ピアニスト仲道郁代 音楽と言葉から生まれる、"新鮮な気づき”と出会えるコンサートとは?

Photo/Kiyotaka Saito

円熟味を増したその響きはますます冴え渡り、多くの人を惹きつける日本を代表するピアニスト、仲道郁代。そのデビュー30周年を記念したコンサートツアー『デビュー30周年記念 BSフジ presents 仲道郁代ピアノソロコンサート“ロマンティックなピアノ”』の東京公演が12月15日、東京・紀尾井ホールで行われた。

「クラシック音楽の奥深さ、豊かさをもっと感じてもらえるように、聴き手の想像力のスイッチ入れるお手伝いをしている」

仲道はー、現在は終了しているが、BSフジで『ロマンティックなピアノ』(毎週金曜日 23:55~24:00 )というレギュラー番組を持っていた(総集編「ロマンティックなピアノ」1月28日(日)13時30分~13時55分放送)。「クラシック音楽の奥深さ、豊かさをもっと感じてもらえるように、聴き手の想像力のスイッチ入れるお手伝いをしている」(仲道)と言うように、素晴らしい演奏と、もうひとつの“武器”、軽妙な語りとで、仲道のライフワークでもある、クラシック音楽の魅力を、わかりやすく伝えていくという活動の一環でもある。その番組のコンセプトを、コンサートとして昇華させたものが、今回のツアーだ。会場には幅広い世代のファンが駆け付け、仲道の演奏とトークに酔った。

「ピアノから紡ぎ出される音の中に、様々な作曲家の人生が聴こえてくる」

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「人生ってロマンティック。ピアノから紡ぎ出される音の中に、様々な作曲家の人生が聴こえてくる。それが聴いている人の人生と重なった時に、何かとても心が動かされる。そういう事自体が、生きてるってロマンティックな事だなと思い、このタイトルを付けました」と、このツアータイトルに込めた想いを伝え、1曲目に選んだのはドビュッシー「月の光」だ。「ピアノからフワッと立ち上がる空気を振動を味わっていると、以前行ったことがある懐かしい風景を思い出したり、今この空気に身を浸したいと思ったり、様々な空気を感じていただける曲です」と、曲の説明をした後に、まさに空気を優しく振動させ、静謐な音を奏でる。

リスト の「愛の夢 第3番 変イ長調」では「出だしの6つ音が上がるフレーズは、“憧れ”を表すといわれる6度。ロマン派の曲にはこのフレーズがたくさん出てきます」と、わかりやすく音程や調性の説明をしてくれる。シューマンの作品『「子供の情景」より“トロイメライ”』でも、「この曲の出だしはド、ファと4度上がる。これは「天」とか「天使」を表す意味があると言われていて、昔、ウラジミール・ホロヴィッツのコンサートでこの曲を聴いた時、出だしのたった2つの音を聴いただけで、涙が出てきた。その時、涙は悔しい時、悲しい時だけではなく、美しいものに触れた時にも出る、なんて素晴らしいんだろうと思った」と、短い曲なのに、なぜ胸を打つのかをわかりやすく教えてくれ、ゆっくりと繰り返されるメロディが、聴き手の想像力を膨らませる。

作曲家の人生、曲の誕生の背景を教えてくれ、クラシック音楽の素晴らしい世界にいざなってくれる

ブラームスは自分の師であるシューマンの妻、クララに終生恋をしていたという話から、「晩年に作られたこの曲をどんな思いで作ったのか」と「間奏曲118-2」を披露したり、自身のアルバム『シューマン:ファンタジー』にも収録されている、「シューマンから妻クララへ宛てた手紙のような曲」という「幻想曲 ハ長調 作品17 第1楽章」を弾き、生きる事へのひたむきな思いをピアノの音に託してきた、当時の作曲家の迸る思いを仲道が情感豊かに表現。客席は、その人間関係、それぞれの心模様を想像しながら、聴き入っていた。本編最後はリスト「メフィスト・ワルツ第一番“村の居酒屋での踊り”」。激しく、かつ、たおやかなピアノの音色に客席全員が引き込まれていく。

