史の巨人、ヒットメーカーだ。桑田が愛してやまない、そのルーツの根底にある歌謡曲の黄金期を支えた一人だ。そんなヒットメーカーを、同じく日本を代表するヒットメーカー、メロディメーカーである桑田が演じるのだから、説得力があった。さらに桑田は、浜口の青山学院大学の後輩にもあたるという、縁も感じてしまう。実はこの企画は、昨年浜口庫之助生誕100周年という事もあり、浜口への尊敬と敬愛を込めた、桑田からのアイディアだったという。

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このドラマの後、司会を務める有村が「約10か月に渡って、私が(谷田部みね子を)演じられたのも、この曲があったからです。何度もこの曲に助けられました。感謝の想いを込めて、桑田佳祐さんで『若い広場』」と、涙を浮かべながら曲紹介をし、横浜アリーナから中継で「若い広場」を披露した。どこか懐かしさを感じさせてくれる歌謡曲テイストで、歌謡曲へのリスペクトを大いに感じさせてくれるこの曲が、「涙くんさよなら」と被ってきた。それは温かな空気を纏い、誰からも愛され、誰もが口ずさめるメロディであるという共通点が、きっとそう思わせてくれたのだ。

貴重な映像が収録されたベスト・ミュージックビデオ集『MVP』

ベスト・ミュージックビデオ集『MVP』(1月3日発売)
ベスト・ミュージックビデオ集『MVP』(1月3日発売)

紅白歌合戦での感動冷めやらぬ中、桑田から贈り物が届いた。それがベスト・ミュージックビデオ集『MVP』(1月3日発売)だ。新たに制作されたソロデビュー曲「悲しい気持ち (JUST A MAN IN LOVE)」のMVから、最新曲「若い広場」まで、これまでに発表してきたMV全30曲が収録されている。そしてなんといっても注目すべきは、初回限定盤に収録されているKUWATA BANDの「BAN BAN BAN」「スキップ・ビート (SKIPPED BEAT)」「MERRY X'MAS IN SUMMER」というファンに人気の3曲のミュージックビデオが収録されている事だ。中でも「BAN BAN BAN」、「スキップ・ビート (SKIPPED BEAT)」に関しては、当時はビデオコンサート、およびレコードショップ店頭販促用として使用された映像だった。しかしその後、所在が不明になっていたため、一般ではほとんど観る事ができなかった幻の映像ともいうべきもので、これが本邦初作品化となる。

「いい歌ができたら、また聴いていただけますか?」

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『ひよっこ』紅白特別編の最後に、桑田が、いや浜口庫之助が「いい歌ができたら、また聴いていただけますか?」とみね子らに言い残し、去って行くシーンがあった。これは浜口の言葉ではあるが、桑田の心からの言葉であり、多くの人へのメッセージでもある。稀代のメロディメーカーは、2017年も歌とメッセージで、多くの人の心に“希望”を残し、2018年もまた、いい歌=“希望”を届けてくれそうだ。

音楽&エンタメアナリスト

オリコン入社後、音楽業界誌編集、雑誌『ORICON STYLE』(オリスタ)、WEBサイト『ORICON STYLE』編集長を歴任し、音楽&エンタテインメントシーンの最前線に立つこと20余年。音楽業界、エンタメ業界の豊富な人脈を駆使して情報収集し、アーティスト、タレントの魅力や、シーンのヒット分析記事も多数執筆。現在は音楽&エンタメエディター/ライターとして多方面で執筆中。

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