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第2部はショパンの曲を中心に構成。ショパンがなぜピアノ曲が多いかという事を「産業革命後、ピアノが普及し、多くの人がピアノを弾くようになり、そのため練習曲も必要になるし、作品も売れるし、コンサートもお客さんが入るから」と時代背景を説明しながら教えてくれる。「雨だれ」では「ショパンは、パリで恋に墜ちた女流作家ジョルジュ・サンドと、スペイン・マジョルカ島に逃避行し、森の奥の僧院に滞在した。しかし体調を崩し横になりながら、止まない雨の音を聴き、その音がどこか強迫されているように鳴り響く。この曲は最後に一瞬音が止まります。その時ショパンは何を見たのでしょうか?」というコメントの後にピアノを弾き始める。そうすると客席の一人ひとりの頭の中で、曲の輪郭がより浮かび上がり、さらに想像力を駆使する事で、より印象的になる。

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「革命のエチュード」と「別れ」は、繊細なテクニックで豊かな音色を作り出し、胸に迫ってくる。「20歳で故郷ポーランドを離れたショパンは、懐かしい情景が浮かんでは消え、浮かんでは消えていたのでは?」と「ノクターン」を披露。さらにショパンの曲に付けられた印象的なタイトルについても、「ショパンは音楽で物語を語ること、物語を音楽にする事、音楽と文学性を一緒にしたくないという考えの持ち主で、自身でタイトルを付けた事がない。ほとんど他の人が付けたもの。それだけ音の純粋性、音が語る事ができるのものを信じていた。そんなショパン自身が付けた唯一のタイトル、それが「バラード」」と、多くの人を魅了する「バラード 第1番」を演奏した。仲道が一音弾いた瞬間に立ちのぼる音の世界観の中に、徐々に物語の世界観が広がりはじめる。瑞々しく覇気のある音色が印象的だ。

「演奏活動30年、これからも音楽と共に歩んでいきたい」

本編最後は「英雄ポロネーズ」。このタイトルもショパン自身が付けたものではないと言われている。「第二次世界大戦中もポーランドの人々は、この曲を演奏して明日への力にしていた」と語り、力強く、凛々しい音を聴かせてくれた。アンコールでは「演奏活動30年、これからも音楽と共に歩んでいきたい」と語り、シューマン「ロマンス」と、これからもクラシック音楽を愛して欲しいという思いを込め、日本人も大好きなエルガーの「愛の挨拶 SALUT D'AMOUR」を、清々しさと、どこか切なさ、憂いも感じさせてくれる演奏で締めくくった。

「知っている曲を聴いただけで満足するのではなく、その曲が心にどのようにやってきて、心の中で何をもたらせるのかを受け止めて欲しい」

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仲道は軽妙な語りで、クラシック音楽の魅力を紹介し、それはクラシック音楽は「敷居が高い」と感じている人にとっては、敷居が低くなったり、扉を開けてくれる事につながるが、その先にあるのは、世界的ピアニストが奏でる最高の音楽で、そのクオリティは決して下げない。常に全身全霊で弾き、その思いを音に乗せ、伝える。だからコンサートでは、聴き手は今まで感じた事がなかった感覚をくすぐられ、新鮮な気づきに出会う事ができる。以前、仲道にインタビューした時の「音楽には言葉を超えた世界がある。言葉はそこに到達する為の有効な手段」という言葉を思い出した。

さらに「知っている曲を聴いただけで満足するのではなく、本当の意味でその曲が心にどのようにやってきて、心の中で何をもたらすのかという事を、おひとりお一人が、深いところで受け止めて欲しいです」――コンサートをより楽しむ方法を教えてくれた。

仲道郁代「ロマンティックなピアノコンサート」オフィシャルサイト